第2話 パパに会いたいだけなのに!
「で、ケガは?」
タクトという彼に少し心配そうに聞かれた場所は、なんとムジカエンターテイメントの建物の中。
細長い机とたくさんのイスがある、狭い会議室のような部屋だ。
予想もしなかった形でショーンの事務所に入ることができて、また心臓がドキドキしてる。
それにしても……簡単にこの事務所に入れてしまった彼らは一体誰? 二人ともわたしと同い年くらいに見えるけど。さっき、女の子たちがキャーキャー言ってた……?
「おい、聞いてんの?」
イラだった声に、ハッとする。
「あ! えっと! 大丈夫です!」
わたしの言葉に、彼はホッとしたようだった。
彼は澄んだアーモンドアイをしていて、目力の強い、なんだか妙にきれいな顔立ちをしている。あらためてよく見ると髪は漆黒って感じのツヤツヤの黒。
「ところでお前、どこのグループ? レッスン行かなくて大丈夫なのか?」
「え?」
「いや、見たことない子だから、どこのグループでもないんじゃないか? ユースの子?」
今度はリズムと呼ばれていた男の子がわたしを見て言う。タクトくんより落ち着いた人みたい。
彼も切れ長の目にスッと通った鼻で、茶色い髪もどこか品がある。
二人とも間違いなくイケメンだと思う。
それにしても、二人の言っている意味はさっぱりわからない。
「あの……グループとかユースとか、何なんですか?」
わたしの質問に、二人は顔を見合わせた。
「君、ひょっとしてうちのタレントじゃないの?」
「そんなわけないだろ? あんなところにいた男子が一般人なわけないじゃん」
ん? 今、〝男子〟って言った?
「わたし、男子じゃないんですけど」
「え?」
たしかに、キャップにパーカーにショートパンツって男の子に間違われても無理ないかもしれない。
そう思って、キャップを外してみせる。
髪がハラリと下りる。
髪、ボサボサになってないかな、なんてちょっと心配になる。
「え……かわ——」
「君、女の子だったんだ! かわいいね」
リズムくんがきれいな顔で微笑みかけるから、思わずドキッとしちゃった。
〝かわいい〟なんて男の子に面と向かって言われたこともあんまりないし。
「おいリズム、女子はマズいだろ」
タクトくんがなんだか不機嫌そうな声で言う。
マズいってどういう意味だろう。
「おい、お前まさか俺らの追っかけじゃないよな?」
「え? 追っかけ? なんで?」
さっきからずっと意味がわからなくて、キョトンとしっぱなしだ。
「んー……こんなこと信じられないんだけど、もしかして君、僕たちのこと知らない?」
まったくピンとこなくて首をかしげてしまう。
「嘘だろ!? どう見ても中学生の女子が俺らのこと知らないなんてあり得るのか!?」
「さっきから何なんですか? 知らないものは知らないです」
今度はこっちが不機嫌になり始めてしまう。
タクトくんが「はあっ」って呆れたようなため息をついた。
あれ? でも、〝タクト〟と〝リズム〟って最近どこかで聞いたような?
「あのなあっ、フィルホリックって知らねーの?」
「フィルホリック……?フィル——」
——『まさか果音、知らないの? フィルホリック略してフィリック!』
——『最近人気急上昇中のイケメンアイドルユニットだよ』
「あー! 莉子が言ってたアイドルユニット!」
あのとき、莉子がフィリックのメンバーは〝拓斗〟と〝理澄〟だって教えてくれた。それから二人とも、私たちと同じ14歳だってことも。
どうりでイケメンなわけだ〜、なんて納得する。
「嘘だろ? マジで知らなかったのかよ」
わたしの反応が信じられないって感じの表情で、拓斗くんは眉を寄せる。
「男の子のアイドルって興味ないので……あ、でもそういえばCMとかで見たことがあるようなないような」
なんだガクッと力が抜けたように肩を落としてしている拓斗くんに申し訳なくなってしまう。
「ぷっ! あはは」
わたしたちの様子を見ていた理澄くんが笑い出した。
「僕たちもまだまだだったみたいだね」
笑う理澄くんの隣で、拓斗くんはムスッとしている。
「だったらなんであんなとこにいたんだよ」
拓斗くんの指摘にギクリとする。
「えーっと……それはぁ」
〝この建物に侵入しようとしてました〟なんて言えるわけない。
「なんだよ、なんかはっきりしないな」
「えっと……そのぉ……お弁当をぉ」
「弁当?」
わたしはショーンにお弁当を届けに……って!
「そういえばお弁当、さっきぶつかったときに落としちゃったんだった!」
サーッと顔から血の気が引いていく。
ランチバッグをバッと手に取って中を見る。
ランチボックスはバッグの中で横倒しで、開けるまでもなく中身がぐちゃぐちゃになっているんだろうなってわかってしまう。
「そんなぁ……」
ショーンの好きなもの、朝早く起きてがんばって作ったのに。
——『何が入っているかわからない食べ物なんて、渡せるわけがないだろう!』
お弁当がダメになってしまったからか、さっきの警備員さんの冷たい言葉を思い出す。
「……たしかに、ショーンにお弁当なんて無茶だったんだ……うぅっ」
小さな声でボソッとつぶやいたら、なんだか悲しくなって涙が出てきてしまった。
「え、君泣いてるの?」
「なんだよ、それ弁当? ダメになっちゃったわけ?」
「はい……っ」
涙が止まらない。
「……ごめんなさ……わたし、もう帰りますっ」
「え? おい!」
部屋を出て行こうとドアに向かったわたしの肩を、拓斗くんが引き寄せて振り向かせる。
「……」
「え?」
わたしの顔を見た拓斗くんは黙ってしまった。
「あの……?」
泣いてボロボロだから、あんまり見ないでほしいのに。拓斗くんの目は本当にきれいで、こんな風にじっと見られたら吸い込まれてしまいそう。
「あれ? 拓斗、なんか顔が赤いんじゃない?」
「は!? 何言ってんだよ。俺はただ、ハンカチかしてやろうと思っただけだ。ほら、そんな顔のまま帰れないだろ?」
彼はハンカチをさし出した。
「……ありがとうございま——」
〝ぐ〜〜〜〟
言いかけたところで、どこかから変な音がした。
「げ。昼メシ食べそこねたから……」
どうやら拓斗くんのお腹の音だったらしく、今度は私が「ふっ」と笑ってしまった。
「なんだよ」
「あ、ごめんなさい。アイドルでもお腹が鳴るんだと思って」
変なところに感心して、おかしくてつい笑ってしまった。
「当たり前だろ? 人間なんだから」
拓斗くんはムスッとしてる。
「まあでも、泣き止んだなら良かったな」
彼にぶっきらぼうに言われて、涙が止まったことに気づく。
「にしても腹減ったな」
「拓斗がお弁当食べなかったのが悪いんだろ?」
「だってマズいじゃん、テレビ局の弁当って」
「そんなことないよ。今日のハンバーグ弁当は三ツ星レストラン監修で、みんなおいしいって言って食べてたよ」
「俺にはおいしくないんだからしょうがないだろ?」
「好き嫌いが多すぎるんだよ、拓斗は」
「そんなことないって!」
ハンバーグ……。
二人の会話を聞いていたら、またショーンのお弁当のことを思い出して悲しくなってしまった。
「ふうっ」ってため息が出てしまう。
「おい、それ、弁当なんだよな?」
「え? はい。でも、きっとぐちゃぐちゃになってしまったから、もう捨てますけど」
「捨てるくらいなら俺にくれよ」
「は!?」
「だから、俺が食べるって言ってんの!」
「聞いてました? きっと中身はぐちゃぐちゃなんです! とても誰かに食べさせるなんてできません!」
「俺がいいって言ってるんだからいいじゃん! もーらい!」
彼はわたしの手から、ひょいっとバッグをうばい取ると、さっさとそばのイスに座って、会議用の机にランチボックスを出して開けようとしている。
絶対にひとに食べてもらうような状態じゃなくなってるって思うから、フタを開ける拓斗くんの様子をハラハラしながら見てしまう。
「お、なんだ、全然大丈夫じゃん」
「え?」
思わず近づいて、ランチボックスをのぞき込む。
そしたらやっぱり、予想よりは少しはマシってくらいで、ハンバーグは横だおしになってポテトサラダとくっついてるし、他のおかずも仕切りのカップから飛び出して混ざってしまっている。
「やっぱりダメです、こんなの……」
引っ込めようと手を出した瞬間。
「ウマっ!!」
拓斗くんの興奮したような声が部屋に響いた。
「おい拓斗、声がでかい」
「あ、悪い。でもこのハンバーグ、超ウマいよ。理澄も食ってみる?」
拓斗くんは大きな目をキラキラ輝かせてる。
「めずらしいな、拓斗がそんな風に言うなんて」
そう言った理澄くんも、拓斗くんからハンバーグをひと口もらう。
「お、たしかにおいしい」
「な! このポテトサラダもめちゃくちゃウマい」
「でもそれ、キュウリが入ってるよ? 拓斗、キュウリ苦手だろ?」
「うん、でもなんかこれはイケる」
「……えっと、一応お塩でもんだり水にさらしたりしてるから、キュウリのイヤな感じは減ってるかなって思います」
感動したみたいに喜んでくれるのが嬉しくて、おずおずと説明してみる。
「へえ、すげえ! 天才かよ」
わあ……満面の笑み。
全然知らなくて申し訳なかったけど、拓斗くんのこんな笑顔を向けられるのは、もしかしてすっごくぜいたくだったりする? 莉子に言ったらどんな反応するだろう。
「んー、でも、このニンジンはイマイチ?」
笑顔から一転、拓斗くんの眉間にシワが寄っている。
「あ、それは……パパの好きなニンジン料理がよくわからなかったから」
「パパ?」
わたしはコクリとうなずく。
「そのお弁当は、パパに渡すために作ってきたから」
「お前の父さんってうちの事務所?」
「はい、ショー——」
「え? まさか、ショーンさんなの? レッグの?」
理澄くんの驚いた顔を見て、ハッとする。
ショーンがパパだってことは絶対ヒミツだし、そもそもまだ確かめてなかったんだ! って。
わたしは急いで首をぶんぶん横に振って否定する。
「ち、違います! えーっと、パパはショ、
われながら、なんだか変な言い方になってしまった気がする。
二人の疑ったような視線がわたしに集中する。
「なんかあやしいんだよな、さっきから」
「さっき、〝ショーン〟って言って泣き出したような?」
何も言えず、首をぶんぶん振り続ける。
「父親がここの事務所のスタッフだって言うんなら、どうして変装するみたいに帽子なんかかぶってたんだよ」
「お父さんにお弁当を届けるだけなら、正面エントランスから入れるはずだしね」
……う、するどい。
だけど、ショーンの〝隠し子〟ってことがバレたら絶対にダメだってさすがにわかる。
「ショーンなんて知らないです……」
「ふーん……そっか。そうだよな、ショーンが結婚してるなんて聞いたことないし」
拓斗くんは納得してくれたようで、ホッと胸をなでおろす。
「じゃあ、お前のことは警備員さんに突き出さないとな」
「え!?」
「だって、事務所の裏口の近くで変装してキョロキョロしてる女子なんて、悪質な追っかけくらいだし」
「え、ち、ちが……!」
「お前の父親がうちのスタッフだったら、警備員さんに名前言えばわかるだろうし」
拓斗くんは意地悪な顔でニヤリと笑っている。
ど、どうしよう……。
「なあ理澄、もしもコイツが不法侵入の追っかけだった場合ってどうなるんだ?」
「拓斗、コイツなんて言い方はダメだよ。うーん、そうだなぁ……きっと僕たちと同じくらいの年齢だと思うから、親と学校には間違いなく連絡が行くだろうね」
冷静な理澄くんの言葉に、わたしの頭にママの顔が浮かぶ。
学校にも連絡が行っちゃうなんて、絶対にママが悲しんだり困ったりしちゃうよ。
わたしはゴクっとツバを飲んだ。
「あ、あの……誰にも言わないって、約束してくれますか?」
観念して、二人に事情を説明することにした。
5分後。
「へえ、じゃあ君のママは昔アイドルだったんだ」
「はい。〝
「聞いたことないな。拓斗知ってる?」
拓斗くんも「知らない」と首を振る。ママの活動期間ってたしかすごく短かったからあまり知られていないのも仕方ない。
「け、けど! とにかく追っかけで不法侵入したかったわけじゃなくて、ショーンに娘だって伝えたくて来たんです! ママに会って欲しいから」
わたしの言葉に、二人はまた顔を見合わせた。
「うーん……君のママがアイドルだったのはわかったけど、君のパパがショーンさんだって言うには証拠が無さすぎるかな」
「え、でも耳が……」
「そんなの、他人だって似てる人はいくらでもいるよ」
理澄くんの言葉に、「たしかにそうだ」って頭が冷えていく。
「……わたし、バカですね」
ショーンがパパだって今もどこかで思っているけど、たしかに証拠らしい証拠がなくちゃ、信じてもらえるわけなかった。
「お弁当だってぐちゃぐちゃにしちゃったし……うう……」
また涙があふれてくる。
「え、おい……泣くなよ。弁当は俺のせいだし」
「ふえぇん……」
なんだか止まらなくなってしまった。
「う……っひっく……」
二人はわたしが泣き止むまで、はげましたり背中をさすってくれたりした。
♪♪♪
「今度こそ帰ります。迷惑かけちゃってごめんなさい。お弁当もぐちゃぐちゃなのに食べてもらえて、ムダにならなくて良かったです」
泣き止んだから、ドアの前でぺこりと頭を下げた。
「お前さあ——」
ドアノブに手をかけたタイミングで、拓斗くんに声をかけられて振り向く。
「俺のマネージャーやらない?」
彼が何を言っているのかわからなかった。
「まねーじゃー……?」
拓斗くんのとなりの理澄くんも同じみたいで、拓斗くんの顔を見てキョトンとしている。
「は? 拓斗、何言ってるんだよ。俺たちにはマネージャーがいるだろ!?」
「うん、だから料理専門の」
「料理専門?」
「お前だって知ってるだろ? 俺、テレビ局の弁当って全然好きじゃないって。だけど、コイツの弁当はすげーうまかったから」
なんとなく、ほめられているのはわかったけど……
「な、何言ってるんですか!? わたし、中学生なんですよ? 学校に通ってるんです」
「もうすぐ夏休みだろ? その間だけでもいいからさ。俺、もうすぐドラマの撮影が始まるんだけど、そん時の昼メシがおいしくないとやる気出ないから」
「おい拓斗! その話は明日の記者会見までヒミツだろ!」
「そ、事務所と関係者以外にはまだヒミツ。だけどもう言っちゃったから」
「え……」
「今からお前も関係者な」
拓斗くんはイタズラっぽく笑ってる。
「は!? 無理です! 夏休みだって宿題とか忙しいし!」
「じゃあ、言っちゃおうかな〜……不法侵入したやつがいるって」
「え!?」
「警備員さーん!」
「わー!! ちょっと!」
必死で拓斗くんの口を押さえる。
手をつかんでグイッとはがした拓斗くんが、わたしの顔をのぞき込む。
やっぱりきれいな顔でついつい顔が赤くなってしまう。
「お前にとっても悪い話じゃないと思うぜ?」
「え……」
「俺のマネージャーになれば、この建物には入り放題だし、フィリックはレッグと一緒の音楽番組なんかにも出るから、ショーンに会うチャンスなんていくらでも作れる」
ショーンに会うチャンス……思わずノドが「ゴクリ」と鳴ってしまった。
「父親かどうか確かめる絶好のチャンスじゃね?」
わたしの頭の中で、ママの顔とショーンの顔と拓斗くんと理澄くんの顔と、それからなぜか学校の先生の顔までぐるぐるしている。
アイドルのマネージャーなんて全然意味がわからない。
だけどこのチャンスを逃したら、ショーンに会うチャンスなんて二度と無いかもしれない。
「料理だけでいいんですね?」
「うん」
「え、君! 拓斗! 女の子のマネージャーなんてダメに決まってるだろ!」
「大丈夫だろ。コイツ、俺たちのことなんてぜーんぜん知らないくらいアイドルに興味ないみたいだし」
どこか嫌味っぽい言い方の拓斗くん。だけど、気になるのはそんなことじゃなくて。
「あの!」
「ん?」
「わたしは〝お前〟でも〝コイツ〟でもないです! 七瀬果音です」
さっきからくり返される拓斗くんの失礼な呼び方に、思わず語気を強めながら言ってしまった。
「あ、悪かった。ごめん、果音」
素直に謝ってあっさり下の名前で呼びすてにしてくるから、またドキッとしてしまう。
「あ、あの! 手、はなしてください!」
さっきからずーっと口からはがされた手はにぎられっぱなしだった。
「なんか顔が赤い」
「ほら、やっぱり女の子はダメだって」
理澄くんの言葉に首を横に振る。
ここでマネージャーの話が無しになるのは困るんだから!
「こ、こういうの! アイドルじゃなくたって慣れてないだけですから! 別に拓斗さんだからってわけじゃ」
わたしが言った瞬間、一瞬拓斗くんの目が鋭く光った気がした。
「へえ、そうなんだ。誰にでも赤くなるのか」
「え? いえ、その言い方はなんかちが——」
わたしが言いかけた瞬間、拓斗くんがわたしのてのひらに「ちゅっ」ってキスをした。
「え!? な、なにするんですか!」
一瞬で顔がカァッと熱くなる。
「これからよろしくな、果音」
真っ赤になったわたしを「クックッ」って笑いながら、拓斗くんは手をはなした。
本当に男の子に触れられるのには慣れてないけど、そんなこと抜きにしたってイケメンアイドルの破壊力ってすごい……心臓がドキドキしっぱなし。
ショーンに会うためって安うけあいしちゃったけど、フィリックのマネージャーなんて大丈夫なのかな、わたし。
パパに会いたいだけなのに……!!
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