第8話1803日目 ギルドマスターの呟き

 冒険者ギルドの地下の修練場でのB級昇級試験が終わってすぐに執務室へと戻ったギルドマスターのリュウ・ムラサキだったが、自分の椅子に座る間もなく、部屋の扉をノックされる。ため息を吐く間もなく、リュウは返事する。


「どうした?」

「リュウ様、失礼します。下の修練場で意識を取り戻した「赤の狼党」の皆さんとギルバート様が口論されているようですが…」

「ほおっておけ。あれはギルバートが自分で蒔いた種だ。自分で片付けらる」

「…分かりました」


 いつものようにどうやら秘書が一早くギルバートの行いを報告にしに来ただけらしく、足早に去っていく。どうしてもギルバートの力量を知らない、納得いかない者は彼のやっている行動の一つ一つが全て気に入らないのであろう。ちょっとでも目に付く事があり、直ぐにでも瑕疵かしになるような事があれば、ネガティブな報告をしてくる者が事務方に多い。


 ギルバートをC級に昇格させてから行い始めた低ランク冒険者への実習はとても素早くしかも諸手もろてを上げて賛成していたのに、その次にB級昇級試験の試験官に抜擢した時には大反対を受けた。一度でも何か大きなトラブルが起きたらギルドマスターの責任問題に発展させるという彼らの意向を受けながら、リュウのギルドマスター権限でこうして2年近く実績を作ったとて、いまだに先ほどのような些細な事も問題視しようとしてくる位だ。ギルバートの天職ランク最下層「罠士」という点を天職を持たない者達が差別しようとする不可思議な構図に頭が痛くなるリュウであった。


 そもそもの話、天職ランクと冒険者ランクは大抵リンクすると言われているこの世界で、F級天職である「罠士」持ちのギルバートが本人の不断の努力でC級冒険者まで昇級してきた事は非常に評価されこそすれ、このように足を引っ張られるのには値しない筈なのだが、何故か彼をF級天職持ちというレッテルだけで見ようとする者が特に天職を持たない一般の人間達に後を絶たない。


 獣人など他種族の者達や、天職持ちの多い冒険者達はギルバートの実力を見て、F級天職だという事を逆に詐欺だろうと引きつった笑顔を浮かべる事さえある。そういう意味ではこうしてギルドの重要な冒険者の育成事業に彼をうまく巻き込めたのはリュウにとって朗報だったと言えよう。


 彼がC級に昇級してからこれまでの期間で行ってきた事で、多少ではあるが認めようという雰囲気が出てきたのは間違いのない事だった。それでも先ほどの秘書の様に冒険者ギルドの天職を持たない事務方のエリートや王国の官僚クラスはまだまだギルバートの事を実際よりも下に見がちであった。


 リュウは自身の席に座り、背中を預けて上を見ながら呟く。


「まぁ、アイツ自身が自分の力を隠して見せている面があるからしょうがないっちゃしょうがないんだろうけどな」


 先ほどの昇級試験の時でもそうだが、彼はどんな場面でもいつも自然体の態度を人前では崩さない、というよりも崩せないという方が適切な表現か。リュウ自身はギルバートの事をE級冒険者に昇級してから注目する存在として認識するようになったのだが、当時はまだかけていなかったあの眼鏡をするようになってから、あの自然体かつ強者の雰囲気を全く見せないあの状態は変わらなくなっていった。


 故に何処でも、どんな状況でもごく当たり前のように立ち振る舞う彼の異常性は埋没してしまい、なぜあんな普通の、平凡な人間族がこうして冒険者ギルドで重宝されているのか理解できないというネガティブな見方をされるのが理解出来なくはない。


 しかも彼の両親は父親が王国の一役人、母親は専業主婦という二人とも極々普通の一般的な家庭とも言える状況であり、姉はA級冒険者でかつクランの副リーダー、妹の方も魔法の才能があり、飛び級で大学で魔法を学んでいる状況で、ギルバート本人がコンプレックスを抱いてもおかしくない状況とも言えた。


 それなのにあんなにも泰然自若としているのは納得いかないという、一般の人間族の考えは、リュウ・ムラサキという冒険者の中でも頂点にいる者としては理解こそすれ共感は全く出来なかった。そんな事を考えながら、机の上にある書類を機械的に読んでいると扉が再びノックされる。今度は大分控えめに叩かれた為、先ほどとは違う用件でやってきた事を理解したリュウは穏やかに返事する。


「どうぞ」

「リュウ様、失礼します。お客様がお見えになっていますが、お通ししても良いですか?」

「誰だ?」

「マリア・ニコラス様です」

「はぁ~、分かった。通して構わない」

「分かりました」


 さっきとは一オクターブは声のトーンが違う秘書に、姉と弟でこうも違うかとため息が出た。そんなリュウの思いとは全く関係なく、尋ね人はヅカヅカと執務室に入ってきた。


「失礼するぞ、ギルドマスター」

「ようこそ、マリア・ニコラス「聖女騎士団」副リーダー殿。今日は何用で来られたのかな?」

「要件は分かっているだろう?」


 マリア・ニコラスは弟のギルバートよりも背が高く、180cm近くある栗毛の長髪で出る所は出て、引っ込む所は引っ込んだスーパーモデルの様な体型の持ち主だった。顔の方も弟とは違い、100人いれば100人とも美人というであろう美貌の持ち主で、その銀色の瞳に見つめられるとついうっとりとしてしまう女性もいるほど男女問わず人気者と言えた。実際に「魔法剣士」というA級天職に見合ったスキル構成で、A級冒険者としての実力を疑う者は無く、名実ともに充実させてその名を轟かせていた。


 もし生まれた場所が現在の日本であれば、宝塚の男役のスターにでもなれそうな彼女が執務室に堂々と入ってくるのをリュウは非常に嫌な気持ちになりながらも、それを表に出さないように気を付けながら対応する。


「いったい何の事を言ってるのかさっぱりだが?」

「心当たりはないと?」

「そう言っているつもりだが…」

「毎回毎回シラを切るな、弟の話だ!!」

「あぁ、今日もしっかり役目を果たしていただろう?」

「違う!!いや違わないが、そうじゃない!!何故うちのギルがあんな役目を続けなくてはならないんだ、危ないだろう!!」


 一見完璧超人のマリア・ニコラスは唯一と言っていい欠点がある。重度のブラコンであった。毎回ギルバートがB級昇級試験の試験官をやる時にはこうしてリュウの所に怒鳴り込んでくるのが通例になっているのだ。ちなみに過去2回ギルバートがB級昇級試験で挑戦者を通過させたのは、姉の誕生日と試験日が重なってしまい、どうしてもその日に対応できずに不戦敗になったからだ。


 こんな事が2年続いていたために来年はその日に日程を組むのを避けようとリュウは心の底から誓っていた。そんなリュウの思いなど関係ないとばかりにマリアは普段は外では見せない狂った一面を全開にしてまくしたてる。


「分かっているか、ギルマス。あの子はC級なんだぞ!!なんで上位のB級の昇級試験官をあの子に2年近くやらせているんだ!!しかも100回以上も!!いつ何があってもおかしくないだろう!!」

「だから毎回言っているが、いつ何か起こりそうな気配が一度でもあったかい?」

「いや、うちのギルに限ってそんな事は一度も無いさ。ちょっとでも頬に傷でも出来ようものなら、挑戦者を八つ裂きにしてやろうと思ってはいるけどな」


 リュウはげんなりする。


「それじゃあ試験にならなくなるから、止めてくれ」

「だ・か・ら、ギルに試験官を辞めさせれば良いだけだろう!!」

「ギルバートにこの話を持ち込んだ時に二つ返事でやってくれるって言ったのに、こちらの勝手な都合で辞めてもらう形になるけど良いのかい?」

「うっ…、そうか、試験官はあの子がやりたい事なのか」

「あぁ、それを姉である君の勝手な都合で辞めてもらうのは、彼にとって酷なんじゃないかと思うがなぁ」

「くっ…、卑怯だぞ、ギルマス」


 毎度毎度この昇級試験がある度にやる二人のやり取りであった為に、すっかり慣れてきてしまったリュウだが、慣れるのとやりたいかは全く別の事と言え、さっさと切り上げてしまいたい気持ちで一杯になっていた。


「それで本題はなんなんだ?」

「本題?当然弟の事だが?」

「いや、別にあるだろう?」

「まぁ、些細な事だ」

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