第7話1803日目 B級への挑戦者達3

 修練場の周りのA・B級の冒険者達が引き上げていき、修練場が無人になっていく中、ギルバートはさっさと自身の落とし穴の罠を解除し、「赤の狼党」の4人を地上に戻した。ギルドマスターはため息一つついて、ギルバートに話しかける。


「今回も面倒かけたな。後はこっちでやるぞ」

「いえ、僕が彼らをこうしたんでたんですから、最後まで面倒見ますよ」

「そりゃあ助かるが…、また絡まれたらって、お前には野暮な質問か」


 ギルドマスターはそう言って、自身も振り返ると執務室へと引き上げていく。それを見送ってからギルバートは右手を上げて、また眼鏡の奥の右目に淡く青い光が漏れる。彼が何かを呟くと先ほどまで意識を失っていた4人組が目を覚まして騒ぎ出す。


「ここは…、いや貴様はギルバート・ニコラス!!」

「さっきの試験は無効だ!!」

「もう一度最初から…」

「「「動けない!!」」」

「はい、意識は取り戻せるようにして会話が出来るようにしましたが、身体の動きは制限したままにしています。まずは落ち着いて下さい」

「くっ、この卑怯者め!!」

「何を言われても、こちらはお前には屈しないぞ!!」

「分かりました。あなたは喋らなくていい」


 ギルバートは興奮して騒ぐ「赤の狼党」のメンバーを次々と口をきけないようにして、最後の一人の前に立つ。それまでの三人と同様の態度だったが、次の一言で態度を改めた。


「実は「赫き狼王」への伝言を頼みたかったのですが、そうですね、4人とも僕と話したくないなら仕方ありませんね。違う手段でこちらの意向を伝えるしかないか…」

「貴様…「赫き狼王」様を知っているのか?」

「えっ?直接会ってますし、何ならパーティーも組んだ事ありますよ」


 4人は愕然とする。自分達、獣王国のエリート候補でさえ今回の昇級試験の件が無ければ、同じ獣王国にいても直接声がかかる事が無いのに目の前のいかにもひ弱そうな人間族のしかもC級の冒険者と一緒にパーティーを組んで何かを成すなど全く想像できなかったからだ。ギルバートは足元で横になっている4人組を視界から外し、腕を組んで悩み始める。


「うーん、そうなるとこの4人の使い道が無くなって困るなあ。向こうも伝書鳩役でこの人達を使ったんだろうしなあ、ってそうだ、確認しなきゃ。すいません。この4人の中でリーダーって誰になります?」


 たまたま最後の口が利ける人物がちょうどリーダーだった為に雑に後ろを向かせ、背中にある獣人族特有の文様が刺青として入っているのを確認する。右手を伸ばし、その文様に触れそうになる距離で突如、静電気が走ったようにバチッと音がして、文様の上に文字が浮かぶ。


 しっかりと文章になっている文字の並びを確認し終えると、再び右手を出してその上にかざす。ものの1分ほど手をかざすと満足したように止めて、ギルバートは4人にかけてある全ての罠を解除した。「赤の狼党」の4人は自身が動けるのを確認し合っているのを横目に、先ほどと同じ距離で向かい合わせになるように立ち、声をかける。 


「どうですか、もう一戦?今度は誰も見ていませんから、B級冒険者の昇格とはなりませんが、このままではあの弱肉強食の獣人国には帰れないでしょう?」

「な、何故だ?」

「いえ、自分でやっておきながら、遠路はるばる来てあの結果ではあまりにもかわいそうだなと思いまして。落とし穴にまんまと引っかかってダメでした、じゃあ彼女も怒るだけだろうし。まあ記念というかお土産代わりです」

「そうか、ならばせっかくもらった機会だ。こちらも全力で行かせてもらおう。ただの卑怯者ではないんだな。感謝するぞ」

「僕も個人的にはそういう脳筋ののりは嫌いな訳じゃないですからね。何でもありで来て下さい」

「「「行くぞ!!」」」

「どうぞ」


 「赤の狼党」の4人は先ほどとは違い、慎重にさっと4方に散り先ほどは使わなかった魔法による身体能力向上の魔法を使い、先ほどの戦闘の2倍の速度で攻撃していく。しかも掌、肘、頭突き、膝、足、踵とバリエーション豊かに打撃に特化した連撃を組み込みギルバートが普通なら受けざるをない状況を作っていった。


 それでもなお、然し、ギルバートは一撃も受ける事無く回避していく。C級冒険者、ましてや格闘術に自信のある獣人4人がかりでの必的の間合いでの10分以上に渡って繰り出される4方からの死角無き攻撃を。「赤の狼党」の4人は圧倒的に攻めている筈の自分たちが焦っているのを自覚し、一斉に距離を取った。前回と違い冷静に足元に注意しながらではあったが。捌ききったギルバートは笑顔を絶やさず、嬉しそうに言う。


「うん、素晴らしいですね!!やっぱり狼獣人の方々はこういった集団での一斉攻撃はどのランクの方々でもコンビネーションが自然ととれていて、しかもちょっとしたイレギュラ-の対応力も抜群ときている。これならB級昇級も遠くないですね。ただ最初の対戦で考えるともう少し冷静に分析できる力が無いと、王国のB級ダンジョンだと、20階あたりでダンジョンのギミックやトラップであっさり死にます」


 淡々と2戦の振り返りをするギルバートに最高のパフォーマンスが出来たと思った4人は少しの自信の回復と、相手との圧倒的な差を理解させられるだけの考えにいたった。だからこそ明確な疑問が自然と「赤の狼党」のリーダーの口から出ていた。


「ギルバート・ニコラス、あんた、本当にC級冒険者なのか?うちの国にもランク間違いなんじゃないかって奴はチラホラいるけど、ここまでのランクに来てこんなに力の差があるなんて、冒険者ギルドの中で何かあったとしか思えねえ」

「王国の外から来られたB級冒険者昇級試験を受けられる方にはよく言われますね。まぁ、僕の場合はギルドマスターが無理やりこの試験官のポジションに置いているせいでもあってだと思いますけど…。C級に上がってからすぐに冒険者ギルドの要請でこの仕事をしていますけど、まだまだ実力不足でB級に上がられる方を守る意味では役に立ってはいるかもしれないですね」


 実際昼間の低ランク冒険者への実習も、このB級冒険者昇級試験にしても、冒険者ギルドが冒険者の死亡率を下げる為に始めた事業として、ギルバートが行う事を前提とはしているが明らかに成功していると言える。


 王国としても質の高い冒険者が無謀なダンジョン攻略を行い、居なくなることを考えれば、この事業には賛成で、王国自体からも冒険者ギルドからも予算が出ており、決してギルバートにも損のない事業と言えた。


 そんな背景などお構いなしにやってくる他国からの昇級試験挑戦者たちは基本的にはC級冒険者の中でもやっかい者か、それとも今日の様にプライドが高く、長く伸びてしまった鼻を折ってもらいたいギルド側が敢えてギルバートに挑戦させるケースが大半だった。


 もちろん王国内でも、このB級昇級試験を始めた頃はギルバートの事を知らずに舐めてかかる者で毎週のように挑む者もいたが、1ヵ月も過ぎた頃にはその波も去り、本当に実力があって彼相手に何処まで通用するのか、真の意味で戦いを望む者しか受けなくなった。


 ちなみにこの試験は王国の冒険者ギルド本部でしか行っておらず、他の国では普通にC級からB級に昇級するのは実績さえあれば可能であった。勿論王国でもこの昇級試験を受けずともB級に上がれたが、少しの後ろめたさが残ると、ギルバートにしばらく顔を合わせないように注意するのが通例だった。



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