第5話1803日目 B級への挑戦者達1

 軽い調子が変わらないギルバートは再び先ほどゴブリンジェネラルがいたフロアに足を踏み入れると右手を前に伸ばし一言呟く。その後はそれまでと違い、今度はフロアの中心に黒いもやが出来てしまい、中からゴブリンジェネラルとは違ったモンスターが出てくる。


「それじゃあ、っと。あれはゴブリンジェネラルじゃないな」

「あれは…ゴブリンキング!!」

「やばいぞ、あいつは50階のフロアボスだ!!」


 E級ダンジョンの最奥である50階に鎮座する筈のゴブリンキングは個体の強さのみならず、その召喚術による集団戦に問題が多い相手だった。ゴブリンジェネラルなら下位のゴブリン達だけで済むが、ゴブリンキングになるとゴブリンロード、ゴブリンジェネラル等、常に30体前後はフロアにいる状態での戦いを強いられるのが難点で、E級からD級冒険者への昇格には高威力かつ広範囲の魔法かスキルが要求されるのであった。しかしそんな状況が出来上がっているにも拘らず、まるで散歩するかの様にリラックスした状態でギルバートは一歩ゴブリンキングの待つフロアに足を踏み入れた。


「うーん、気付かれたか、やっぱり。欲張りすぎたかな?嫌がらせ…いやイタズラ程度かな」


 そう呟きながらギルバートは何らかの攻撃を仕掛けたようでゴブリンキングが叫ぶ間も与えずに、一瞬でゴブリンキングの頭が消し飛ぶ。何てことは無いとばかりにまた笑顔で振り返ると一歩戻り部屋から出る。しかもギルバートが振り返りこちらの部屋に戻った時には、部屋がいつの間にか消えているのに彼らが気が付く。


「ね、ソロでの討伐なんて参考にならないでしょ?」


 ギルバートは呆気にとられている「狼の牙」のメンバーに声をかける。沈黙したままの5人をギルバートは転移陣に乗せ、1階まで転移してダンジョンの入り口まで戻る頃にはようやく普通のテンションに5人と別れの挨拶を交わす。


「ギルバートさん、今日はありがとうな。ゴブリンジェネラルを安定して討伐出来るようになった事もだけど、C級昇格に必要な強さをよく分かったし、今後も頑張ってやっていくよ。なあ、みんな?」

「「「ああ、ありがとう」」」

「僕の戦闘なんて皆さんみたいなパーティーと違って面白味は無いですけど、そう言ってもらえるなら、戦った意味がありますかね。それでは僕は先に一旦ギルドに今回の実習の報告に行きますね。では」


 そう挨拶してすぐに一瞬で音もなく消えてしまったギルバートに、もはや苦笑いしか出なくなった「狼の牙」のメンバー達だったが、自分達もマイペースで冒険者ギルドへと戻っていった。途中でついついあれは何だったんだろうとみんなが思うも、何故かギルバートのやった事を口にする事が出来なくなっており、これが制約と彼が言っていた事かと納得する頃には王国の東門から冒険者ギルドに着いていた。


 今回のE級ダンジョン実習は冒険者ギルドの人材育成の一環として行われており、実習を受ける側は無料で参加できる代わりに手に入れた魔石と素材類の利益の3割を冒険者ギルドに納める必要がある。安全に強敵を倒せる上に7割の収入が得られるとあって、低ランクの冒険者には好評な事業だったが、高ランクの冒険者はそんな時間があったら、自分達がさっさとダンジョン攻略している為、実際にはギルバートの独占事業となっており、低ランク冒険者が実習依頼をしてもなかなか順番が回ってこなかった。


 それでもこの事業のおかげで、無駄死にする低ランクの冒険者の数は減り、事業を始める前後で3割以上死亡率が低下した。そうして今日もギルバートのおかしさを味わった低ランクパーティーが一つ増えた中、彼らが冒険者ギルドで依頼達成の確認をした後に隣の食堂「なんでもござれ」の中から青の狼獣人に声をかけられる。


「どうだったんだ、ダンク?ゴブリンジェネラルは倒せたのか?」

「はい、グラスプさん。何とか自分らの力で倒せるようになりました」

「良かったじゃねえか」

「これもグラスプさんが低ランクのダンジョン実習の事を教えてくれたからですよ。ありがとうございます」

「はん、照れくせえじゃねえか、止めろって」


 グラスプと呼ばれた青の狼獣人はB級パーティー「青の狼牙」のリーダーだ。今回はゴブリンジェネラル討伐に悩む後輩達に機会を与えた形だった。そんな後輩想いの青の狼獣人グラスプは右頬の3つ連なる爪痕をかきながら、ダンクに尋ねる。


「まっ、そんな事よりどうだった、ギルバートの奴は?」

「ギルバートさんですか。うーん、何も具体的に言えないっすけど、ヤバいっすね」

「ああ、お前たちも制約を喰らったのか」

「えっ?グラスプさん知ってるんですか?」

「まあ、あいつの秘密主義は今に始まった事じゃないし、分かった所でどうしようもないのが多いしなぁ…」

「でも、めちゃくちゃ強いのは間違いないと思いましたよ。C級って2つ上の等級だけど、十分化け物っすね!!」


 グラスプは苦笑いをしながら、グラスプに答える。


「お前あんなC級がゴロゴロいたら、俺らB級より上はどんなだよ」

「でもギルバートさんは自分はそんなにって言ってましたよ」

「あいつは基本ソロだしな。パーティーを臨時で組んでもって…そうか、お前らこの後時間あるか?」

「はい、この後は今日の祝勝会だけっすよ」

「なら酒のつまみにこれから始まる余興を見ていけよ」

「はい?」


 良いから良いからと肩をグラスプに軽い感じでつかまれたダンクはそのまま下の修練場へと連れていかれる。他のメンバーも戸惑いながら、その流れについていく。冒険者ギルドにある修練場は基本的には自主トレーニングのために開放されており、いつもであればこの時間も数人がトレーニングに励んでいる姿が見られていた。


 しかしこの時はただ1人と4人が修練場の左右に分かれてウォーミングアップしている姿があるだけだった。当然1人の方は先ほど別れた筈のギルバートで、4人組は多少「狼の牙」のメンバーも知っている顔ぶれだった。ダンクは肩をつかまれたままグラスプに質問する。


「これは何のイベントですか、グラスプさん?」

「こいつは冒険者ギルド本部名物のB級冒険者への昇級試験って奴さ」

「昇級試験?」

「あぁ、お前らも将来受ける機会があるかもしれねえからな。よく見ておけよ」

「でも…」

「おっと、ギルマスのお来しだ。これから始まるぞ」

「はぁ…」


 ダンクの中でC級冒険者への昇級試験であれば、試験官としてギルバートが立ち会うならまだ分かるが、どうやら本人の等級よりも一つ上のB級への試験官として彼が立ち会う側らしいと、グラスプの発言から察するしかない5人だった。またこうして冒険者ギルドのギルドマスターであり、S級冒険者でもあるリュウ・ムラサキを見るのは公式行事位だけだった為、これほど近くで見る事は無かった。


 地上最強の種族として知られる竜人族であるリュウ・ムラサキは齢100歳を超えたとの噂はあるものの、まだまだ現役と分かるオーラを存分に放ちながら、笑顔でギルバートの背中をバシッバシッと強めに叩く。左目の眼帯は外すと何かの魔眼になっている為、封印目的らしいというのが彼の強さの噂を補強するくらいだ。


 そんな存在が気安げにギルバートと会話しているが、S級冒険者として、また獣人族にとっては信仰の対象にもなる存在に等しい人物であるため、若干いやだいぶ迷惑そうにしているC級冒険者をダンク達でもついつい少し嫌な気持ちで見てしまう。それは今回のB級冒険者への挑戦者である4人組の狼の獣人達は更に感じてしまっていたようで、自分達よりも露骨に憎しみを込めた目でギルバートを牙をむき出しにして睨みつけていた。その光景を見て、グラスプは苦笑いする。


「アイツらじゃあ無理そうだな」

「無理そうですか?」

「あぁ、お前もこの周りを見てみろよ。誰があのやり取りを真剣に見ている?」


 そう、グラスプに言われて、肩を組まれたダンクもそれ以外のメンバーも周りを見ると修練場の会場周りは人でいっぱいになっていた。しかも自分達でも知っているA級・B級の冒険者たちばかりだった。彼らは微笑まし気にギルドマスターとギルバートのやり取りを見ていた。


「分かるか?ここで今見ている奴らは俺みたいな単純な余興と思っている奴以外は自分らのライバルかパーティー・クランメンバーの候補になるかもしれない奴の下見ってわけさ。ただあの調子じゃ今回も昇級は無理だろうけどな」

「えっ?今回もっていつもギルバートさんが試験官なんですか?」


 グラスプはにやりと笑う。


「そうだ。ギルバート・ニコラスがC級冒険者に昇級して、この試験が始まってからもう100回はやっているが通ったのは2組だけさ」

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