第3話 ママの好きな人

7月の後半。

歌番組の撮影スタジオには、トーク用のイス、それから出演者それぞれの歌のステージセットが用意されている。銀色で宇宙みたいだったり、ピンク色でハートの風船がたくさんあったり、遊園地みたい。

「おつかれさまです……。これ、今日のお昼ご飯です」

一般人のわたしが場違いな空間に、落ち着かなくてキョロキョロと見回してしまう。

ママも昔はこんなところで歌ってたのかな。


夏休みになって、わたしは本当にフィリックの二人の撮影現場同行することになった。

といってもマネージャーではなく、二人の事務所・ムジカのアイドル見習い「ユース」の所属メンバー兼マネージャー見習いとして。

二人と話して料理専門のマネージャーになると決めたけど、よく考えたらママに内緒にしなくちゃいけないのにアルバイトみたいなことは絶対にできないって気づいたから。それにまだ中学生だし。

だからあくまでお手伝い。

それから現場について行きやすいように二人の後輩アイドルでもあるってことにしたの。

ママには〝料理部に入って、部活が超忙しい〟って言ってごまかしてる。

「そんなに緊張しなくてだいじょうぶだよ。わあ、サンドイッチなんだね。あ、ポテトサラダもついてる」

理澄くんが微笑みかけてくれる。

彼の笑顔はいつもやさしくて、こっちもつられてニコッとしてしまう。

「おい」

それにひきかえ、こっちの彼は……

「なんで理澄まで食べてんだよ。果音は俺のマネージャーなんだよ」

不満そうな顔の拓斗くん。

「いいだろ? 果音ちゃんは二人分用意してくれてるんだから」

「このサンドイッチ、トマト入ってる」

やっぱり。言うと思った。

この前から『キュウリが嫌い』『ピーマンが嫌い』って好き嫌いだらけだったから。

「そのトマト、すーっごく甘い種類です。ヘタとその周りの青臭いところは丁寧に取ったし、食べてみてください。チーズとの相性、最高ですよ。わたしの自信作です」

莉子もトマトが嫌いだけど、こうすると食べてくれるんだ。

「本当かぁ?」

ものすごく疑った顔のまま、拓斗くんがサンドイッチにパクつく。

「……ウマい」

「ふふっよかった〜!」

この前も結局こうやって『ウマい』っていい表情で食べてくれた。

口が悪いところがあるけど、素直な普通の男の子って感じでついついクスッと笑ってしまう。

「ところで果音、その格好のときはもっと男っぽいしゃべり方にしろよな。それに理澄も、果音〝ちゃん〟は無しだって言ってるだろ?」

拓斗くんがわたしと理澄くんに注意する。

「このカツラ暑いです。こんなのかぶらなくてもいいんじゃないですか?」

そう、二人と一緒にいるときのわたしは男の子のアイドル見習いに変装することになった。

ショートカットのカツラに、ズボン姿、それに念のためメガネなんかもかけている。

ちなみに名前はアイドル時代のママからもらって虹瀬果音。

「理澄だって言ってただろ? 女子のマネージャーはマズいって。だから男のフリはマスト!」

ムジカには女の子のタレントもいるけど、女の子が二人と一緒にいたらファンの子たちが怒っちゃうからって。

「でも拓斗、僕が果音ちゃんのこと〝果音〟って呼びすてにすると不機嫌になるじゃないか」

「だから虹瀬くんって呼べって言ってるだろ。果音は俺のマネージャーなんだからなれなれしくするなよ」

拓斗くんはこの間からこんな調子。おもちゃをひとりじめしたい子どもみたい。

「気にしないで理澄くん、果音でいいから。それにわた……じゃなくて、ボクは二人のマネージャーのつもりだから」

理澄くんに笑いかけると、拓斗くんはすねるみたいに口をとがらせる。

それにしても、スタジオって初めて見るものばっかり。またまわりをキョロキョロ見回す。

「わ! あれってもしかして、NewJennyニュージェニー!?」

スタジオに入ってきた女の子たちは、わたしの好きなアイドルグループだった。

「あ! ハニーちゃんだ! かわいい〜! えー! エリンちゃんの髪形マネしたーい!」

「何だよそのテンションの上がり方。フィリックの方が人気あるんだけど」

「だから……申し訳ないけど知らなかったんです。わたし、女の子のアイドルの方が好きなので」

「そんな中学生女子がいるなんてマジで信じらんねー」

また口をとがらせてる。

拓斗くんて言葉づかいも全然アイドルっぽくなくて、こんなんで本当に人気イケメンアイドルなのかと疑ってしまう。

「フィリックのお二人、カメラテストお願いしまーす」

「マジかよ。食べてる途中なのになー」

スタッフに呼ばれた二人は、用意されたステージセットの真ん中に立って本番さながらスポットライトにパッと照らされる。

二人に出会った日、家に帰って動画は見たけど、生で見るのは今日が初めて。

一緒に過ごしていても、動画みたいなアイドル! って雰囲気はあまり感じない。

——って思ってたのに。

曲が流れた瞬間、思わずゴクッと息をのんだ。

拓斗くんが黒で理澄くんが白の王子様みたいなキラキラした衣装を身にまとった二人が、服に負けないくらい輝き始めたから。

拓斗は顔がキリッとしまって、理澄くんは優しく微笑む。

それから音楽に合わせて息の合ったダンス。

ステップはもちろん、全身の動きも腕の動きもピタッと合っていてムダがないって感じがする。

なにより、テストやリハーサルでも手を抜かないんだ。

この緊張感とプロ意識を見てしまったら、人気アイドルなんだって誰だってすぐに納得させられる。

テストの5分間、全然目が離せなかった。

「よーし昼メシの続きー」

さっきまでとは別人のような無邪気な表情で、拓斗くんが理澄くんと一緒に戻ってくる。

思わず拓斗くんの顔をまじまじと見てしまう。

「なんだよ。顔になんかついてる?」

「歌ってるときと全然違う人みたいだなって思って」

「どういう意味だよ」

「歌ってるときはかっこいいって意味です」

「お? ほめてる?」

わかりやすく明るい表情になる。

「普段はかっこよくないって意味なんじゃないか?」

「おい」

今度は不機嫌な表情。やっぱり歌ってるときと全然ちがってちょっとおもしろい。

「拓斗くーん! 立ち位置の確認もう一回お願い」

「はーい」

呼ばれた拓斗くんはステージに戻って行った。

「二人とも、よく食べた直後に踊れますね」

サンドイッチを食べている理澄くんに話しかける。

「まあ、僕はいつものことだからね」

「僕は? 拓斗くんは?」

「拓斗はほら、今まで昼ごはん抜きが多かったから。だからアイツの場合は、果音ちゃんのお弁当食べて前より元気って感じだよ」

「そうなんだ」

「うん。好き嫌いの多い拓斗にあんな顔させるなんて、果音ちゃんすごいよ。僕も果音ちゃんの作るお弁当大好きだし」

トップアイドルに『大好き』なんて言われて微笑まれたら、お弁当のことだってわかってても、つい赤くなっちゃう。

わたしは両手で熱くなった頬を押さえた。

「そ、それにしても、よくわたしをユースに入れたりマネージャー見習いにしたり、すんなりできましたね」

「ん? うん、まあ。拓斗が希望したことだからね」

「どういう意味ですか?」

「いや、これは余計な話だった。まあそのうちわかるんじゃないかな」

理澄くんはどこか〝マズい〟って顔で苦笑いを浮かべた。

その時だった。

スタジオの女性スタッフやアイドルの子たちが入り口の方を見てザワザワし始める。

「え? 何?」

「レッグだよ」

打ち合わせから戻ってきた拓斗くんの言葉に心臓が飛び出しそうなくらいドキッとする。

「レッグってことは——」

「ああ、ショーンが入ってくる」

「え!? え!? どうしよう、心の準備が」

「先に言っとくけど、ショーンに会ったらがっかりするかもしれないからな」

「え? どういう意味?」

拓斗くんの方を見上げると、彼はため息まじりの言いにくそうな顔をしている。

「多分、すぐにわかる」

視線を入り口の方に戻すと、銀色の髪が目に入った。

ショーンだ……!

こんなところで「わたしのパパじゃないですか?」なんて言うわけにはいかないけど、こんなに早く会えるなんて思わなかった。

パパかもしれない人だし、動画で見た以上にきれいな顔をしていて、心臓がさっきからずっとドキドキしっぱなし。

超かっこい——

「なんだよ今日のセット、ダサすぎ。衣装もなんかかっこ悪いし、他のに変えらんないの?」

ショーンの口から、信じられないような言葉が飛び出した。

「え……?」

また、拓斗くんの方を見ると無言でコクリとうなずいた。

またショーンの方を見る。

「で、でもショーンさん、セットはもう変えられませんし、衣装は打ち合わせて決めてますし」

レッグのマネージャーらしき男性が焦った顔で言うのが見える。

「嫌なもんは嫌なんだよ。別の衣装出してこいよ」

意地悪なショーンの言葉に、マネージャーは慌ててどこかに走って行った。

ショーンは置いてあったチェアにドカッと乱暴に腰かけた。レッグの他のメンバーも、ショーンに続くように周りのチェアに座った。

目の前の光景が信じられなくて、思わず言葉を失ってしまった。

「もしかしてショーンって……」

「そ。めちゃくちゃ性格が悪い」

「おい拓斗。果音ちゃんのパパかもしれないのに、さすがにそれは失礼だろ?」

「事実なんだからしょうがないだろ? それよりお前また〝ちゃん〟付けで呼んだ」

わたしの頭の上で、拓斗くんと理澄くんが言い合ってるけど、はっきり言って全然耳に入ってこなかった。

——『めちゃくちゃ性格が悪い』

嘘でしょ?

「ショーンさーん、おはようございまーす」

わたしも顔を知っているような女性歌手がショーンに近づいて甘えた声であいさつをした。芸能界では何時でもあいさつは「おはよう」なんだって、拓斗くんが教えてくれた。

「ニイナちゃん今日の衣装もかわいいねー」

さっきまでの不機嫌そうな声と全然違う、明るい声でショーンが応える。

「今度また食事でも行こうよ。ニイナちゃんの友だちも誘ってよ」

「は〜い! 楽しみにしてまーす」

そのやりとりに、わたしはまた信じられないって気持ちになった。

「ショーンって性格悪いだけじゃなくて……」

「めちゃくちゃモテるし、女の人が大好きらしい」

サーっと顔から血の気が引いてしまった。

「果音ちゃん、なんか顔が青いけど」

「ショーンの女好きって、週刊誌にもよく載ってて有名なのに」

「そ、そんなの読まないもん!」

ショーンが性格が悪くて遊び人だなんて、全然想像もしなかった。

「でも俺、ショーンってけっこう好き」

拓斗くんはそう言うと、ショーンの方に向かって行った。

「おはようございます!」

「お、拓斗。今日フィリックも出んの?」

「うん!」

事務所の先輩にあいさつに言った拓斗は、人なつっこいって感じのしゃべり方になっている。

「今回のダンスでちょっとむずかしいところがあって」

拓斗くんはショーンの前で、軽く踊って見せた。

「あー多分ちょっとステップが違うな。こんな感じじゃないか?」

そう言ってショーンは立ち上がると、拓斗くんがやったのと同じダンスをすぐに踊ってみせた。しかもすっごく上手に。

「あー、なるほど! さっすがショーン! ダンスの先生よりわかりやすい」

喜ぶ拓斗くんの頭を、ショーンがクシャクシャってなでる。

「後輩のくせに俺のこと〝ショーン〟なんて呼び捨てで呼ぶの、拓斗くらいだぞ。生意気だなー」

「げ、髪グッチャグチャ。ヘアメイクさんに怒られちゃうじゃん」

二人はニコニコ笑い合っている。

「ショーンさんは、昔からよく拓斗にダンスを教えてくれたんだ。特別可愛がられてるよ」

「そうなんだ……」

だけど、わたしのパパかもしれなくて、ママの好きな人かもしれない人が性格が悪くて女の人が大好きだなんて……。

もしかしてママは、ショーンに他に好きな人ができてフラれちゃったの?


♪♪♪


その日の夕飯の時間。

「ねえママ。ママってどういう男の人が好き?」

気になって思わずママに質問してしまった。

「なあに? 急に」

ママはエビフライを食べながら、不思議そうな顔をする。

「え、えーっと……あ! 莉子がね、最近マンガ描いてて、どんな男の子がかっこいいかなって悩んでたの」

「あら莉子ちゃんって、マンガが描けるのね」

莉子が絵が上手いのは本当。

「そうだなぁ……」

ママが〝性格が悪くて女好きな人〟なんて言ったらどうしよう。って、わたしは内心ハラハラしていた。

「優しくて包容力がある人がいいわね、やっぱり」

「優しいって、えっと、女の子にだけ優しいとか?」

「何言ってるの? 誰にだって優しい人が良いに決まってるでしょ」

ママの答えにホッとした。

「それから、何か夢や目標がある人が好きかな」

「夢?」

「うん。果音のパパもそういう人だったのよ。大きな夢があって、目がキラキラした人」

「え」

「パパのことが聞きたいんでしょ?」

ママは眉を下げて笑ってる。

「バレたか……」

「果音の考えてることなんて、お見通し」

「じゃ、じゃあ、パパも優しかった?」

ママは笑ったままうなずいた。

「とっても優しい人よ」

「でも……」

〝ママとは結婚してくれなかったんだよね〟って、ノドのところまで出かかったけど飲み込んだ。

パパの話をしているママはニコニコしてて、やっぱり今でも好きなんだって伝わってくる。

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