第二話 不利な転生者②
次に目を開けた瞬間、そこは暗がりだった。
「え?ここは?僕はどうして……」
冷たい地面に座り込み、黒く汚れた壁にもたれかかっている。だんだん意識が戻ってくればこの道の奥からは騒がしい声が聞こえ始めた。どうやら、ここは路地裏らしき場所だ。
「たしか登校中だった気がするんだけど」
思い出そうとしても、なにも浮かんでこなかった。強いて言えば【機械音】らしきものが聞こえてきたぐらいだろうか。立ち上がってみると、僕の周りにもちらほら子供が雑魚寝していた。しかし次の瞬間、
「ぐぇ……」
胸の奥がざわざわとして違和感を覚えた。そして嘔吐感が込み上げてきた。下を見ると、僕の足から手にかけてすべてがガリガリにやせてしまっていた。そして手元を見れば、食べかけらしい腐敗が進んだ物体を握りしめていた。
「なんだこれ――う゛ぇ」
命が危ないと悟ったが、この状況でどうしろというのか。身体の構造にも違和感がありチカラがぬけてゆく。ドスッと腰を落とす。
「……!また何もできないまま力尽きるんだ……」
絶望感という感情と共に、今までの出来事が一斉にフラッシュバックした。愛犬が死んだこと。通学中にトラックにはねられた事。そして僕は既に一回死んでいること。
「また、臆病だから、何もできないのか…?そんなの嫌だ」
一回死んだことによる死への過度な恐れ。それは体を動かす原動力となる。死に物狂いで這いで、裏路地から出ようとした。ここには僕が生き残れる希望が残っていない。這い這いを続ける。泣き顔で、手を前に繰り出し続ける。そして最後の力を振り絞って右手を前に突き出した瞬間、ソレは起動した。
【『相思の薬師』を起動します。――実験体オメガから通信されました】
【説明を一時的に省略します。それでは自動的に『
「”想い”……?」
【調合成功しました。デトックスポーション:極高 リカバリーポーション:極高 以上二つをオメガに投与します】
その言葉と同時に、体がぽかぽかと温かくなった。ぼやけてた意識もハッキリとし始めた。もう吐き気も何も感じなくなり、普通に立てるようにもなった。
「なんだこれ……?相思の薬師?」
ボードを眺めていると不意に説明が始まった。
【ワールドとのエネルギーの差を埋めるために与えたスキル。それが相思の薬師です。このスキルは死を嫌う実験体オメガにとって最適なものとなっております。】
「実験体オメガって僕の事?」
疑問は残るものの、さらにスワイプしてみる。
【相思の薬師:その1、調合。材料には限りが無くなんでも調合することができる。欲しい
「え、なんだこれ……。じゃあさっきは『腐ったウサギ肉』じゃエネルギーが足りずに、”想い”を消費したってことか……」
衝撃の事実に手の動きが止まった。たしか『愛犬からの”想い”』と『親からの”想い”』だった。それってもしかして—――僕は気付いた時には涙が頬をつたっていた。そして最後には一抹の罪悪感が心を締め付けるのだ。
~~~~~~~~~~~~~~
裏路地から顔を出すと、そこは夕焼けに染まった大通りがあった。景色は中世の西洋風だ。沢山の人が行き交い、営みができていた。
いや、人だけではない。まるで物語の世界に出てくるようなケモノが憑依した人の姿もあった。
「やっぱ転生っていうやつなのかな。もう全部が違う」
これからどうしようかと途方に暮れる。そう思いながら大通りを歩いていると、ポスッと物が落ちる音が聞こえた。下を向くと、黒い革でできた財布らしきものがあった。多分、目の前の人が気付かぬ間に落としてしまったのだろう。
「落としましたよー?」などと声を掛けると、目の前の男の人は驚いてそして何度も「ありがとう」と頭を下げた。日本語は通じる、よし。窃盗が多い街なのかなあ、などと色々考えが浮かぶ。そして十分ほど歩いた挙句、教会らしき場所にたどり着いた。そして看板を見ると安心感のある言葉『孤児院』と書かれていた。
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「すいませ~ん、誰かいますか?」
大きな扉を叩いても何も反応が無かった。しかしここで引き返す訳にもいかずに、扉を開けて、中を少し覗くことにした。すると、『孤児院』では5歳のような幼い子から15歳のような子まで沢山いた。今は忙しく、年上の子が年下の子の世話をしていた。だが肝心な大人は全く見当たらなかった。
許可も無しに立ちることは流石にしたくない。どうしようか考えが浮かばず途方に暮れていた。少し時間が経つと奥の方から、ガヤガヤと大きな声が聞こえ始めた。目には見えないが、緊張感だけは伝わってくる。
『ちょっと急用、フランが倒れたわ!高熱が出てて苦しんでるの!』
『――っ!急いで様態を確認しないと!』
ドタドタと走り回る音が聞こえては、他の子どもが心配する声を上げる。そのたびに『助かるから、絶対に大丈夫!』という女性の声が聞こえる。よく見ると、女性の方は大人らしい。そして慎重に抱きかかえられた子供の姿が見受けられた。
まだ5歳ほどの容姿で軟弱そうな体つきをしていた。
子供の方は目で見ても分かるほど体に異常をきたしていた、体調がそぐわないのか顔が真っ青で、目が半分閉じており、呼吸のリズムもまばら、力は完全に抜けていた。衰弱死してもおかしくない程に酷い様態だった。……転生前の事を思い出しては僕自身の心臓もバクバクと音を鳴らし始める。あの子供を見るたびにショーンの死にざまがフラッシュバックする。
大人は必死な救護のため子供は病気に対抗するため、どちらも首元にぐっしょりと汗をかきながら動いていた。
ジュゥゥ
「――――な、なにこれ?!」
不意に目の奥が異常なほどに温まってくる。まるで心の内の悲痛な叫びに答えたようなタイミングだ。オドオドしていると段々と視界が白くなってきた――そして次の瞬間、ソレがまた起動した。
【スキル:相思の薬師 その2、鑑定。あらゆる病気、品質、異常状態を見抜く事、それを処理する方法を知ることが出来る。しかし、自身のスキルで調合された特別な病気、異常状態は鑑定することは不可能。最後に――――】
鑑定……。その言葉を聞いた時に今必要であることに気付いた。
「か、鑑定を使いたい。あの子の病気を教えて……」
脳内に情報をねじ込まれているような嫌悪感をぬぐい捨て、相思の薬師を使用することを選択した。
【フラン=ファフニール:5年:男性:人族:『状態"重度な衰弱”、詳細……
「腐らせる病気……。その子はスキルで治すことは可能なの??」
【―――似合うだけの高価な材料。そしてオメガが所持している”想い”を代償にするのであれば病気を治すことが出来る可能性があります】
可能性という不確定要素。そして得体も知れない材料と”想い”を消費される事への恐怖。いままでであればこの選択肢は拒否していた。怖いから、臆病だから。でも消えそうな命を目にした瞬間、許せなかった。死ぬことが許せない。震える声で『調合お願いします』と言い放った。
そこには前世とは全く違う目をした千香良が居た。
―――――
―――
「だ、誰ですか?ここは孤児院です。金目の物など所持しておりません」
ゆっくりと扉を押しのけて、何も言わずに歩き始めた。左手には緑色のポーションを持って、ヨタヨタと痛みを抑えるように腹に右手を当てて歩く。外部からは不審者にしか見ることが出来ない。そうすると、僕の様子に気付いた孤児院の大人の女性はまるで幽霊にでも出くわしたような顔をした。そして警戒心を剥き出しにして病気の子を庇った。
「……」
千香良は無言で病気の子に向かって指をさした。すると相手はさらに怪訝そうな表情に変わった。
周りの子供も緊張した顔つきで様子をうかがっている。まるで怯えているようにも見て取れた。
さらに女性は警戒心を強め睨みつけてきた。
「こ、この子は……フランは病気なんです。この症状は多分、助かりません。それでも最後まで精一杯、安心して生きて欲しい。あなたは何が目的でフランを狙っているのですか?!奴隷契約などさせるわけにはいきません。お帰りください」
その女性の目が物語っていた。フランは不幸の子だ。孤児院で暮らしている時点で元々愛に恵まれたな家庭で育った訳でも無いし、ここに来てからも余裕なんて無い生活。常に死と隣り合わせであった。だからせめて夢だけでも見させて欲しい。と
「……び……」
力を振り絞って声を出してみた。しかしそのたびに腹の内部に激痛が走る。いや、ここはしっかり伝えないと。
「びょうきを……その子のびょうきを……なおしに来……ました」
【”あばら骨5本”と”通行人からの想い”を材料として、
アンチマジックポーション……魔素をバラバラに還元する性質を持つため、
【相思の薬師:その1、調合。材料には限りが無くなんでも調合することができる。欲しい
その2、鑑定。あらゆる病気、品質、異常状態を見抜く事、それを処理する方法を知ることが出来る。しかし、自身のスキルで調合された特別な病気、異常状態は”鑑定”することは不可能。最後に――――】
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