第6話 誘拐

「君も誘拐されたの?」


「そうだよ」


話しかけてきたこの子供は恐ろしく冷静だった。


俺と同じ歳くらいに見えるのにすごく落ち着いている。

俺は転生者だから大丈夫だけど、子供だったら普通泣くよ?


「君名前はなんて言うの?」


「ルイストリア・フール3しゃい」


「僕の名前はアート・レイン3しゃいだよ。よろしくね」


「よろしく」


「フールってことは、フール家の子供なの?」


「そうだよ。君もレイン家の子供なの?」


「うん」


レイン家というのは聞いたことがある。

俺の住んでいるリアムールの隣にあるアトールという村の領主だった気がする。

同じフォンテル王国だ。


ということはこの子も貴族の子供だから攫われた訳か。


「今はここから出る方法を考えよう」


「それなんだけどね、あそこの窓から出れる気がするの」


アートはそう言って部屋の右上の、僅かに光が差し込んでいる小さな窓を指さした。


確かにあれくらいの大きさなら俺たちでも通れそうだな。

俺たちを誘拐した奴らでも、さすがにあそこから逃げられると思わなかったか。


しかし、1つ問題がある。


「確かに出れそうだけど、高くて届かないよ」


そう、窓の位置は俺たちの背丈の3倍程ありとても届きそうにない。


しかし彼の目には迷いが無いように見える。

何か策があるのだろうか。


「それに関しては安心してよ。僕に考えがあるんだ。じゃじゃーん!」


アートはポケットから小さな瓶を取り出した。

手のひらサイズで中に緑色の光が入っている。


「これはね、お父さんの魔法が込められた魔道具だよ」


魔道具…確かジョブ『魔道具生成 有能級』を持ってる人が作れる道具で、特殊な効果があるんだよね。


「どんな効果があるの?」


「この瓶を割るとね、風の精霊しゃんが上にぶわーってやってくれるの!」


なるほど。

つまり上向きの風域を生み出してくれるってことか。

風ということは、アートのお父さんは『風魔術師 屈強級』ということになるな。


この状況を予想していたのか?

だとしたらものすごく頭が切れる人なのだろう。


これを使えば上手く脱出することが出来るはずだ。


「準備はいい?いくよ!」


アートはそう言い瓶を床に叩きつけた。


パリンッ


瓶が割れる音が地下室に響き渡る。

それと同時に下からものすごい風が上がってくる。


「何をした!」


音を聞き付けた盗賊らしき人が扉を開けこちらに語りかける。


「早く行くよ!」


アートは俺の手を掴み風に乗る。


「わぁ!すごい!」


俺とアートの体がふわふわと浮かび上がる。


「待て!」


盗賊らしき人が手を伸ばすが、ギリギリのところで届かない。


「さようなら」


俺たちは盗賊らしき人に別れを告げ窓から脱出した。


大人の大きさであの窓を通れるはずもなく、俺たちは簡単に追っ手を巻くことが出来た。


「逃げるの簡単だったね」


「あんなすごい魔道具持ってるなんて大したもんだよ!」


「へへっ。あれ僕のお気に入りなんだ」


アートは褒められて嬉しいのか、自慢げに笑った。


「さて、ここからどうやって帰ろうか」


「周りの地形を見るに少し荒っぽく赤い砂があり、緑豊かな木も茂っている。

これらから考えるに、ここはフォンテル王国とライクリック王国の国境だと分かるね。

つまり、太陽の方向から考えて東、あっちの方向に進めば王都が見えるはずだよ」


アートは素早く状況を整理し、俺たちが向かうべき方向へ指さした。


この状況整理力、ほんとに3歳なのか?

もしかしてアートってアインシュタインやレオナルド・ダ・ヴィンチに並ぶ天才と呼ばれる人なのか!?


俺は本物の天才を初めて見た気がした。


アートとなら無事に帰ることもできるかもしれない!


と、思ったのも束の間。

すぐにその期待は壊された。


「ね、ねぇ、あれはなに。魔物…?」


俺たちの前に、人でもない魔物でもない得体の知れない何かが現れた。


「あの頭はコボルト、でもあの手足はウルフ、しかし体は人間…」


そう、俺たちの前に現れたのはコボルトの頭を持ちウルフの手足、そして人間の体をした怪物だったのだ。


なんだこの怪物は!?

こんなの知らないし見たこともない!


「ルイスあれは怪物だ!魔物でもなんでもない。早く逃げないと!」


アートは俺の手を掴みすぐに逃げる。

しかし、ウルフの手足を持つ怪物はウルフと同じ速度で走ってくる。

俺たちでは到底逃げきれない。


「ガゥッ!」


気がつけば、得体の知れない何かは俺の後ろにいた。

そして、ウルフの爪が俺を引き裂こうとする。


「ルイス避けて!」


一か八かだ!


俺は毎晩読み漁っている剣術の避け方の本を思い出す。


確か、身体をこう捻ってダメージを最小限に…


シュッ


ウルフの爪が俺の肩をかすらせる。


「うっ!」


まじか、肩をえぐられた!

痛い、痛すぎる!


だが、避けなければ心臓を貫いていただろう。

毎晩訓練していて良かった!


俺の左肩からは血が垂れ流れている。


俺はもうまともに走るのは難しい。

アートに助けを読んできてもらうのが最善だろう。

しかし、間に合う確率は低いだろうな…


「ルイス!」


「アート!逃げるんだ!」


「でも、怪我が!」


「頭のいい君なら分かるだろ!

俺はもう逃げきれない。逃げてくれ!」


「ルイス…絶対生きて会おうね!」


アートは涙を拭いながら走っていった。


俺はもう助からないって分かってるだろうに。

また生きて会おう…か。

そう言われたら少し頑張るしかないな。


「グルゥゥゥ」


俺と怪物が対峙する。


さて、これからどうしたものか…

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