第4話 器用な拓斗くん

翌日のお昼。

フィリックの二人は、この日から撮影が始まるドラマの楽屋でお昼を食べている。

学園モノのドラマらしく、二人はグレーのブレザーにネイビー系のチェックのズボンの制服を着ている。ちなみにわたしも念のため同じ制服姿で、楽屋だから暑いカツラははずしている。

今日のお弁当はオムライスにしてみた。

「じゃあ、果音ちゃんのパパはショーンさんじゃないかもしれないね」

昨日ママと話したことを二人に伝えた。

「うん。わたしもちがうかもしれないって思いました。昨日のショーンみたいに誰かに意地悪してる人、ママが好きになるとは思えないです」

最初に動画を見たときは、ショーンがパパだって気がしたんだどな。

「果音ちゃんのママって、今は美容師だったっけ?」

「はい。普段は美容院で働いてるけど、ときどきテレビ局のヘアメイクのお仕事なんかもしてます」

だから、そのうちママに会ってしまうんじゃないかってちょっぴりハラハラしてる。

「もしかして、芸能人じゃなくて、そういう仕事の人がパパなんじゃない?」

「え?」

「アイドルだったなら、ヘアメイクさんと仲良くなる機会があっただろうし。それで果音ちゃんのママもヘアメイクに興味がわいたとか」

「あ、そっか……」

そういう可能性もあるんだ。そっちの方が大スターのショーンより現実的かも。

性格の悪いパパより、そういうパパのほうがうれしいし。

「俺はショーンの可能性が高いと思う」

黙ってオムライスを食べていた拓斗くんが口を開いた。

「なんでそう思うんだ?」

「果音さ、最初にショーンが父さんだって思ったときは動画サイトを見てたんだよな?」

「はい」

「そのサイトって果音の母さんのアカウントで見てるんじゃないのか?」

「え? そうですけど……」

中学生は会員登録ができない動画サイトだから、いつもママのアカウントでログインして見ている。

「それで、たまたまレッグの動画が流れてきたんだよな? いつもは女の子のアイドルしか見てないのに」

わたしはコクリとうなずいた。

「それって果音の母さんがレッグの動画を見てたから、おすすめ動画で出てきたってことじゃないのか?」

「あ……!」

そっか。そんなこと全然考えもしなかった。

「それに、ショーンの名前」

「名前? ショーン?」

拓斗くんが「うん」とうなずく。

「前に教えてもらったんだけど、〝しょう〟に〝おと〟って書いてショーンって読むんだって」

拓斗くんはスマホに漢字を表示して見せてくれた。

「音って字が、果音と同じだろ?」

「本当だ」

拓斗くんがくれた情報に、胸がドキドキする。

「だいたい、果音の母さんが今でも好きな相手なんだろ? 悪い人ならともかく、果音が生まれてから一度も会わせてもらえないなんて、ショーンくらいの有名人じゃなくちゃ説明がつかないと思う」

わたしも似たようなことを思っていたけど、彼の言葉には説得力がある。

「これだっていう証拠はないけど、パズルのピースのひとつひとつがショーンが果音の父さんだって言ってる気がする」

「でもそのショーンさんは性格が悪いんだよね」

理澄くんの言葉に、昨日の様子を思い出してまたしゅんと肩を落としてしまう。

「昨日も言ったけど、俺はけっこうショーンが好きなんだ」

拓斗くんがわたしを見る。

「あの人、根は悪い人じゃないと思う。果音が娘だって名乗り出たら、可愛がってくれるんじゃねえ?」

「うん……! そうだといいな」

拓斗くんが励ますように言ってくれたから、うれしくってニコッと微笑んだ。

「拓斗、顔が赤いけど」

「バーカ、そんなことねえし」

ニヤニヤする理澄くんの言葉に、たしかに拓斗くんの頬が少し赤い気がして、なんだかこっちも照れてしまった。


♪♪♪


その日の午後、お昼を食べ終わったら二人が出演するドラマの撮影が始まった。

男の子姿になって、教室のセットの外から撮影を見学させてもらう。

今回のドラマは二人以外にもアイドルが何人か出ている学園モノで、制作発表記者会見の記事をネットで見ていた莉子は大興奮だった。

わたしがその撮影現場にいるどころか、フィリックの二人に料理を作っているなんて言ったら、莉子はどんな顔をするだろう。わたしだってこんなことになってるなんていまだに信じられない。

「虹瀬くんにもエキストラで出てもらうかもしれないから」

「は、はい」

二人の本物のマネージャー、鳴川なるかわさんがわたしに声をかけてくれる。

「なんか、急にわた……僕まで面倒見てもらってごめんなさい」

彼にも、わたしが女の子であることは念のためヒミツにしている。

「ああ。大丈夫、大丈夫。拓斗に振り回されるのは慣れてるから。拓斗のご飯で悩まなくて済んで助かるよ」

そう言って笑ってくれた鳴川さんは、わたしのママと同じくらいの年齢のメガネにスーツのおだやかな男性だ。インテリって感じの見た目をしている。

「拓斗くんってワガママですね〜」

わたしが言うと、鳴川さんは苦笑い。

「ワガママっていうよりも素直って感じかな」

「素直……たしかに。一緒にいると、人気アイドルっていうよりもぜーんぜん普通の男の子って感じです」

今度はクスッと笑われる。

「彼がどうしてアイドルとして人気かって、きっとすぐにわかるよ」

鳴川さんの言葉に首をかしげる。

あ、この前の歌番組はたしかにすごかったかな。でもさっきも楽屋では『グリーンピースが嫌い』とか言って、やっぱり普通の男の子だった。


だけど、鳴川さんの言っていた意味はすぐにわかった。あの歌番組のテストのときみたいに。


「すごい! 拓斗くんって演技が上手」

理澄くんも負けてないけど、ついつい目が拓斗くんを追ってしまう。

笑ったかと思ったら、困ったような切なげな表情になったり、セリフもとっても自然。

「拓斗には、他の誰にも負けない華があるんだよ。カメラを向けられると何倍にも輝きだすんだ」

また歌番組のことを思い出して、「なるほど」って感心して「ほー」ってまぬけな声を出してしまう。

「それに、全然セリフを間違えないんですね」

「そうなんだよね。ダンスもいつも完璧だし、セリフもいつも間違えない。器用な子なんだよ。才能ってやつだな」

「すごいんですね!」

確かに、カメラの前に立った拓斗くんは他の誰より自信に満ちあふれてキラキラして見える。


——『今回のダンスでちょっとむずかしいところがあって』


あれ? でも、この前ショーンにダンスのことで質問してた。

少し不思議に思ったけど、ショーンに話しかけるための口実だったのかな? なんて思えばおかしいってわけでもない。

そのとき、〝ガラッ〟と、教室のドアが開いて先生役の俳優さんが入ってきた。

拓斗くんたちみたいな若くてキラキラしたアイドルとは真逆の見た目って感じの、モッサリしたロングヘアの俳優さんだ。目は長い前髪で隠れていて、不精ヒゲなんかも生えている。年齢は50代くらい?

背が高いからか、妙な迫力がある。

「なんか、怖い感じの人ですね」

ヒソッと鳴川さんに耳打ちする。

「ああ、レオさんね。今回の役作りであんな感じの見た目にしてるんだ。すごい俳優さんだよ」

「ふーん」

なんて、あまり興味なく〝レオさん〟を見ていたけど、一瞬で彼の演技に引き込まれてしまった。

拓斗くんの演技もうまいって思ったけど、申し訳ないけど全然レベルが違うって感じ。

どうやらこの先生は怖い先生って役みたいだけど、セリフがないときでも立っているだけでその怖さが伝わってくる。彼の目つきや声の演技に思わずゾクッと鳥肌が立ってしまった。


「レオさんがすごいのなんて、当たり前だろ?」

その日の撮影が終わって、楽屋で拓斗くんが着替えながら言う。

「わ! ちょっと、あっちで着替えてください」

「何? 照れてんの?」

拓斗くんがわざと近づいてきてわたしをのぞき込む。

「当たり前です! 上半身裸で近づくとか、ヘンタイ!」

「フィリックの拓斗をつかまえて〝ヘンタイ〟なんて、ファンが聞いたら激怒するな」

「だったらファンの子たちに見せればいいじゃないですか!」

わたしの反応に、拓斗くんはイタズラっぽく笑ってる。ヘンタイセクハラアイドル!

「拓斗はレオさんがいるから、今回のドラマにどうしても出るって言ったんだよ。忙しいのに。おかげで僕まで忙しい」

「そんなにすごい人なんですか?」

「果音って本当に芸能界にうといんだな。レオさん……雪村ゆきむらレオは海外の映画賞なんかも獲ってる世界的な俳優だ」

「なんとかデミー賞とか?」

拓斗くんがうなずく。

「日本と外国を行ったり来たり飛び回って忙しい人だから、連続ドラマに出てくれるなんて滅多にないチャンスなんだ」

拓斗くんは目を輝かせて、ちょっぴり興奮気味に話している。

「いつか一緒に仕事したいって思ってたから、こんなに早く一緒にやれるなんて超ラッキー」

あまりにもうれしそうだから、思わずクスッて笑っちゃった。


——『何か夢や目標がある人が好きかな』

——『大きな夢があって、目がキラキラした人』


ママの言ってた意味が、なんとなくわかった気がする。

……って! あれはママの〝好きな人〟の話でしょ!

拓斗くんは友だちっていうか、仲間っていうか。ううん、それどころかワガママな弟って感じ!

思わずブンブン首を振ってしまった。

「俺のダンスの目標はショーン。演技の目標はレオさんなんだ」

う、すっごくまっすぐな目。

これはドキドキしたってしょうがないよ。

「拓斗くんならすぐに上達するんじゃないですか? ダンスも演技も、器用だって鳴川さんも言ってたし」

ほめたつもりのわたしの言葉に、拓斗くんの表情が少しくもった気がする。

「器用……か」

拓斗くんの表情の理由がわかるのに、そんなに時間はかからなかった。


♪♪♪


「えーーーーーー!!!」


わたしが二人のマネージャー見習いになって1週間が経った頃、わたしの部屋で大きな声を出したのは莉子。

「もー! だから莉子ってば声が大きいって! シーッ!! 今日はママがいるんだから」

「でもー!」

まあ……わたしだっていまだによくわからない状況だけど。

『ショーンには会えたの?』って前から莉子には聞かれてて、「遠くから見たって感じかな」ってごまかしてたんだけど、夏休みに全然遊べないって言ったら『なんで?』って質問攻めにあってごまかしきれなくなっちゃった。

「莉子の家に遊びに行ってくる」ってママに言って出かける日もあるし、莉子にずっとナイショにしてるなんて無理だった。

だから拓斗くんたちにも相談して「絶対に莉子だけ」「秘密厳守」を条件に今回のことを打ち明けることにした。

「じゃ、じゃあ、拓斗と理澄が果音のお弁当食べてるの!?」

「うん、まあ」

「えー! いいなあ! 全国のフィリックファンがうらやましがるよー」

莉子が目を輝かせる。

「なのに果音は普通のテンションだね。あんなイケメンに会えて、ドキドキしないの?」

「うーん……ドキドキしないってことはないけど、わたしの目的はあくまでもショーンっていうか、パパに会うことだし。それに」

二人の顔を思い浮かべる。

「二人とも、話したりご飯食べてるときは普通の中学生男子って感じだよ」

拓斗くんが好き嫌いを言っているところを思い出して、思わずクスッ笑う。

「あー思い出し笑い! なんかあやしい! ずるいよ果音ばっかり〜わたしも二人に会いたーい」

「うん。莉子には何かと協力してもらってるから、今度見学に行けるように二人にお願いしてみるね」

「ほんと!? 果音大好き!」

しっぽがあったらぶんぶんふってそうな、うれしそうな莉子がぎゅーっと抱きついてくる。

「ちょっと、苦しいよ〜!」

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