第9話 果音のパパ
「ショーンがドラマ絶対に出たくないって言ってるんだよ。困ったなあ」
夏休みも終わりが近づいてきた頃、鳴川さんが言った。
「どうしてですか? ショーンって演技はできないんですか?」
「そんなことないよ。昔はけっこうドラマや舞台に出てたっていうし」
わたしの疑問に、拓斗が答えた。
「どうも出演者に文句があるらしいんだけど」
「え? まさかまだ拓斗と共演NGなんて言ってるんですか?」
「そういうわけでもないみたいなんだけど」
なんだかハッキリしない。
「でもさあ鳴川さん、たった1回ドラマにゲスト出演したくらいでそんなにショーンの好感度が回復すんの?」
「好感度が上がるというよりも、今回の件は話題性がすごいんだ。ドサクサで好感度もきっと上がる」
ニヤッとする鳴川さんの説明に、わたしも拓斗も理澄くんも、同じ〝よくわからない〟という顔をした。
「ショーンとケンカした俺や果音が一緒に出るから? 同じ事務所の後輩と一緒のドラマに出るくらいでそんなに話題になんの?」
拓斗の言葉に、鳴川さんはまたニヤッとあやしい笑みを浮かべる。
「君たちの世代にはわからないかもしれないけど、すごいことなんだよ。なんてったって、レオくんがOKしてくれたんだから」
ますますよくわからない。
「とにかく! なんとしてもショーンを説得しないと、ショーンの稼ぎが無くなるのは事務所にも大ダメージだ」
♪♪♪
結局ショーンは、拓斗たちのドラマの最終回にゲスト出演することになった。
そういえば、このドラマがどんなお話だったかっていうと……
拓斗や理澄くんたちのクラスは、勉強や家庭の事情、将来の夢とか、いろんな悩みを抱えている落ちこぼれの生徒たちが集まったクラス。
そこへ、レオさん演じるモッサリした見た目の教師が赴任してくるところからストーリーが始まる。
その先生は、見た目も性格もちょっぴり個性的で少し怖い先生なんだけど、実はとっても優しい先生だった……ってことが最終回で明かされることになっている。
なんだか、あっと驚くサンプライズがあるんだってこの前の撮影の時に監督さんが言っていた。
最終回の撮影は夏休みの最終日。
つまり、わたしがマネージャー見習いを終える日だ。
ショーンがパパかどうかを確かめられるのも、この日を逃したらもう二度と無いかもしれない。
わたしはまた、最初と同じお弁当を持って行くことにした。
ショーンのあの性格だもん、もしかしたらひどいことを言われちゃうかもしれないけど……拓斗だってついててくれるんだって思ったら、どうにでもなれ! って覚悟が決まった。
結局ニンジンのメニューだけが最後までよくわからないままだけど。
「ショーンさん入りまーす!」
スタジオでその声を聞いて、大きく深呼吸する。
「どうしよう、よく考えたらこの前ショーンに〝オジサン〟とか言っちゃったし」
「今さら気にすんなよ。だいたいショーンがオジサンなのは事実だし」
拓斗が笑い飛ばす。
そんな風に話していると、なんとショーンの方から私たちの方ところへやって来た。
「あー……拓斗、理澄、それからなんだっけ、お前、えーっと」
「お前じゃなくて、虹瀬です」
相変わらずの態度の大きさにムッとしてしまう。
「げ! お前、虹瀬っていうのかよ!? よりによって嫌な名字だな」
「は?」
ショーンは一体何しに私たちのところへ来たんだろう。
ママの名字を〝嫌な〟なんて言われて思わずカチンと来そうになる。
「よりによって、昔フラれた女の名前なんて」
え……? それってもしかして。
「ショーンさん! 謝るんでしょ!」
ショーンのマネージャーが耳打ちするのが聞こえた。
「お、おう、そうだったな」
ショーンは「ゴクッ」ツバを飲んだ。
「拓斗、理澄、それから、に、虹瀬くん」
わたしたち三人の視線がショーンに集まる。
「今回の件は、なんていうか、その」
ものすごーくしどろもどろだ。
「ご、ごめん……な」
とっても小さな声で、ショーンはポツリと謝罪の言葉を口にした。
すっごく下手くそな謝罪だったけど、それだけ謝ることに慣れていない人なんだってわかって、この謝罪はすっごく大きなできごとなんだってわかった。
パパかもしれない人だって思うと、なんだかフクザツだけど。
「なあショーン、またダンス教えてよ」
拓斗が前みたいに話しかけると、ショーンの顔が安心したようにパァッと明るくなった。
それを見たら、なんだか憎めない人だなって気もした。
「ショーンさん」
わたしもショーンに話しかける。
「仲直りのしるしに、今日ボクたちと一緒にお昼食べませんか? お弁当があるんです」
「え? 昼は高級レストランのランチに——」
「ショーンさん!」
また、マネージャーさんが耳打ちする。
どうやらわたしたちと一緒にお弁当を食べた方が、周囲の印象が良いと言っているらしい。
「しょうがねえな。一緒に食べてやるよ」
なんかちょっと引っかかる態度だけど、それでもショーンの反応が見られるチャンスをゲットできた。
そしてお昼になった。
「あれ? そういえば今日、レオさんっていないの?」
もしよかったら、レオさんもまた一緒にお昼……なんて思って準備してきたんだけど。
「なんか今日はメイクにいつもより時間がかかってるらしい」
「メイク? 顔がほとんど見えないのに?」
最終回だから気合いを入れてるのかな?
「なあ、はやく食おうぜ、腹減った」
まだ1シーンも撮っていないショーンが言う。
こっちはお腹が減るより腹が立つんだけど! って思いながら、お弁当を広げる。
こんな態度でも、パパかもしれない人だって思うと、フタを開けた時の反応が気になってドキドキする。
ショーンがお弁当のフタを開けるのを、ついジッと見つめてしまう。
「ふーん……」
ショーンは中身をじっくり確認する。
「げっ」
「え……」
「俺、ポテトサラダ嫌い。それにまさかこの卵焼き、甘くないよな?」
ショーンはものすごく嫌そうな顔をしている。
失礼な態度に悲しくなるだけじゃなくて、このメニューが嫌いってことは、パパじゃないってことなんだってわかっちゃった。
「ちがったんだ……」
思わずしょんぼりと肩を落とす。
「ふりだしにも戻っちゃった」
泣きそうになってしまう。
「おいおい、なんだよ。俺が泣かせてるみたいじゃん」
「ショーンが泣かせてるみたいなもんだよ。文句言わずに食ってみろよ、果音の弁当ってウマいから」
「拓斗に言われたくないけどなー。キュウリ嫌いとか言ってたやつに」
拓斗たちの会話にも、なんだか悲しくなってしまう。
「パパだって思ったのに……」
涙がポタッと、お弁当箱のフタに落ちた。
「君はお父さんを探してるの?」
頭上からレオさんの声がした。
「え?」
声の方向に顔を向ける。
「え!?」
そこにあった顔に驚きを隠すのは無理だった。
「このお弁当、とってもおいしいのに。相変わらず失礼なやつだな、ショーンは」
「げっ。会いたくないやつのお出ましかよ。ったく、なんでこんなやつのドラマに出なきゃいけないんだよ」
「僕がショーンのために協力してやってるんだけど」
モッサリしていたレオさんは髪を切ってさっぱりした見た目になっていた。
「レオさん、その髪形、それに——」
わたしが固まっていると、レオさんはニコッと微笑んだ。
「今回の役は、最後に優しい先生になるっていう役だからね。見た目も怖くないさわやかな先生になってきたよ」
「さ、さわやかっていうか……」
「ところで僕もお弁当が食べたいんだけど、ショーンの分、食べないならもらっていいかな」
「食べないとは言ってない! お前なんかにやらねーよ」
ショーンとレオさんはどうやら仲が良くないようだ。
「あ、あの! あります! レオさんの分も!」
「本当? うれしいな」
嘘でしょ? レオさんの見た目が30代くらいになってるし、これってまるで……。
お昼を食べる間中、わたしの視線はレオさんに釘付けになっていた。
拓斗はどうしてか平然としてるけど、理澄くんも驚いている。
「じゃあ、午後の撮影頑張ろうか」
お昼が終わると、レオさんは撮影の打ち合わせでスタジオに向かっていった。
「ね、ねえ、拓斗。これってどういうこと?」
拓斗の服の裾を引っぱる。
「果音が思ってる通りだと思うけど」
「じゃあ……」
心臓が、ドキドキしてる。
「この前の医務室でのレオさんの反応見ただろ? 女の子の姿の果音を見て驚いてた。果音の母さんって、本名は〝響子〟だったよな?」
拓斗の質問に、コクコクとうなずく。
——『え……キョウ——』
「じゃ、じゃあ、もしかしてあれって……〝響子〟って言おうとしたの?」
「多分そうだと思う。それに俺、鳴川さんの言ってたことも気になってレオさんのこと調べたんだ。そしたら——」
わたしはこれ以上ないってくらい心臓をドキドキさせたまま、ドラマの最終回の撮影を見守った。
レオさんの最後のシーンが終わると、スタッフから拍手が起こって花束が渡された。
「おつかれさまでしたー!」
「レオさん、これから打ち上げなんですけど」
「ああ、申し訳ないんだけど、今日はこの後大事な用事があるんだ」
「そんなーレオさんが主役なのに」
スタッフの人はすごく残念そうな顔をしている。
「ごめんごめん、またそのうちね」
レオさんはそう言うと、まっすぐわたしの方にやって来た。
「今日、この後君のお家にうかがいたいんだけど、お母さんは家にいるかな」
「え、えっと……まだ仕事かもしれないですけど、家で待ってもらってかまわないです」
嘘みたい。まさかこんな……。
「えー? 拓斗くんも打ち上げ行かないの?」
「理澄が俺の分までもりあげるから!」
「まかせろー!」
拓斗もこっちにやって来た。
「俺も果音の家、行っていい?」
「う、うん」
来てほしい。拓斗に一緒に。
心臓が落ち着かなくてどうにかなっちゃいそうだから。
それからわたしたちは、レオさんの運転する車でわたしの家に向かった。
後部座席で、拓斗がずっと手を握っていてくれた。
——『それに俺、鳴川さんの言ってたことも気になってレオさんのこと調べたんだ。そしたら——』
さっき、拓斗が教えてくれたのは……
『レオさんって、本名が
それから、ショーンのことも教えてくれた。
『ショーンも下の名前しか知らなかったんだけど、本名は
わたしたちがレオさんの見た目に驚いた理由、それは、レオさんの顔がショーンにそっくりだったから。
つまり、レオさんとショーンは双子ってことみたい。
レオさんは、わたしと同じで右耳が少しツンと尖ってる。それに、あのお弁当の中身が全部好きだって言ってた。
それってつまり……
♪♪♪
「おじゃまします」
「ど、どうぞ。えっと、ママが帰ってくるまでゆっくりくつろいでいてください」
レオさんと拓斗をリビングに案内する。
「あ! お茶いれますね」
「そんなに気をつかわなくて大丈夫だよ」
落ち着かないわたしに、レオさんが優しく笑いかける。
「それより、申し訳ないんだけどキッチンを借りてもいいかな」
「は、はい! どうぞどうぞ」
レオさんはここに来る途中、なぜかスーパーに寄ってニンジンを1本だけ買った。
何か料理をするようだ。
「どうしよう、ドキドキがおさまらない」
リビングで頭に入ってこないテレビを見ながら、拓斗に言う。拓斗はまた、手をギュッて握ってくれる。
「あったかい……拓斗がいてくれて良かった」
それからしばらくして、玄関の方からガチャガチャって音がする。
「ママだ」
また、心臓の音が速くなる。
レオさんは、料理をしていて音に気づいてないみたい。
「ただいまー。果音、誰か来てるの? 玄関に靴が——」
そこまで言ってリビングに入ってきたママは、固まって荷物をドサッと落としてしまった。
ちょうど、レオさんがキッチンからリビングにやってきたタイミングだったから。
「おかえり、
「怜音くん? どうして」
「どうしてって、なかなか難しい質問だなぁ。果音ちゃんと一緒に仕事をしたから……いや、仕事はしてないか?」
「そ、そういう意味じゃなくて! 何しに来たの!?」
「え、ママ?」
ママの態度が怒ったようになって、わたしの心臓が、さっきまでとは違う音でドクンッと鳴った。
「何しにって、ずいぶんだなあ」
「ね、ねえママ!」
二人の様子に不安になってしまう。
「レオさんが、わたしのパパなんでしょ!?」
「果音……」
「……それにママは、まだ、パパのことが好きなんでしょ?」
「果音ちゃんにも僕にも、知る権利があると思うなあ」
レオさんは、ずっと冷静だ。
ママは気持ちを落ち着けるように、小さく深呼吸した。
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