第10話 果音とママとパパ
リビングのソファに座って、話をすることになった。
「ママが昔、アイドルだった話は何度もしてると思うけど」
ママの言葉に「うんうん」とうなずく。
「この前も言ったみたいに、同期デビューがレッグだったの」
「ショーンと同期ってことだよね?」
ママは首を横に振る。
「彼だけじゃないの。怜音くんも、昔はレッグだったのよ」
「え! そうだったの!?」
レオさんはなつかしそうに笑ってる。
「それでね、よくお仕事で一緒になるうちに、お互い好きになっちゃったの」
ママにもそういうときがあったんだ。
横目にチラッと拓斗を見ちゃった。
「それで、怜音くんは結婚しようって言ってくれたんだけど……」
「ちょうどその頃、僕はレッグを辞めて俳優として海外進出することに決めたんだ」
レオさんがレッグのメンバーだったなんて全然知らなかった。
「拓斗は知ってた?」
拓斗も首を横に振った。
「レッグだったのは、ほんの短い期間だったからね。まあそれで海外に行くし、響ちゃんにプロポーズして一緒についてきてもらうつもりだったんだけど、彼女は一方的に僕の前から姿を消してしまってね」
どうしてだろう。ママは絶対今だってレオさんのことが好きなのに。
「あの頃、お腹に果音がいるってわかったの。だけど怜音くんは、大きな夢を持って海外に行く人だったから、足手まといになりたくなかったのよ」
「なんで足手まといなんて考えになるかなあ」
レオさんはがっかりしたようにため息をついた。
「当たり前でしょ? 慣れない土地で慣れない出産や子育てなんて、怜音くんが仕事に集中できないに決まってる」
だからママは一人でわたしを育ててきたんだ。
「勝手に決めつけないでほしかったな」
「だけど、現に怜音くんは俳優として大成功したでしょ?」
「君たちが一緒にいても、同じだったと思うけど」
ママとレオさんの話はなんだか平行線って感じだ。
「で、でも! とにかくママは今でもパパが好きでしょ?」
ママはわたしの方を見て、髪をなでた。
「あのね、果音。いくら親子でも、自分以外の人の気持ちを勝手に決めつけて、ひとに伝えたりしたらいけないの。果音だって、ママが果音の気持ちを勝手に伝えたら嫌でしょ?」
ママに言われて、胸がシクッと痛んだ。
「ごめんなさい、ママ」
ママはぎゅってわたしを抱きしめてくれた。
「だけど、ママはずっと果音にさみしい思いをさせてきてたのかな」
思わずママの顔を見上げて首を振る。
「そんなことない! 二人だけでも、ずっとさみしくなんかなかった」
「嘘ばっかり。ママはずっと、パパのことを〝大人になったら教える〟って言って、果音にナイショにしてきたけど、果音は本当はずっと知りたかったよね」
ママの胸の中で、違うって首を横に振る。
「果音はもっと自分の気持ちを言っていいのよ。いつもママに気をつかって、『ママが』『ママの』『ママに』ってママの気持ちばっかり最優先の優しい子だったもの」
ママが、わたしの顔を見る。
「〝大人になったら〟なんて言ってたけど、果音はもうとっくに自分で判断できる年齢になってたのよね。パパの分のお弁当を作ってるって気づいた日に、果音が成長したんだってわかった」
ママはきっと、最初にパパに会おうとしてた日から気づいてたんだ。
「まさか本当に怜音くんに会ってるなんて思わなかったけど」
「今日、やっとレオさんがパパだってわかったの」
ママはニコッと笑ってくれた。
「そのお弁当の話なんだけど」
レオさんが口を開いた。
「果音ちゃんが僕の好物をあれだけ知ってるってことは、響ちゃんが果音ちゃんによくその話をしてたってことだよね」
レオさんの指摘に、ママの顔が赤くなる。
「ということは果音ちゃんの言うとおり、君は今でも僕のことが好きなんじゃないのかな?」
「そんなこと……」
ママが急に、照れを隠した子どもみたいな顔になる。
「あのお弁当の、ひとつだけ足りないメニューを作ってみたんだけど、響ちゃん食べない?」
そう言って、レオさんがキッチンから持って来たのはニンジン料理だった。
「これ、グラッセ?」
レオさんがうなずく。
グラッセっていうのは、ニンジンをお砂糖やバターで煮て炒めたシンプルな料理だ。
「こんなにシンプルなメニューだったなんて」
「怜音くんのグラッセっておいしいのよ。絶対再現できないの」
ママが口を尖らせながら言う。
「響ちゃん、これだけは全然上手にできるようにならなかったもんなあ」
「え? ってことは、あのお弁当ってレオさんがママに作り方を教えたってことですか?」
ママがまた、すねたみたいな顔になる。
「果音の料理の才能は父親ゆずりなの」
全然知らなかった。
「響ちゃん。こうして再会できたことだし、できれば僕は君とやり直したいと思っているんだけど。果音ちゃんとも過ごしてみたいし」
「そんなこと急に言われても。15年も会ってなかったんだから」
「相変わらず意地っぱりだなぁ。ならまた一から始めない?」
レオさんは苦笑いだ。
「……考えておく」
顔を赤くした意地っぱりなママが、またわたしの方を見る。
「それはそれとして、果音はちゃんと自力でパパに会えたんだから、これからは自分の好きなときに会いなさい」
「うん!」
「……ところで拓斗くんはどうしてここにいるの?」
ママがニヤッとして聞いてくる。
「果音の彼氏なの?」
「え、えっとぉ」
♪♪♪
レオさんがパパだってわかってから3か月。
ショーンはレオさんと15年振りの双子共演をしたドラマで、狙った通り話題になって、なんとか人気が回復した。
だけど性格が悪くて女好きなのはなおらないみたいで、いつまたスキャンダルが出るのか、まわりがハラハラしてるらしい。
それから、どこから嗅ぎつけたのか【雪村レオ隠し子発覚!? 母親は元アイドル!】なんて記事が週刊誌やネットに出回った。
そのおかげか、ママは観念して、パパのことが今でも大好きだって認めて素直にやり直すって決めたみたい。
今にして思えば、あの日レッグの動画がおすすめで表示されたのはきっと、ママがレッグの元メンバーのレオさんの動画をこっそり見てたからなんだろうな。
二人が今も他の人と結婚せずにお互いを好きだって言ったら、レオさんのところには応援のメッセージがたくさん届いたんだって。
でもレオさんは結婚したがっているけど、ママは結婚するかどうかはわからないって言ってるから、そこについてはまだわからない。
わたしはといえば……。
「だからぁ! グリーンピースも残さず食べてよ」
「グリーンピースだけは絶対無理」
夏休みが終わってからも学校がお休みの日なんかに、ときどき拓斗にお弁当を作って持って行ってる。相変わらず、男の子の格好で。
がんこな拓斗の好き嫌いはなかなかなくならない。
「じゃーん! 見て見て! パパの新しい映画のチラシ。わたしのパパ、超かっこいいよね。ショーンにそっくりだけど、パパの方が気品がある」
そして、すっかりパパのファンになってしまった。
「絶対俺の方がかっこいい」
こういうとき、拓斗はすぐにすねる。
「もー! 何言ってるの」
拓斗が締めてるネクタイをグイッと引っぱって、それから頬にキスをする。
「当たり前でしょ?」
ニコッて笑ったら、拓斗が顔を赤くしてる。
「その格好でそういうことするなって言ってるだろ」
fin.
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