第6話 特別

「うわ〜また出てるよ、ショーンさん」

拓斗とのダンスレッスンから3日後、ドラマの撮影現場の片すみで理澄くんスマホをながめながら顔をゆがませていた。

「え? なになに?」

「わー! 果音ちゃんは見ちゃだめ!」

ひょこっとのぞき込もうとして、画面をパッと隠される。

ちなみにあの日の翌日から、理澄くんにも敬語を使うのはやめた。

「隠されたらよけい気になる。あ! 何あれ!」

「え? なになに?」

何もないところを指さして、理澄くんがそっちをみた瞬間にスマホをヒョイっと取り上げた。

「わ! こら!」

「えーっと……」

スマホの画面に表示されていたのはネットの芸能ニュース記事だった。

ショーンが女の子の肩を抱いている、なんだかボヤけた写真が目に入る。

「これって」

「ショーンさんのスキャンダルってやつだね。もう何度も撮られてるから、いまさらって感じだけど」

〝ショーンは女好き〟って聞いてしまったから予想はしていたけど、気分のいいものじゃない。なんだか気持ちがどよ〜んと暗くなる。

「この記事、ママも見てるのかな……」

ため息をついたところで、後ろから来た人がわたしにドンッとぶつかった。

その拍子に、スマホを床に落としてしまった。

「わー僕のスマホが!」

「ごめん理澄くん!」

お弁当のときといい、なんだかこんなことばっかり。

「あ! すまない!」

そう言ってスマホを拾い上げてくれたのは、レオさんだった。

近くで見るとショーンくらい背が高くて、脚なんかも長くてスラッとしていて迫力がある。顔は全然見えないけど。

彼はスマホの画面をチラッと見た。

「……あいつ、まだこんなことしてるのか」

「え、レオさんて、ショーンさんと知り合いなんですか?」

理澄くんが質問する。

「あー……昔、少しね」

なんだか歯切れの悪い言い方。

さっきのつぶやきといい、少なくともショーンと仲が良いってわけではなさそう。

まあ、拓斗もショーンは性格が悪いって言ってたしね。

「あ! レオさん! おはようございます」

拓斗が出演シーンの撮影を終えてわたしたちのところにやって来た。

「拓斗くん、おはよう。今日もいい感じだね。声から感情が伝わってきた」

「レオさんにそう言ってもらえるとすげーうれしいです!」

拓斗が人なつっこい笑顔でうれしそうにレオさんと話している。

レオさんにあこがれて努力してるってわかったから、なんだかわたしまで拓斗がレオさんにほめられているのがうれしくなっちゃう。

「あれ? 果音ちゃん、なんか拓斗見てニコニコしちゃって」

理澄くんはわたしを見てニヤニヤしている。

「な、なに?」

「拓斗と何かあった?」

「もう! 何言ってるの。何もないよ! そんなことより理澄くんはセリフちゃんと覚えてきたの?」

「えーまあ、それなりに」

「理澄くーん、次シーン4だよ。レオさんも入ってください」

拓斗にかわって、理澄くんとレオさんがスタッフに呼ばれて行った。

「おつかれさま」

「おつかれ」

「今日もすごかったね。レオさんが言ってたみたいに、怒ってるのも悲しんでるのも声で伝わってきたよ」

「レオさんにくらべたらまだまだだけど、うれしい。ありがと」

また照れくさそうな拓斗がかわいいって思って「ふふっ」って笑う。

「あ、そうだ。拓斗に渡したいものがあるの。はい、これ」

「何これ。ドリンク?」

わたしが差し出したのはドリンクボトル。

「えっとね、スムージーが入ってるの」

「スムージー? 野菜ジュースってこと?」

拓斗が眉を嫌そうによせる。

「そんな顔しないでよ。フルーツも入ってておいしいんだよ」

「まあ、果音がそういうなら信用しようかな」

シェフとしての腕前はすっかり認めてもらえているようだ。

「でもなんで俺だけ? 理澄の分は?」

拓斗の質問にちょっとだけギクッとする。

「拓斗、今日もきっと台本の暗記とか歌とかダンスとか、自主練するんでしょ? そのときのおやつ代わりっていうのかな。拓斗って遅くなったら夕飯抜きにしちゃうこともあるって鳴川さんから聞いたから」

〝拓斗だけ特別〟って言ってるみたいでなんだか恥ずかしくなって頬が熱くなってしまった。

「そっか、サンキュー! これで練習がんばれる」

拓斗がまた、満面の笑みをくれるから胸が「キュン!」って鳴った。さすが人気アイドル。

「あ、そうだ。拓斗と理澄くんにちょっとお願いがあって」

「お願い?」

「実は……」


♪♪♪


数日後

「わ、わ、わ! 本物のフィリックだ!」

今日は莉子がドラマ撮影の見学に来ている。

先日の拓斗くんへのお願いがこれだ。

「はじめまして」

理澄くんが愛想良く笑うのはいつも通り。彼は誰にだって柔らかい笑顔を向ける、アイドルの中のアイドルって感じ。

それより……

「こんにちは」

誰!? ってくらいのさわやかな笑顔の拓斗にびっくりする。

二人に握手してもらえた莉子は、「このまま天国にいきそう」ってよくわからないことを言ってふにゃふにゃになっている。

「わたしにはそんなさわやかスマイル見せたことないのに」

「何? ヤキモチ?」

「そんなんじゃない」

「果音は初対面からあんなだったし、営業スマイル見せても意味ないじゃん」

拓斗がボソッとささやいた。

それってつまり、わたしには本音を見せてくれてるってこと……?

なんだかまた少しドキッとしちゃった。

「果音の男の子姿もけっこうイケてるねー!」

莉子が口元をゆるめながら言った。

「笑いながら言わないでよ」

それから、莉子を連れてスタジオや撮影の様子を案内する。

莉子はそのすべてに大興奮。

そんな様子を見ていたら、拓斗と理澄くんがわたしのリアクションに〝女子中学生とは思えない〟って言った理由がなんとなくわかった。

だけど、そんなわたしたち……というより、莉子を快くない目で見ている人たちがいるなんて気づかなかった。


♪♪♪


「今日はみんなで食べられるように、小さいサンドイッチをいろんな種類で作ってみたよ。それから唐揚げと卵焼き」

お昼の時間になって、お弁当を広げる。今日は莉子の分も作ったから、朝からちょっとつかれちゃった。

「わあ! 本当に果音のお弁当食べてるんですね」

莉子がお弁当にも、フィリックと一緒にお昼を食べられることにも目をキラキラさせる。

「あ、トマトとチーズのサンドイッチ! わたしこれ大好きー」

「拓斗も莉子と同じでトマトが嫌いなんだよ」

「勝手にバラすなよ」

「トマトってマズいですよね〜! 青くさくて。このサンドイッチはおいしいけど」

莉子の言葉に、拓斗は「うんうん」と深くうなずく。

「げ、セロリ」

拓斗が今度はセロリに反応する。

「だーかーらー! 文句は食べてから言ってよ」

セロリだって、水にさらして炒めてからツナと一緒にサンドイッチにするって工夫してる。

「わたしもセロリ大嫌いですけど、果音の料理だと大丈夫ですよ」

「へえ。あ、ほんとだ、これもウマい」

「おいしくない野菜って多いですよね〜」

「お。わかってんじゃん」

拓斗がまた、莉子の言葉に同意してうなずく。

なんだろう……いつも通り「ウマい」って言ってくれたのに、莉子と楽しそうに話してるのを見たら、なんだかちょっとモヤモヤする。

いつもはわたしに向けられる笑顔なのに……なんて、思っちゃってるかも。

だって、さっきのは営業スマイルかもしれないけど……今の笑顔は普段の拓斗って感じなんだもん。


「「ごちそうさまでした!」」

お昼が終わると、拓斗と理澄くんはさっそくリハーサルに呼ばれた。

「じゃあ、わたしお弁当箱洗ってくるよ。果音は休んでて」

莉子が立ち上がる。

「一緒に行こ。莉子、洗う場所わからないでしょ?」

「そうだった」

莉子は「てへっ」って舌を出す。

二人で、スタジオを出た廊下にある水道に向かう。

「それにしてもすごいね、本当にフィリックに会えるなんて」

「う、うん」

「で、肝心のショーンには会えたの?」

「あーそれは……」

莉子にはまだ、ショーンの性格が悪いって話はしてない。

「ちょっと、そこのお団子」

突然、後ろから莉子が呼ばれた。誰がどう聞いても悪意のある呼ばれ方で。

振り向いたら拓斗たちのドラマに出ている女の子が三人、腕組で立っていた。

「え? なんですか?」

莉子が戸惑った顔で返事をする。

「あんた、なんでフィリックとお昼食べてるわけ? スタジオの中もキョロキョロ見学されて、はっきり言ってジャマなんだけど」

どうやら彼女たちはフィリックのファンみたい。

拓斗がどうしてわたしに男の子の格好をさせたのか、今この瞬間にわかってしまった。

「ちょっとこっちに来なさいよ」

スタジオの隣の、今は使っていない部屋に連れ込まれそうになる。

あ、これって絶対ついて行ったらダメなやつ!

私のバカ! なんで莉子にも男の子の格好させなかったの!

「やめてください! この子はわた……ボクのイトコなんです!」

「誰よあんた!」

「ボクはフィリックのマネージャー兼ユースです。料理はボクが作ったんです」

「マネージャーなら、フィリックに女の子なんか近づけてるんじゃないわよ!」

「別にそんなつもりじゃないです」

なんて言ってみたけど、莉子はたしかにフィリックのファンだから、彼女たちが嫉妬するのも無理はないかもしれない。

わたしだってさっき……。

って、そんなことを考えていたらグイッと腕を引っ張られた。

「いいから来なさいよ!」

「え……ちょっ!」

3対2で、わたしは本当は女子だし、これは絶対にヤバい。

「誰か——」

「何してるの?」

背後の高いところから声が聞こえた。

「レオさん!」

迫力のあるレオさんが現れて、わたしの腕をつかんでいた女の子の手の力がゆるんだ。そのすきにパッと離れて、レオさんの近くに行く。

「何か、良くないことをしようとしていたのかな?」

「わ、わたしたちは別に……ただ、ルールを教えてあげようとしただけで。ねえ」

「そうそう」とうなずき合う彼女たちの言葉に、レオさんが「はあっ」と大きなため息をついた。

「そんなこと、拓斗くんも理澄くんも望んでいないよ。君たちがこの子たちにケガでもさせたら、僕が君たちにルールを教えなければいけなくなる」

「え……」

落ち着いていて穏やかだったレオさんの声が、急に低く冷たくなって彼女たちだけじゃなくて私と莉子もびっくりしている。

「自分勝手な行動で他人にケガをさせるような人間は、この現場からは出て行ってもらう」

レオさんの前髪の隙間からほんの少しだけ見えた目が、ギラリと光って彼女たちをにらみつけた。

「わかったかな」

「は、はい……」

レオさんはいつも通りの穏やかな口調に戻ったけど、それがかえって静かな怒りって感じで、この人は怒らせない方が良さそうだってその場にいた全員が思ったんじゃないかな。

「君たち」

話しかけられて、ギクリとしてしまった。

「ああ、ごめんごめん。怖がらせてしまったかな」

口元だけでも穏やかだってわかるレオさんの顔に、申し訳なくなって首を横に振る。

「大丈夫? ケガはない?」

「は、はい! ありがとうございました」

莉子と一緒に深々と頭を下げた。

顔を上げたところで、レオさんがわたしをジッと見つめていることに気づいた。

「あの……?」

「君、どこかで会ったことある? 僕と何かの作品で共演したかな?」

またしても首をぶんぶん横に振る。

「ボ、ボク、俳優じゃないので、ドラマも映画も出たことないです」

「そうか、僕のカン違いかな。おかしなことを言ってごめんね」

不思議そうな顔をしたまま、レオさんがスタジオに戻って行ったので、わたしと莉子もお弁当箱を持って、今度は目立たないように楽屋に戻ることにした。

「ごめんね、莉子。危ない目にあわせちゃって」

「ううん! 気にしないで。果音がかばってくれてうれしかったよ」

莉子が笑ってくれて、なんだかすごく申し訳ない気持ちになった。

だってわたし、お昼のときはきっとあの子たちと同じように莉子に嫉妬してたから。

また「ごめんね」って言って、莉子をぎゅっと抱きしめた。


♪♪♪


その日の夕方、ドラマの撮影が終わる少し前、莉子は用事があるからって先に帰ることになった。心配だったから「バス停まで見送りに行く」って言ったら、拓斗もついてきてくれた。

「拓斗くんお見送りありがとう! 理澄くんにもよろしく♪ 二人とも超かっこよかった! バイバ〜イ」

プシューってバスのドアが閉まって、莉子は帰っていった。

「なんか、正しい女子中学生を見たって感じだな」

二人きりでスタジオに戻る道で、拓斗が言った。

「悪かったね、正しくなくてっ」

つい、可愛げなく言ってしまう。

「べつに。俺は果音みたいに普通にしててくれる方が気ぃつかわなくていいからラク」

〝ラク〟って、ほめられてるのかなぁ?

「ところで果音、今日なんで途中から楽屋に戻ったの?」

「なんでって」

「マネージャーなんだからスタジオにいてくれないと」

少し迷ったけど、莉子を危ない目に合わせてしまったことを反省して、それからレオさんに助けてもらったことを報告するため、今日あったことを拓斗に話した。

「……なんだよそれ」

予想以上に拓斗の機嫌が悪くなってびっくりする。

女の子たちに怒ってるのかな。

「莉子にも男の子の格好してもらうとか、もっと目立たないところ二人に会ってもらうとか、考えたらよかった。わたしがうっかりしてたの」

「じゃなくて」

拓斗がわたしの前に回り込んで進路をふさぐ。

「え?」

「なんですぐに俺に言わないんだよ」

「だ、だって、拓斗と理澄くんは撮影中だったし」

「……まあ、そうだけどっ——」

「ああっクソっ」って拓斗がイラだった様子でつぶやく。

「だけど、レオさんに助けてもらってからすぐに言ってくれたらよかっただろ?」

拓斗が何に怒っているのかよくわからない。

「べつに……ケガもなかったんだし」

「だからって、心配するだろ」

拓斗がわたしの目をジッと見る。

真剣な顔にうっかりドキドキしてしまうけど、お昼のときに莉子と楽しそうに話してたのを思い出す。

「拓斗は忙しいんだし、わたしなんかのこと気にしなくていいよ」

「〝なんか〟ってなんだよ。果音、なんか怒ってる?」

首を横に振る。

「怒ってなんてない」

「でもなんか、声が元気ないじゃん」

「……だって、お昼に莉子とだって楽しそうにしゃべってたじゃない」

ポツリとこぼす。

「わたしなんか、いっぱいいる女の子のひとりにすぎないでしょ。心配なんてしなくていい」

全然特別なんかじゃないんだから、ほうっておけばいいじゃない。

「なんだ、ヤキモチか」

拓斗もつぶやく。

「ちが——」

「果音のイトコで親友だからだよ」

「……え?」

「果音が特別だから、莉子にも優しくした。そのせいでトラブルになったみたいで悪かったけどな」

特別?

「顔真っ赤」

拓斗がニヤリと笑う。

「そ、そんなことない!」

「あーあ、その格好じゃなかったらな」

拓斗はクルッと向きを変えて、スタジオの方へ歩き出した。

その格好じゃなかったら? 男の子の格好じゃなかったら何?

耳が熱くて、心臓が速くて細かいリズムをきざんでる。

「そういえば」

「な、何?」

「今日はあれないの? スムージー」

拓斗が振り向いて聞いてくる。

「……あるけど」

本当は、莉子にも理澄くんにもナイショでいつ渡そうかって考えてた。

「やった」

うれしそうに笑ってる。

「でも、拓斗は練習しすぎだよ。もう4時になるよ? ちゃんと休んでちゃんとご飯食べなくちゃ」

朝からずっと撮影しててつかれてるはずなのに。

「もうすぐ新曲が出るから頑張らないといけないんだよ」

「ふーん」

「そういえば、今度また歌番組でショーンと共演するんだ。今度は果音も話しかけてみれば?」

「え……緊張するし、ちょっと怖いかも」

「俺も一緒にいてやるから大丈夫だって」

「う、うん」

こんな風に優しくされて、こんな風に頑張ってるところ見せられたら……胸のドキドキがどんどん速くなる。


だけどそのショーンとの共演が波乱を巻き起こすなんて、そのときはちっとも想像してなかった。

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