第3話 クラス復帰と口うるさい魔女ッ娘

 これはがまだ僕がクラスに復帰して間もない頃の事。クラスメイト達はみんな命の恩人だと僕を持ち上げてくれていた。気軽に話しかけてくれるのはいいけど、少し前まで図書室の主とか、他にも色々言われてきてのこの手のひら返しは正直居心地が悪かった。

 自分の得になるから関係を持とうとしているように見えて、話しかけてくるやつの顔がみんなのっぺらぼうに見える。


「なーにつまんない顔してるんだよ」

「カイン……。お前だけだよ、信じられるの」

「は? なんだそりゃ」


 僕に話しかけてきたのは幼馴染のカイン。この学校への入学を誘ってきたのも彼だ。僕が図書室の主になってからも、唯一普通に話しかけてくれたのは彼だけだ。

 手のひら返しで変に持ち上げられているこの状況で唯一心が安らぐのは、この幼馴染と交流している時だけだった。


「ソウヤくーん、ちょっといい?」

「えっ……?」


 魔法が使えない頃にはずっと避けられていた女子からも、最近では頻繁に声をかけられる。はっきり言ってこの手のひら返し、女子の方がキツイ。

 だって、少し前までほとんどの女子から汚物を見るような目で見られていたのだから。


「ソウヤは今俺が貸し切ってんだからダーメ!」

「何よー! ケチぃ!」


 僕の気持ちを察してくれたのか、カインが女子を遠ざけてくれた。本当に助かる。持つべきものは頼りになる幼馴染だな。


 女子からモテモテになったせいで、段々と男子からの風当たりが強くなってきた。こっちは必死に避けているのに、あいつらからはそうは見えないらしい。

 陰口とか、無視とか、物を隠されたりとか――。その全ての犯人が男子からとは限らないけど。


 紛失物は魔法で見つかるし、変な噂や陰口はその都度記憶から消している。実力行使的ないじめの方は、幸い魔力に覚えがあったので相手が大きな怪我をしない程度に返り討ちで収めた。

 それを続けている内に1ヶ月ほどでいじめはなくなっていった。


 こうしてクラスメイトの男子連中との関係は普通な感じになっていったものの、まだまだ女子からの黄色い攻撃は続いていた。

 その誘いは全て断っていて、だからこそ男子からの信頼を勝ち取れたとも言える。



 そんなある日、クラスメイトの風紀委員的なうるさい系の女子、ユウカから突然呼び出される。思い当たるものが全然なかったので逆に興味が湧いてそのまま廊下に出ると、いきなり怒られてしまった。


「ソウヤ君あなた! 何人女子を困らせたら気が済むの!」

「は?」

「女子からの誘いを一方的に断り続けてるよね?」

「いやだって……こっちは興味ないし」


 いきなり女子に対する扱いが酷いと注意されて僕は困惑する。上手い断り方とかそんなの知らないし。


「ソウヤ君、私と勝負なさい!」

「へ?」

「私が勝ったら女の子達に謝る事! 一週間後、魔法実習室で。逃げるの禁止だから!」


 彼女は一方的にそう言うと、そのまま廊下を歩いていってしまう。僕が勝った場合の話とか何も決めてないのに。

 廊下で呆然と立ち尽くしていると、カインがぽんと僕の肩を軽く叩く。


「大変な事になっちまったな」

「あれ、無視してもいいやつ?」

「ユウカを怒らせたら、女子ネットワークでどうなるか分かんないぞ。お前も魔法が使えるようになったんだから勝てばいいんだよ」

「そ、そっか……」


 ユウカは有名な魔道士の家系で、家には専門の訓練室もあって日々腕を磨いているとか何とか。カインは気軽に勝てばいいって言うけど、そんなクラスでも指折りの実力者になんて勝てる気がしない。

 でも、勝てなかったら女子からの評判が最悪になるかも知れない。勝負を無視したらもっと大変な事になるかも……。


 困りに困った僕は、自室でふんぞり返る使い魔に相談する事にした。


「ここは特訓するしかないホ!」

「やっぱりっすか……」


 僕はハァとため息を吐き出し、トリからの厳しい地獄の特訓を受けるハメになる。期間が一週間しかなく、日常生活もあるので修行に使える時間は1日に2時間ほど。

 と言う訳で、必然的にそのメニューは濃密なものになった。魔導書を読みつつ魔法の発動とか、右手と左手で違う魔法の発動とか、杖なしでの詠唱破棄魔法の習得とか。当然、言われたからって簡単に出来るものではなく――。


「ひぃぃぃ~」

「ほらほらほらホ! 弱音を吐いている時間はないホ!」


 勝負の前に体が壊れてしまいそうな、そんなハードな日々が勝負前日まで休まず続いたのだった。



 そうして勝負の日、何故か女子ネットワークでギャラリーは女子ばかり、黒一点は事情を知っているカインのみ。何だこのアウェイ感。勝てる気がしない。


「ソウヤー! リラックスリラックス!」


 俺は幼馴染からの声援に右手を上げて応える。何だろうな。死刑宣告された人ってこんな感じなのかな?

 目の前にいるやる気満々の魔女っ娘は、見慣れない高級そうな杖を構えて僕に狙いを定めている。


「逃げずに来たとはいい度胸じゃない」

「こっちだってそれなりに特訓したしね」

「じゃ、早速始めましょうか」


 そう言い終わったと同時に、向こう側からの先制攻撃で勝負の幕は上がる。この不意打ちに一瞬焦るものの、トリとの特訓で身につけた詠唱破棄魔法をとっさに唱え、彼女からの電撃魔法を四方に分散させた。


「う、嘘っ!」

「ここからが本番だっ!」


 ユウカが動揺している内に、僕は杖を取り出して反撃を開始する。特訓したとは言えまだ付け焼き刃、地道に努力を重ねた彼女の魔法とどこまで張り合えるだろう。

 攻撃魔法、防御魔法、回避魔法、魔法無効化、お互いに死力を尽くして術を競い合う。実力が拮抗していたからか、簡単には決着はつかない。何だろう、段々楽しくなってきた。


「や、やるじゃないの。この私についてこられるなんて」

「そりゃどうも」

「でも勝つのは私だから」

「それは、どうかなっ!」


 勝負を楽しみながら、彼女の魔法発動の癖を見抜いた僕はすぐにそこを突く。相手に悟られないように動作を最小限にして、素早く風魔法を繰り出した。


「きゃあっ!」

「よしっ!」


 この展開に小さくガッツポーズを取ると、ギャラリーからのクレームの声が段々と大きくなってきた。


「ちょっと、本気で攻撃するとかありえなくない?」

「相手女子なんですけどー」

「女子相手に本気で攻撃するとかヒドッ!」


 男子からのヤジならスルー余裕なんだけど、女子からの非難は流石に精神にこたえる。そうして見えないダメージを負っていると、復調したユウカがまだ見た事のない杖の動かし方をする。それと同時に聞こえない声で呪文を唱えていた。


「やべっ!」

「遅い! ハイパーレグルス!」


 彼女がそう叫ぶと、杖の先端のクリスタルが緑色に輝き、見た事もない光が僕に向かってまっすぐ飛んできた。


「うわああっ!」

「どう、上級魔道士になってやっと使える光の上位魔法」

「こ、殺す気かっ!」


 ユウカはドヤ顔で自分の使った魔法に酔いしれている。ダメだ、自分がどれだけすごい魔法が使えるか、それだけにしか意識が行ってない。

 僕は杖を構え直して、トリとの特訓で身につけた様々なシチュエーションを頭の中でシミュレーションする。

 でも、何もいい解決策は導き出せなかった。


「さっさと負けを認めなさい!」

「くう……っ」


 彼女の光魔法の連射は、命中を外した流れ魔法を次々に生み出す結果となってしまう。身の危険を感じたギャラリーは、次々に逃げ出していった。

 必死で魔法を避けている間に、気が付くと魔法実習室は2人だけに。


「ハァハァ……。何で避けるのッ!」

「当たり前だッ!」

「急に実力を身に着けて……私がここまで来るのにどれだけ……。あなたなんていなくなればいいのよーっ!」


 彼女がそう叫んだ瞬間、場の魔導因子がにわかに曇り始めた。この状態が続くと魔法がまともに発動しなくなる。それは魔法の発動者も同じで、下手したら暴発する事だって有り得るのだ。

 曇りはどんどん増殖し、まるで星のない夜のように室内を深く暗く沈めていく。これはまずい。


「フヒ、フヒ、フヒヒ……」

「え?」


 真っ暗になった辺りで、僕はユウカの人格が崩壊している事に気が付いた。あの症状は――以前本で読んだ事がある。

 確か、魔族の憑依。完全に憑依されるとその人は魔族そのものになり、もう人間には戻れない。

 けど、どうしてこんな事に?


「原因はあの杖だホ!」

「トリ!」

「あの杖のクリスタルを破壊するホ! 急ぐホ!」

「わ、分かった!」


 トリに言われるまま、僕は風魔法でクリスタルを破壊する。


「つ、次は?」

「これを使うホ!」


 トリは口から何かのアイテムを吐き出した。これを使えば魔族を引きはがせるらしい。ベタベタしているけれど、今は気にしている場合じゃない。


「魔族よ! 闇に帰れ!」

「ぐ、そんな、そのアイテムはァァァッ!」


 使い方は直感に従ったけど、それで良かったようだ。瘴気も晴れて悪魔も去り、彼女はそのまま気を失って床に倒れ込む。


「んじゃ、俺様は帰るホ」

「助かったよ。有難う」

「使い魔が主人を守るのは当然ホ」


 トリはそう言うと去っていった。色々謎はあるけど、それを聞くのはまた今度にしよう。今は気を失った彼女を保健室に運ばないと……。


「ソウヤ君、またあなた遅刻しかけたでしょ!」

「えっと……」

「ソウヤ君、人参残さない!」

「えぇ……」


 あれから、ユウカは事あるごとに僕に突っかかってくるようになった。一体僕が何をしたって言うんだよ。反論しようものなら、その3倍の言葉が返って来て何も言えなくなる。彼女がいつも僕の側にいる事で、女子から声がかかる事がなくなったのは良かったけど。

 そんな僕達のやり取りを、カインはなぜかニヤニヤしながら眺めている。


 僕の席の周りはこうして賑やかになって、学校生活が少し楽しく感じられるようになったのだった。

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