第6話1803日目 B級への挑戦者達2

 何故ギルバート・ニコラスがB級冒険者ヘの昇級試験の試験官になったのかという明確な答えを得る前に、ギルドマスターとギルバートのじゃれ合いは終わり、4人組のウォーミングアップも終わり、互いに向かい合う。獣人族の4人組は皆明らかにギルバートよりも体格が良く、誰であってもすっぽりと彼の姿が隠れてしまうほどだが、試験官をやるギルバートはダンジョンで見せていた姿のまま、非常にリラックスした様子でゴブリンキングと戦った時と精神状況に変わりが無いように見えた。


 一方で試験を受ける4人組はもの凄い形相で彼を威嚇していたが、リラックスしたギルバートはニコニコと表情を変える事なく受け流していた。そんな状況でギルドマスターのリュウが一つ咳ばらいをすると声が響いた。


「それではこれよりB級冒険者の昇級試験を始める。試験官はご存知、C級冒険者ギルバート・ニコラス!!挑戦するパーティーは「赤の狼党」だ!!今回は獣人国から遠路はるばるやってきて、このギルバートの壁を超えにやってきたって訳だ。みんな応援よろしくな!!」


 リュウのあおるような紹介の声に一部で応援が上がるも、あくまでも「あんまり早く終わるなよ!」「しっかり足掻けよ!」という冷やかし半分で決して真剣な戦いになるような気配は無かった。その事も余計に「赤の狼党」のプライドを刺激し、彼らの怒りのボルテージは上がる一方だった。リュウは声援が落ち着くのを待ってから話を続ける。


「なお、今回もいつも通り生殺与奪は構わない。こちらとしてはポーションや回復魔法がもったいないからなっていうか、そういう展開にもならないだろうしな。まっ、

そういう訳でオッズはこちら!!」


 投げやりなリュウの振りの後、何故か修練場の上に巨大なモニターが設置されており、そこには1:10という非常に分かりやすい表示だけがなされていた。それを食い入るように見た4人組は、もはや血の涙も流さんばかりに目を充血させるだけだった。グラスプはオッズが表示されると大声で笑いだし、周囲の冒険者たちも声を上げて笑っていた。


「あらら、これはもうまともにやったら瞬殺だろうけどって上の判断か?まぁ、アイツの事だから、めいっぱい引っ張る可能性もあるな」

「えっ?そうしたら4人組にもチャンスがあるんじゃないですか?ギルバートさんは人間族だし、「赤の狼党」は俺らの世代じゃあトップエリート候補じゃないですか」

「あぁ、俺らではなく獣人国のな」


 多少の見解の違いはあれど、今回B級に挑戦している「赤の狼党」は彼らが祖国である獣人国では非常に有望な人材である事は間違いなかった。何せダンク達「狼の牙」 は獣人国では落ちこぼれとして扱われていた為に、グラスプ達の伝手を使ってこうして王国で何とかE級冒険者をやっているのだ。あの「赫き狼王」が支配している現在の獣人国において、「赤」の字をパーティー名に使える彼らは紛い物ではなく優秀な筈だった。

  

 しかし今現在、彼ら4人はその高く伸びた鼻を存分にへし折られていた。このB級昇級試験も名前だけは知っていたが楽勝だと思い、ろくに調べずに獣人国の冒険者ギルドに言われるままにやってきたのであろう。まさか試験官自体がそもそもC級冒険者で、かつ人間族で、そこら辺の街にいる連中と同じような存在だなんて。しかもそいつが勝つと、この王国のトップ冒険者達がみんな思っているだなんて。


 これほどの屈辱を味わった事は彼ら全員一度も無かったであろう。今まで見下していた側に見下されて、とても敵わない、相手にならないと思われているのだ。彼ら全員が感情を制御できなくともおかしくない。始まりの合図を待っていられただけでも奇跡のような状況で、ギルマスは試合の開始を合図する。


「始め!!」

「そら、やっぱりこうなるわな」

「えっ?ギルバートさんが消えた」

「いや、奴らの後ろだ」


 当然のように猛スピードで襲い掛かった「赤の狼党」だったが、目の前にいた筈のギルバートを見失っていた。ダンク達が見失っていたギルバートは4人組がいた開始位置の先に立ち、軽く欠伸すらしていた。しばらくあたりを見渡していた「赤の狼党」はギルバートを確認すると、その行為を挑発と見て取り囲むように4方に散開し一度に4方から襲い掛かる。


 しかしギルバートには何の攻撃も当たる事なく、元居た開始位置に戻るだけだった。5回ほどその不毛ともいえるやり取りを繰り返した後、「赤の狼党」は立ち止まり、一度間合いをとる。グラスプはあまりの攻防の速度に目を負いきれず呆気にとられているダンク達「狼の牙」達にしたり顔で呟く。


「こうなるとギルバートの奴のペースだな。完全に自分のやりたい段取りで、戦いを進めていやがる」

「えっ?さっきもグラスプさん言ってたけど、どうしてこの展開がギルバートさんの望んだ展開なんですか?」

「見てみろ、やつが右手を前に出した」


 ギルバートは右手を前に伸ばすと、何かを呟く。右目の眼鏡の奥が青く少し光るのを見ながら、魔法やスキルの発動を警戒していた「赤の狼党」は一斉に間合いを図るために、後方へとバラバラに距離をとる。そのお決まりの行動にグラスプは笑う。


「チェックメイトだな」

「えっ?」


 ばらばらに距離をとるために後方に跳んだ「赤の狼党」の4人は着地しようとしたその先で足元に気が付けば設置されていた落とし穴に落ちた。正確には彼らのバラバラに跳んだ着地点に地面が無かったが適切な表現になるのであろうか。落ちた穴の中からじたばたと足掻いて出てこようとしているが、一向に上がってこれる気配が無くなった頃には、彼ら4人とも何らかの手段で意識が無くなった事をギルドマスターが落とし穴をのぞき込んで確認した。4つの穴ともちゃんと確認したリュウは高らかに宣言する。

 

「勝者、ギルバート・ニコラス!!」


 勝者の腕を取り、高らかと宣言するリュウの横で、少しだけ嫌そうな顔をするギルバートの表情も合いまり、場の雰囲気は白けきっていた。ただし、その周囲の雰囲気も「まっ、しょうがねえよ」「あの狼の獣人達もどうせギルバートの事を知らずに挑んだろうさ」「まぁ、これでまたしばらくお上りさん待ちだな」と4人に同情的な声が多かった。グラスプは勝負が終わると早々に立ち去っていく上級冒険者達をしり目にまだポカンとしているダンク達にニヤニヤしながら声をかける。


「どうだった、C級冒険者同士のぶつかり合いは?」

「…想像とは最初のやり取り以外は違いました」

「そうだろう?最初のスピードを目で終えていない時点で、まだまだお前らはC級冒険者には遠いが、あのレベルはC級でも上位の速さだ。B級冒険者の中でも速さだけならあいつら4人組も十分に通用するだろうが、あのすぐに血が昇っちまう頭じゃあ、他が怪しいって評価で昇級はどっちみち難しいな」

「そんなもんですか」

「あぁ、残念ながらそんなもんだろうな。もし最初のスピードでギルバートに振り切られる事なく追いつめられるなら、まだB級でやっていけるポテンシャルって評価になっただろうが、あそこで追い込めずに一端引くようじゃあ、促成培養の匂いがして駄目だな」

「へぇー」

「まっ、そうは言ってもギルバートの奴が異質なだけだけどな。まぁ、一日も早くC級冒険者まで昇級して奴さんの前に立って、あの怖さを知れるように頑張るんだな」


 そう言うと話を終わらせ、「なんでもござれ」に向かおうとするグラスプをダンクが引き留める。


「グラスプさん、最後に一つだけ教えてもらえませんか?」

「何だよ、もう酒を飲みに行こうぜ。喋りすぎて喉が渇いちまったぜ」

「ギルバート・ニコラスの天職は何ですか?」

「そうか、知らないのか。調べたらすぐに出てくるぞ。公表されているのは「罠士」だ。本人もそれは隠していない」

「罠士?」


  聞いた事の無い転職に5人は戸惑う。


「そうさ、ギルバート・ニコラスは歴史上4人目の「罠士」と言われている。ちなみに天職ランクはFだ。」

「天職ランクF…って最下層の天職ランクじゃないですか」

「そうさ、つまりギルバート・ニコラスはそんな最下層のF級天職持ちの怪物って訳さ」

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