第五話 好況の転生者②
勇者の儀式から一日過ぎた。広々と与えられた空間でシグサは高級なベッドに寝ころびながら、色とりどりに飾られた天井を眺めていた。まるで中世ヨーロッパの貴族の暮らしでも体験しているようだ。
今日から魔王討伐に向けた訓練が始まり、三か月後に東よりの魔境近くで実践訓練を始め、一年後には魔境を超えるのが目標らしい。どう見たって切羽詰まっているに違いない。
「ゲームみたいにレベリングするまで待ってくれねえかな」
ポツッと天井に向かってそんなことを呟いた。すると不意に昨日のスーザンの話を思い出し始める。
『これから生活するうえで気を付けるべきことは【疫病】ですわね。魔王の放った死の産物と言われますわよ。かかったら最後、死に至りますわ』
『そうなのなにせ治す方法が見つかってないから。しかも近くにいる人に疫病は移るっていうし、ウチ達の誰かが感染しただけで全滅するっていうケースもあるの』
『名称は
戦争犯罪の一つである【疫病】。その実態は特効薬も開発されていない殺傷能力の高い生物兵器であった。
『じゃあ……
シグサは思ったことを率直に質問に変換した。レクイエムは治癒不可能な疫病、そして感染性のある生物兵器だ。それならば、レクイエムに感染した人は普段通り生きていくことは難しいだろう
『……処理っていう表現を使うあたり察して欲しいかった。ウチも直接的な表現は避けたいの。言えることとしたら感染したら終わり―――』
言葉を慎重に選びながら説明をするナターシャ。一方その姿を冷めた視線で覗かせていたスーザンは躊躇なく言い放った。
『拘束された後、首を切り落とされますわね。死体は魔壊病の成分で粉々にした上で魔境に捨てられます。これも全てこれ以上疫病を広げないために』
『す、スーザンさん?!』
『……それを言ってしまうのは……』
素っ頓狂な声が二つ。ナターシャとシャリアは焦ったような反応を示した。しかしスーザンとシグサは堂々としていた。
『勇者はこれから世界を担ってもらう尊い存在です。今情報を隠しても無駄なだけですわ。傷付けないために教えないという、まるで箱に入れたがる親のような教育方法ではいつか現実を知ったときに帰って毒になりますわよ』
『まあ俺もいらんことを聞いたな。正直、感染者はどうでもいい、とりあえずその病気の発生源は特定してるのか?』
話が脱線してしまったため、これからの予定についての議題に話を戻そうと、きっぱりと言い切った。全く嘘はついていない、シグサは思ったことを口に出しただけだった。人を守るためには元凶を破壊するなり改善するなりすべきであると考えていた。
多少の雰囲気の温度変化は気にも留めずに予定を組み立て続けた。
『スーフェニア、西寄りの魔境から30000メートル地点にある巨大な魔物、通称『オリジンレクイエム』。ここから疫病の原因となる成分を飛ばしている』
一年後に『オリジンレクイエム』と衝突する。そのために今は討伐に向け鍛錬する必要があると思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「勇者様か何だか知らんが、訓練所には身分なんてものはへったくれも無い。最高貴族でも誰でも実践で弱い奴は負ける。初日から泣きべそかいて俺っちを失望させるなよ!」
勇者が訓練する場所と聞いたが、どうやら治安が悪いらしい。血の気が多い奴が多すぎるせいでこの機関をまともに統率できるものが居なかったのだろう。その結果弱肉強食を現した世界の縮図のような場所になってしまっていた。
背後には同じパーティーの三人が心配そうな目線でこちらを伺っていた。どうやら試合をする流れになってしまったらしい。初日から随分飛ばしたことをしている訓練場だ。相手に木刀を構えられて鬱な気持ちになる。しかし断るわけにもいかなかった。
「あぁ、俺も手加減して負ける義理はない。本気で来い、おっさん」
「―――カッチーン!死なねえ程度に殺してやる!」
周りの訓練員から『うわあ』という情けない声と、勇者が負ける前提で『手加減しろよ~訓長』という声が半々ほどに分かれていた。
【スキル:相思の勇者を起動します。1000人の”想い”を代償に実験体アルファに力を与えます。】
『”想い”は何度でも使えるんだっけな?』
【はい、同じ世界で同じ個体がアルファに対して”想い”を持ち続けている限り、永遠の力となります】
『分かった、発動しろ。あと俺の名前はシグサだ。アルファなんかじゃねえ』
【理ノコードを変換することは不可能なので、実験体アルファはそのまま、名称として『シグマ』を追加します。今後『シグマ』という通信を介して”相思の勇者”を起動できるようになります】
不意に体が熱くなり始めた。無様に投げ捨てられている木刀を拾い、チンピラ訓長にむかってそれを突き付ける姿勢を取った。お互いに相手の顔、息遣いを確認して咄嗟の攻撃を警戒した。―――そして次の瞬間、訓長から先に動き出す。
「こい、クソ勇者!実力の差を見せてやる」
その掛け声がバトルを始める合図となった。まず、先制を取った訓長は無造作に木刀を振るい始めた。一撃目を防いだ時にシグサは目を見開く。それ以降は表情を全く変えずに全て木刀で防いだ。はたから見れば、本気の剣の打ち合い。しかし訓長、シグサは双方これが手の内だと思っていない。
先に足を出したのは訓長だ。剣の軌道の邪魔にならないように蹴り上げる。それに対して、シグサは刃の方で剣を防ぎ、柄の方で足の動きを封じようとした。しかし余った左手で今度は殴りを入れられてしまった。
これまで生きてきた中でここまで強い衝撃を頭に感じたことは無かった。視界が揺れる。
「だせぇな勇者さんよ。あれだけ大口叩いてみっともねえ」
戦った数も何もかも違う。シグサと訓長には決定的な戦力差があった。しかしそれを承知の上で訓長は勇者をボコボコにしている。普段は勝てることの無い身分的勝者を実力で負かした時の優越感がたまらないのだろう。ここに来てからもずっと言わされていた事だ。身分、身分、身分、身分……
……だからこそ油断も増えるのだ。
「―――おっさん、一つ聞いてもいいか?」
「なんだね?」
へらへらとした表情でシグサの顔を覗いてくる訓長、しかしシグサは顔色を全く変えずに話をつづけた。
「―――戦闘中に自分の武器が折れてしまった兵士をどう評価する?」
一間置いて、訓長が言葉の意図を読み取る。そして大爆笑を始めた。
「そんなの戦う権利など無い敗者だ!どうせ強い武器だけ貰ったへっぽこな上層民のことだ。戦を完全に舐めているだろう!」
周囲からもシグサを嘲笑する声が聞こえた。心得も何もない無知な勇者が滑稽だったのだろう。しかしシグサは動じない。逆に心の中からメラメラと燃える自信すら感じた。―――もうすでに言質は取った。
高らかと木刀の先を突き出して、こう叫ぶ。
「話でそらして悪かった。それでは試合の続きを行おう、おっさん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます