第7話 ショーン、炎上する

一週間後。

今日は拓斗が言っていた、ショーンと一緒の音楽番組の収録。

今回は拓斗についていてもらって、ショーンに話しかけてみる……はずだったんだけど。

「なんでだよ!」

拓斗が楽屋で鳴川さんにつめよっている。

だけど、べつに鳴川さんに怒っているわけじゃない。

「ショーンさんが『フィリックとは共演NG』って言ってるらしいんだ」

「同じ事務所なのに共演NGなんておかしいだろ!? もう衣装にだって着替えたのに、今さら出るなって」

拓斗はものすごく怒っている。

当たり前だよね、今日の収録が新曲のテレビ初披露なんだもん。

それにしてもショーン、どうしたんだろう。

わたしは理澄くんにコソッと聞いてみた。

「拓斗くんって、ショーンにかわいがられてたんじゃないの?」

「ああ、うん。そうなんだけどね……こんなのが出回っちゃって」

そう言って、理澄くんが見せてくれたスマホにはSNSの画面が表示されていた。


【アンケート:本当に人気なのはどっち!?】

【レッグVSフィリック】


そんなタイトルがあって、その下には人気投票の結果があった。

「え、フィリックの方がダントツで人気! すごい」

わたしは二人の人気ぶりに、のんきに喜んでしまった。

「いや、マズいんだよこれ。よく見て」

理澄くんがアンケートの下のコメント欄をスクロールして見せてくれる。


【ショーンって、女好きでサイテー】

【フィリックの方がかっこいい! 理澄くんの笑顔がかわいい♡】

【レッグはもうオジサン!】

【最近はショーンより拓斗の方がダンスもうまいかも!?】

【ショーン以外のメンバーがかわいそう……】

【ムジカのナンバーワンは、もうフィリック!!】


そこには、フィリックの二人をほめる言葉とレッグ……というよりもショーンに対するしんらつな言葉がずらっと並んでいた。

「この前のショーンのスキャンダルで、レッグのファンもガマンできなくなっちゃったみたいで」

「じゃあ、このアンケートのせいでショーンが怒って意地悪してるってこと?」

理澄くんは困った顔でコクリとうなずいた。

そんなぁ……。

「俺、ショーンと話してくる!」

「あ! ちょっと拓斗! 困るよ!」

鳴川さんが止めるのを無視して、拓斗は部屋を出て行ってしまった。

わたしと理澄くんも急いで後を追う。

ショーンは収録スタジオで前みたいにえらそうな態度でチェアに腰かけて、メンバーやアイドルの女の子と話してる。

「ショーン!」

息を切らした拓斗がショーンの前に立った。

だけどショーンは、拓斗の方を見もしないで、おしゃべりを続けてる。

思わずわたしが、くちびるをグッとかんでしまう。

「なんで共演NGなんて言うんだよ」

ショーンは無視してる。なんだかおなかがギュッて苦しくなる。

「ショーン!」

「おい、ショーン。少しは聞いてやれよ」

見かねたレッグのメンバーが、ショーンに言ってくれた。

ショーンは「はぁっ」って、わざとらしい大きなため息をついた。

「なんでって、実力もないくせに生意気だからだよ」

「え……」

「たいしてダンスも上手くないくせに、大先輩の俺を呼びすてにするなんて、失礼なんだよ。お前」

たしかに先輩を呼びすてにするのは失礼かもしれないけど、この前はそんなこと言わずにニコニコ笑ってたのに。

こんなの完全に嫌がらせじゃない……。


——『俺のダンスの目標はショーン。演技の目標はレオさんなんだ』


拓斗は、あんなに目を輝かせていたのに。


「……じゃあショーンさんって呼んで、敬語にしたら共演してもらえるんですか?」

いつも強気な拓斗の意外な発言に、わたしも理澄くんもびっくりして顔を見合わせた。

「きっとこれでショーンさんの機嫌も良くなるよ」

なんて、理澄くんは安心してたんだけど……。

「そういう問題じゃないんだよ。実力がないやつと共演したくないって言ってるのがわからないのか?」

ショーンは全然許してないって感じだ。


「いいよなぁ、事務所の社長の息子は優遇してもらえて」


え? 社長の息子?

「拓斗って、ムジカの社長の息子なの?」

理澄くんに質問すると、彼はまたコクリとうなずいた。

わたしがマネージャー見習いになったときに理澄くんが言っていたことを思い出した。


——『ん? うん、まあ。拓斗が希望したことだからね』

——『まあそのうちわかるんじゃないかな』


あれって〝拓斗が社長の息子だから〟って意味だったんだ。


「たいした努力なんかしなくたってデビューできて。宣伝にも金かけてもらえてさ」

ショーンはひどい言葉をどんどん続ける。

「演技ができるわけでもないくせにドラマにも出られて、いいよな〜お坊ちゃんは」

「ショー——」


「ちょっと!!」


口を開きかけた拓斗よりも先に、わたしが叫んでた。

「え!? 果音ちゃん!?」

驚く理澄くんを置いて、ショーンのもとにつかつかと歩み寄る。


「拓斗に謝ってください!」


「果音」

わたしがにらみつけると、ショーンはすぐに眉を寄せて不機嫌そうな顔になった。

「なんだよお前。誰?」

「拓斗は誰よりも長い時間、ダンスも演技も練習してます!」

「はぁ?」

「同年代のどのアイドルの子たちより、歌だってダンスだって演技だって上手いです! 社長の息子だとか、そんなの関係ない! 努力もしてるし実力もあります!」

「おい、果音! やめろよ」

拓斗がガマンできたって、わたしはできない。

「拓斗に謝ってください!」

「なんで俺が謝んなきゃいけないんだよ。お前、もしかしてユース? 事務所に言ってクビにしてもらうからな」

「あのアンケートに書かれてたことなんて、全部事実じゃないですか!」

プツッとキレて、なんだかもうブレーキがきかなくなってしまった。

「ショーンなんて、女好きでオジサンで、性格も最悪!! フィリックの方が100倍かっこいいもん!」

「はぁ!? お前、いい加減にしろよ! 芸能界にいられなくしてやるからな」

「そういうの最低です! かっこ悪いです!」

ショーンの後ろから、「ぷっ」って吹き出す声が聞こえた。

どうやらレッグのメンバーが、わたしの発言に笑ってしまったらしい。

「おい!」

ショーンがメンバーをにらむ。

「とにかく! 拓斗に謝って!」

わたしは興奮して一気にまくし立てたせいで、はあはあと息が切れてしまった。

「……果音、もういいよ。今日はもうあきらめる。行こ」

そう言って拓斗はわたしの腕を引っ張って、スタジオから連れ出した。

「え、拓斗! 収録は!?」

「それどころじゃない」

拓斗は廊下を歩きながら誰もいない部屋を見つけると、ドアを開けた。

「果音が泣いてるのに、テレビなんか出てる場合じゃないだろ?」

「え……」

頬に触れたら確かに涙が流れてた。

自分でも気づかなかったけど、いつのまにか泣いてたんだ。

「だって……拓斗はっ誰よりも、が、頑張ってるのに……」

ノドのところがぎゅーって苦しくなる。

なんだかむしゃくしゃして、暑苦しいショートヘアのカツラをはずして、近くの机の上に叩きつけてしまった。

「あんな、あんな風に言われたら……っ」

涙が止まらなくなってしまった。

突然、ふわっとあたたかい何かに包まれる。

「え……」

拓斗のにおいがして、彼に抱きしめられたんだって、気づいた。

「ありがとな、果音。果音が知ってて、あんな風に言ってくれただけでじゅうぶん」

拓斗の声はどこか悲しげだ。

「全部、全部本当のことだもん」

「うん、ありがとう」

「拓斗の分まで……わたしが泣く……」

「なんだよそれ」

拓斗は優しい声で小さく笑った。

拓斗の温もりとにおいに包まれて、心臓はドキドキするんじゃなくてすごく優しい音を奏でてる。


それからしばらく、拓斗は何も言わずに抱きしめていてくれた。

わたしは彼の腕の中で少しずつ冷静になっていく頭で、ショーンのことを考えていた。

あんなにひどいことを言える人が、本当にママの好きな人なの?

たしかに目の色とか、耳の形とか、似ているところがあるかもしれないけど……ショーンはパパじゃないんじゃないかって、思い始めてる。


♪♪♪


翌日。

事態は思わぬかたちで騒ぎになった。

「おはようございます……」

ムジカのレッスンルームに顔を出す。

「おはよ」

拓斗と目が合って、思わずパッとそらす。

昨日は泣いて気持ちがたかぶっていたから大胆になっていたけど、あんな風に抱きしめられたなんて……家に帰ってから恥ずかしくなってしまった。今もまた思い出して顔がカァッとする。

「え? なになに? ひょっとして二人、昨日あの後何かあった?」

「な、ないない! 何もない!」

するどい理澄くんに、わたしはあわてて首を振る。

「ふーん。それより果音ちゃん、ちょっとマズいことになってるんだよね」

「マズいこと?」

「うん、昨日のショーンさんと果音ちゃんのケンカの件なんだけど」

〝ケンカ〟というより、一方的に言いたいことを言ってしまっただけのような気がする。あれも、思い出すとちょっと恥ずかしい。

「それがどうかしたの? あ、きっとショーンがすっごく怒ってるよね……もしかして、本当にクビ?」

パパかもしれないショーンに会いにきて、まさかそのショーンとケンカになっちゃうなんて。

「いや、マズいのはどっちかっていうとショーンさんの方で……」

「え?」

「ショーンがSNSで炎上してる」

拓斗が差し出したスマホには、動画系SNSの画面が映し出されている。


そこには、ものすごく見覚えのあるシルエット……

『拓斗に謝ってください!』

『なんで俺が謝んなきゃいけないんだよ。お前、もしかしてユース? 事務所に言ってクビにしてもらうからな』

なんと、昨日のわたしとショーンの言い合いが映っている。


「え!? なにこれ! どうして?」

「昨日、あの場にいた誰かが撮ってたみたいなんだ」

たしかにあの場には、わたしたち以外にもたくさんの人がいた。

「果音は変装してるし、顔も全然映ってないから大丈夫だと思うんだけど、問題はショーンの方」

昨日の理澄くんみたいに、今度は拓斗が画面をスクロールして動画についたコメントを見せてくれた。


【ショーンって、やっぱり性格サイテー!】

【拓斗とショーンって親子くらい歳が離れてるのに大人げなさすぎ】

【誰だか知らないけど、ユースの子、よく言った!】

【もうショーンが出てるテレビは見ない】

【ファンやめま〜す☆】

【#ショーンサイテー #ショーン引退しろ】


誹謗中傷ひぼうちゅうしょうめいたものもふくめて、たくさんのネガティブな言葉が並んでいる。

だけど正直、書いてあることはひとつも間違っていないと思う。

「これ……全部その通りじゃない?」

「あ、やっぱり果音ちゃんもそう思う?」

理澄くんの言葉に小さくうなずく。

ショーンは拓斗の努力を知ろうともしないで、ここに書いてあるコメントと同じようなひどいことをたくさん言っていた。

「これでレッグじゃなくてフィリックが歌番組に出れるんじゃないかな〜」

理澄くんはどこかうれしそうだ。

「ショーンさんもさすがに調子に乗りすぎてたとこあるからさ、しばらく休んで反省した方がいいと思うんだよね」

「果音も同じ意見?」

拓斗がわたしをジッと見る。

「ん、うん……だって、ひどかったもん」

「わかった。じゃあ、この件はここまで。ムジカに任せて俺たちはドラマと新曲頑張ろう」

ひどいことを言われたのは拓斗なのに、どうしてそんなことを聞いてきたんだろう。


♪♪♪


ショーンの炎上は数日経っても収まらないどころか、どんどん大ごとになっていった。

「マズいよショーンさん。動画サイトのチャンネル登録者数もどんどん減ってるし」

鳴川さんが青ざめた顔で教えてくれた。

「歌番組も全然呼んでもらえなくなってるようだし。フィリックの次はレッグの新曲リリースだっていうのに」

ショーンがフィリックを歌番組に出させないって意地悪したんだから、自業自得じごうじとくってやつなんじゃないの?

「最近、性格が悪いってウワサになってるし、女の子とのスキャンダルも相変わらずでどんどん人気が落ちていたから、このまま引退なんてことにもなりかねない」

「え……」

「正直事務所としては、フィリックの人気が急上昇しているし今回のことで『フィリック応援します』なんて声もたくさん届いているから、手を焼くレッグよりもフィリックを推したいと思っているんだ」

「そうなんですか」


——『果音も同じ意見?』


拓斗があんな風に聞いてきたのは、きっとこうなるってわかってたからなんだね。

パパかもしれない人が、引退まで追い込まれてもいいの? って。

だけどさすがにあんなに性格が悪いと……。

「うーん」と、腕組みしてどうするべきか悩んでしまう。


♪♪♪


その日の夜。

「あら、ショーンくんでば炎上しちゃってるのね」

テレビの芸能ニュースを見ていたママが、おせんべいをかじりながら聞き逃せないことを口走った。

「え!? ショーン〝くん〟って、ママ、ショーンと仲良かったの?」

これは一気にショーンがパパだって話が聞けちゃうかも。

「え? うんまあ。同期デビューだったし、よく歌番組で一緒になってたわね」

「えぇ!? レッグとリフレインて同期だったの?」

ママのいたグループとレッグが同期だなんて、これってもうショーンがパパで確定なんじゃない?

「言ったことなかったっけ? ショーンくん、相変わらず性格が悪いのね。この男の子、かわいそうね」

〝その子はわたしなんだけど〟なんて言えないけど、バレてないみたいでひと安心。

「ショーンって、昔からこんな感じだったの?」

「うん。何度か注意したんだけどね、変わらなかったな」

ママの発言から、ショーンとママが親しかったことがうかがえた。

もしかして、ショーンの性格が悪すぎて別れた……とか?

「ダンスはうまいのに、もったいないわよね〜」

ママはのんきにおせんべいをかじったままつぶやいた。

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