第3話 お盆

あれから日記は殆ど開いていない。凡そ四か月程経った。

次の日、日記を開いては見たが、真っ新なページがあるだけ、写真フォルダも確認してみたが、写っていたのは何も置かれていない机の表面だった。確かにあの日、あの時間、机には開かれた状態の日記があったはずなのに。

超常現象を目の当たりにした恐怖より何処からともなく来る虚しさのほうが大きかった。

日記をつける気にもなれずに月日が経ち、高校生活とバイトに明け暮れる日々が続き、いつの間にか夏休みに入った。それからはバイトに力を入れていた。それまで、四月一日にあった出来事を忘れられずに、相手の事も妙に心に残っていた。

そして今僕は家族と祖父母の家に向かっている。もうお盆の時期だ。

「ちゃんとおじいちゃんに挨拶しなさいよ。」

「わかってるよ。」

祖父母の家は県内にはあるが、車で二時間程度行かなければつかないくらい離れている。なのでさほど頻繁にはいけない。最後に行ったのは祖母が亡くなって家の片づけを手伝いに行った時だ。

祖父母の家は少し古く、和というものを感じさせる家である。人生で行ったのは数十回程度だが、記憶に残るほど立派な家だった。

そうしている内に家に着いた。車を降りて玄関の扉を開く。

ガラガラという音を聞きつけたのか今から祖父が顔を覗かせた。

「よく来たね。ささ、上がって。」

「こんにちは、おじいちゃん。お邪魔します。」

「拓、最初にお仏壇まいりに行くよ。」

玄関で靴を脱いで先ず祖父のいる部屋に入って、仏壇の前に正座した。

蝋燭に点火棒で火を灯し、さらにそれを線香に移す。煙る線香を線香立てに立てた。線香の煙特有の臭いが僕は好きだ。鼻をすっと通ってくる。父が鈴を鈴棒で鳴らした。それと同時に手を合わせ眼を瞑る。

祖母が亡くなってから四か月が経ち、初盆を迎える。祖母が亡くなってから祖父は寂しい思いをしていたのだろう。

祖母は穏やかな人だった。面会したことは決して多くはなかったが、会った時は優しく接してくれた。子供の頃、電車のおもちゃで一緒に遊んでくれたことはまだ記憶に残っている。

また、人望もよく、祖母の友人もよく祖父母の家を訪れていたようだった。

対して祖父は厳格で祖父よりも物静かな人だ。人から信用されていて、両親が何か困りごとがあった時はとりあえず祖父に何でも聞いていたほどだった。僕もそんな祖父のような信用される人間になりたいと思っていた。

暫くの沈黙ののち、祖父が話しかけてきた。

「拓、最近学校の調子はどうなんだ?」

「うーん、まぁぼちぼちかな。バイトと両立しながらうまくやってるよ。」

「そうか、それは良かった。成績を落とさないようにな。」

「うん。」

祖父は安心しているようだった。

祖母が亡くなってから話し相手もいなくて、一人でこの家に住んでいるらしい。こんな時くらい何か話さないと。そんな思いで精いっぱいだった。

「そういえばおばあちゃんとはどんな出会い方した......の......。」

まずい、話題を間違えた気がする。

そんなことが脳裏によぎったが、祖父の表情は心なしか良くなったように見えた。

「出会いか、そういえば話したことが無かったな。聞きたいのか。」

「うん。」

「分かった。実はな、一つの交換日記から始まったんだ。」

それを聞いて脳裏をよぎったのは、春のあの事だった。

「どうした? 体調とか悪くなったのか?」

祖父は心配した表情でこちらの様子を伺った。少し表情が曇ってしまったのは自分でも理解できた。

「いや、日記か。実は僕も日記に関して気になる人がいてね。あ、別に恋愛とかじゃないんだけどさ。今年の四月一日に不思議な日記で交換日記をしたんだ。」

そこまで聞くと祖父は目を見開いた。

「それは若しや、四月一日嘘日記というものではないか?」

驚いた。祖父の口からその単語が出てくるなんて。まぁ僕はそれを馬鹿みたいな名前で呼んでいたのだが。

「何で知ってるの?」

「そうか。いや、実はじいちゃんとばあちゃんが出会ったのもその日記が始まりなんだ。」

祖父はしみじみとした表情で「そうか、今は拓が......」だとか、「これも運命なのか」だとか呟きながら、少し考えて、

「拓、その相手と会いたいのか?」

と聞いてきた。

そんな、今まで考えもしなかったことを聞かれ、頭の中で渦撒いた。実際、しずくさんと会ってみたいというのは頭の中にあった。でも本当に会えるのか、たとえ本当に会えたとして嫌われないだろうか。

実際恋愛とかは抜きにして、一人の人間として、実際にあってみて話したくはあった。だけれど、もしという何かが渦めいて、しばらく結論が出そうになかった。

また沈黙が訪れ、状況を察した祖父が「少し待っとけ」と言い、どこかに行ってしまった。

戻ってきたときには一枚の古い紙切れを持ってきた。

「じいちゃんはもう使わないから、拓が心の底からその相手に会いたいとき、ここを頼ってみるといい。だが、何しろ遠い。だから、覚悟が決まった時だけそこに行ってみろ。」

そういって祖父が差し出した紙には数県離れた県の住所が書かれていた。

「ここに行けば会えるの?」

「絶対じゃない。だが恐らくそこにいる人たちはお前を助けてくれるだろう。行くときは日記を忘れないように。」

「わかった。ありがとう、おじいちゃん。」

祖父はニコッと笑って母のほうに何か話に行った。

その日は祖父の家に泊まることになり、次の日の昼前に祖父の家を出た。次いつ会うかはわからない。でも、これからもできるだけ話す時間を作りたい。そう思った。

車で帰る途中考えがまとまった。

家に帰ったらバイトでためた貯金を確認してみることにしよう。

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