第4話 旅行
「やっと座れた......。」
夏休みも終わりかけ、僕は新幹線に乗っていた。
最後の思い出作りという建前、本当は祖父からもらったメモの住所に向かってみるところだ。
両親は僕が一人で旅行したいということを聞くと、課題をすべて終わらせることを条件に許してくれた。もちろんすべてを終わらせて、キャリーケースと日記を片手に家を出た。両親が旅行を許可してくれたのも祖父の根回しがあったのかもしれない。
行先は静岡。伊豆を観光しつつ、この住所に行く。
この住所について、事前に地図で調べてみたが、一つ廃墟があるばかりのようだった。
本当にしずくさんに会えるのだろうか。半信半疑になっている自分に嫌気がさす。あの祖父が言ったのだ、何もないわけなんてないのに。
おもむろに日記に視線を落とす。
あの日から何も書かずに真っ白な日記。ただ、あの日に交わしたやり取りは全て鮮明に覚えている。
そうだ、この日記、雫さんと会うまでの日々を纏めておこうか。
毎日欠かさず書くというのは難しいかもしれない。けれど、たまに書くくらいならば造作もないだろう。
一日しか使っていないボールペンを手に取った。
『8/23、夏休みの最後の思い出と、祖父に教えてもらった謎の住所に向かうために家を出た。恐らく時間的に、今日はあちらに着いたらホテルに直行し、一泊することになるだろう。明日は少し観光しつつ、目的の住所に向かうことになるだろう。』
「よし、こんなものか。」
日記は小学校で書いた絵日記やあの日の交換日記以外できちんとしたものを書くことはなかったが、案外楽しかった。
......お腹が空いたな。駅で買った駅弁でも食べようか。
まぁ、駅で買ったから駅弁なんだけど。
食べたあと、意識がだんだんと薄くなり、次に目が覚めたのは次の乗換駅である熱海駅だった。
こういう、降りなければいけない駅が近くなると自然と目が覚めてしまうあの現象は何なのだろう。
寝過ごしてしまいそうなのに、それとも、寝過ごすということが普通に思えてしまうだけで、寝過ごしてしまう場合のほうが多いのだろうか。
寝起きで目が覚めないまま動き回ったからか、それからのことはあまり覚えていない。スマホの地図アプリを頼りに何とかバスや電車を駆使して予約したホテルになんとかたどり着いた。ご飯も食べたが、のも後から考えるとその味もわからないほどに疲れていたのだろう。
寝る前にすべきことをすべて終わらせてベッドに倒れこむと気づけば日が昇っていた。
それほどに、一人旅をする疲労は大きなものであるということを知った。
服を着替え、出かける準備をする。
ある程度疲れが取れたので今日は予定通りいろいろ回ってみることにしよう。
両手いっぱいに荷物をもって、落とさないように何とかメモの住所の前まで来れた。
お土産は全部周り終わってから、量を考えて買うべきだったと猛省する。
こんなことなら......と後悔ばかり募る。
今日の午前はいろんなところを周った。ここに来ることを忘れてしまう程楽しく、夏休みの最後の一ページを飾るのには十分だった。
さて、目の前にそびえる廃墟......とまではいかないが、そこそこ古い建物、看板には【堂いありい】の文字。昔の文字は右から左を読むということを知っている自分には【いりあい堂】と読むのだということは理解ができた。
近くまで寄ってみると、それはどこか懐かしいような、遠目で見るよりも意外と綺麗にも見えた。こまめに掃除されているようだ。
ここに入ってもよいのだろうか。そんな不安が立ち込める。
だが、入らないと何も始まらないのだ。
意を決して扉を開け、一歩を踏み出した。
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