異世界ルート ~想いをスキルに具現化した主人公~

九条 夏孤 🐧

スタート地点

第一話 不利な転生者

『大丈夫よ。高校生になったらイジメなんで起こるわけないじゃない。やんちゃな子供も成長するものよ。安心して、ちゃんと友達は作れるわよ』


母さんからのアドバイスが、心の中でくり返し響く。中学生の頃、酷いイジメにあったことで病んでいた僕に対してかけた言葉だ。僕、澪敏みおとし 千香良ちからは昔から臆病者。力強く育ってほしいからこの名前にしたと言っていた。しかし現実はそう名前どうりにはいかない。


『県立高は不合格となりましたね。残念ですが、併願でとってある私立校への入学をお勧めします。偏差値はかなり下がりますが、確実に高校に入りたいのであれば、こちらをご検討ください』


『二次募集に回るのはやめよう。千香良は私立校に入学しようか』


『……はい』


サーっと血の気が引いて涙も止まらない。親はそれ以外なにも言わなかった。家で飼っている犬のショーンでさえもその光景をどこか悲しそうに眺めていた。

結局は併願をとった私立校に入学した。それでも初めはできる限りの努力を惜しまずにクラスと馴染もうと決心していた。

しかし初日から怪しい人影が僕の前を過ぎたところから流れは変わってしまった。


『おまえ、中学の時面白かったやつじゃん。ほら、学ランを3階から投げたら池に浸った事件とかw』


中学を思い出せば、いつだって押し黙ってしまう。何もできない僕を【調子者】だと決めければ――私物を隠される、デマを流される、暴力を振るわれる。

その日も、『武勇伝』と称した僕のイジメられた過去の話題を暴露されてしまった。クラスメイトとの距離をつめるのは始めが肝心なのに……。しかし僕は臆病者だから何も言えなかった。


散々、不利な情報を流された挙句、二日目からはクラスでの僕の位置が既に悪い方向に確立されていたことを感じ取った。


『今度はどんな野蛮な事すんの?』

『ほんと、他クラスに自慢できるほど面白い奴だよな』


期待なんかじゃない。憐みをまとった視線。それからは中学とまったく変わらない日々が始まる。【耐えるしかない】もう受験で負けた僕自身を恥じるしかないのだ。


5月ごろ、犬のショーンを連れて散歩していると、同級生に出会った。高校近くの広い公園で、ベンチの方で何やらガヤガヤと話していた。僕は視線を逸らすと、道をUターンしようとした。わざわざ会う必要も無い。逃げないと。


『あれ~?あの姿千香良じゃね?ちょっとこっち来いよ』


『……ショーン家に帰ろ』


いまだ進み続けてるショーンの頭に手を置くと、よしよしと撫でた。すると振り返って僕の手をペロペロと舐めた。このまま帰ろうとする。


『おい!場が白けるだろ?早く来いよ』


『ごめん、今日は急用があって……グぇ』


しかし、体育会系の同級生に襟首を掴まれてそのまま引きずり込まれてしまった。目を白黒させていると同じ中学だった子が話しかけてくる。


『俺ら特別仲いいだろ?これ飲めよ。みんなで飲むとテンション上がるぜ?』


不意に目の前に瓶の口が現れる。そのまま訳も分からず注ぎ込まれてしまった。しゅわしゅわな液体だ。それを勿論体が受け付けることなど無い。うえッと吐くと、ビンを睨め付けた。パッケージを見ればそれはワインと書いてある。全身に鳥肌が立つ。


『こ、高校生が飲酒なんてダメに決まってるじゃん……』


平然と法律に違反することを行う精神に恐怖すら覚える。


『そんなの気にしない。ってかお前よりもそっちの犬の方が酒に興味ありそうだな』


ぶどうの甘い匂いに惹かれたのか、ショーンは物欲しそうな顔でワインを見上げていた。さらに危険を察知する。とっさに体が動いたが、他の人に首元を掴まれてどうすることもできなくなった。


『犬にワインなんて飲ませるのは本当にやめて!し、しんじゃうから!』


必死に頼み込んだ。


『いやいや、おまえの分を犬に飲ませてやるだけ。生物だからアルコールなんて分解できるやろ』


しかし全く気にせずにショーンに近づくと、口を開かせてワインを流し込んだ。すると、あまり時間を取らずにショーンはのたうち回り始めた。不意に周りからは笑いの声聞こえて、僕を拘束する力もなくなった。その瞬間、犬を抱えて、集団から逃げ、公園を抜けた。ショーンの様態なんて見れたものでは無い。


『ど、動物病院に行こう。そしたら治るよ。きっと、きっとだけど』


抱え上げてもぐったりとして動こうとしない。どうしようもできない焦土感がこびりつく。動物病院にはこのまま走っても片道は一時間程度。それ以前に、診察で必要であろう保険証も書類も何も持っていなかった。


親に頼れば何かわかるかもと走って家に帰れば、不幸な事に親は外出中であった。その頃には痙攣もひどく犬の目も虚ろであり、もはや死を待つだけのようであった。【犬はアルコールを分解できない】。ずーっとねだり続けてやっと9歳の頃に飼い始めた大型犬のゴールデンレトリバーだ。健康に生きればあと六年近く一緒に居られたのに。


『ごめん、ごめん、誘いをしっかり断れなかった。だから危険にさらして……』


ここでも色々な事が気がかりで病院に行く勇気が湧かなかった、僕自身の臆病が発動していたのだ。数時間後、親が帰ってきたころには痙攣すらしておらず、体温も低くなっていた。こっぴどく叱られたのちに、今日はもう寝なさいと言われた。―――その夜は寝室でショーンとの記憶を思い返しているだけで朝が来た。


その朝は静かだった。犬の鳴き声も聞こえない。体の感覚も完全に狂っていた。まるで歩いている感覚が無い、千鳥足で周囲の音も籠っていた。そして交差点を渡るとき、不意に黒い物体が急速に近づいてくる。不注意がたたって、黒い何かに体を跳ね飛ばされてしまう。ぼやける視界の中で、別の人らしきものも倒れていた。ぼやける意識の中で周りの悲鳴が聞こえる。


『―――二人トラックに跳ね飛ばさ―――』

『運転手は―――撥ねる前―――既に気絶し―――なんてことだ可哀想に―――』

『これ―――平凡じゃ―――ないな』








【ワールド3との魂の乖離を確認。実験体オメガとしてワールド5との干渉を試みます。―――成功しました。通算346378901回目の試行から魂の異動が可能になりました。元のワールドとのエネルギー差をスキルで補足します。実験体オメガにはスキル:相思の薬師 を付与します。】

【追記:実験体アルファの魂の転送も成功しました。これにより――――】





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