第9話1803日目 姉と弟の距離

「お前らしくない。些細な事だって?」

「あぁ、ギルの事以外は大抵些細な事だろう。さっきの挑戦者「赤の狼党」というのは獣人国からの差し金だろう?「赫き狼王」からのちょっかいなのは分かるんだが、誰に向けてのちょっかいなのかが気になってな」


 上のギルドマスターの執務室でそんなやり取りをしているとはつゆ知らず、ギルバートは解説しながら十分に獣王国がかけてきたちょっかいの中身も情報収集した上で「赤の狼党」が納得行くまで手合わせをしていた。4対1のみならず、3対1、2対1も試して、丁寧にコンビネーションの相談に乗り、十分に彼らを満足させた上で笑顔で話を切り出した。


「では手合わせはこれ位にしましょう。十分に現状でのアドバイスは出来たと思います。僕もこの後の予定がありますし、皆さんも帰らなくてはならないでしょうし」

「ギルバートさんありがとうよ。B級昇級にはまだ早いっていうのが、今回あんたとやってよく分かったよ」

「それなら良かったです。では帰りは僕が送りますので、皆さん近くに集まってもらえますか?」

「えっ、送る?」


 ギルバートの当たり前におかしな事を言っている事に、十分に理解はできない彼らはオウム返しで返事をしてしまう。


「そうです。獣人国まで片道1ヵ月位かかるでしょう?なので僕が送りますよ」

「はっ、何を言って?」


 混乱したままの「赤の狼党」の4人を少し困った顔でギルバートは見ていたが、論より証拠とばかりにリーダーの肩に右手を置いて、眼鏡の奥の右目を青く光らせる。次の瞬間リーダーはその場で煙のように消えていなくなった。その怪奇現象に唖然としている残りの3人もギルバートは身体を右手で触れ、修練場から消し去っていった。


「ふう、タイムラグもほとんど無いし、同じ場所にも送れた筈だから大丈夫かな?」


 軽く額にかいた汗を拭うと、修練場を後にしてC級専用窓口へと向かった。実習や試験やら何だかんだと時間が経過しており、時間は20時前になり隣の食堂「なんでもござれ」も依頼達成している冒険者達で一杯になっていた。アメリアはまだ窓口におり、昇級試験のレポートを提出していると、自分より少し背の高い人間に肩を組まれた。


「ハイ、ギル。仕事は終わったの?」

「やぁ、姉さん。やっぱり試験見に来ていたんだね。うん、レポートも提出したし今日の所は終わったよ。アメリアさん他に何かありますか?」

「ギルバートさん、私の方からは何もありません。本日もありがとうございました」

「はい、また明日9時に来ます。では、お休みなさい」

「はい、良い夜を」


 ギルバートはマリアに肩をつかまれたまま、引き摺られるように「なんでもござれ」の奥の方に連れていかれる。偶に誰かに軽くぶつかる事があっても、相手はこちらを見た途端に肩をすくめて小さくなり、通り過ぎるのを静かに待っていた。まるで嵐か竜巻だなとギルバートは思いながら、ようやく一番奥の席に辿り着いた。


 そこは普段から「聖女騎士団」の指定席として知られ、酔っぱらった冒険者も近づく事は決してない場所だった。ちょうどこの日も幹部達5人がギルバートと同じテーブルを囲んでいた。ギルバートからしたら、いつも姉がお世話になっている面子であるため、恐縮しながらも丁寧に挨拶する。


「ラミーアさん、こんばんわ。いつも姉がお世話になっています」

「そんな事は無いわよ、ギル。こちらが君のお姉さんのお世話になってばかりさ」

「いえ、そんな筈はありません。他の皆さんもいつもお世話になっています」

「気にしないで」

「大丈夫、君の事以外なら頼りになるから」

「そうそう」

「間違いない」


 マリア以外の面々には非常に理解されているギルバートの様子を彼女は肩を掴む力を少しだけ強くしてジト目で弟を見る。


「何か私がすっかりダメな人間みたいに扱われている気がするんだが、気のせいかな?」

「いやだって姉さん、今日もお昼に母さんからまた愚痴を聞かされた側の身にもなってよ」

「…ごめん」


 母親と弟の会話が容易に想像出来てしまったマリアはギルバートに丁寧に頭を下げた。他の幹部達もその見慣れたやり取りについ口元がにやつく。周りのアクションに少し居心地が悪くなったマリアが咳払いをする。


「ところで、今日の獣人達はどうしたんだ?ギルの後ろにもいなかったが、まだ下の修練場で伸びてるの?」

「いや、試験の後に少し手合わせしてコンビネーションとかの改善点だけ話をして帰ってもらったんだ」

「帰って?宿にか?」

「いや、獣人国。前と変わっていなかったら多分向こうの冒険者ギルドに遅れたと思う。もしギルドの場所が変わっていたら着かないから、少し入国の話で頑張ってもらう必要があるけど、冒険者ギルドなら僕の事を知っているから大丈夫だと思うしね。」

「…相変わらず常識外れのスキルだな」

「そんな事無いでしょ?」


 当たり前のように転移させた事を話すギルバートに姉だけが冷静に指摘する。「聖女騎士団」の団長でもあるラミーアは当然A級冒険者でこの場にいる他の幹部達もA級だったが、そんな長距離を転移する術を誰も知らなかった。彼女らも騎士団を名乗る通り移動にはペガサスを使う。


 それでも獣人国まで行くとなれば、全速力で1週間はかかるものなのだ。それを何らかの制約があるにしても4人も一瞬で運ぶ事がどれだけ軍事的、経済的に革命が起きるか分かったものでは無かった。それをこの姉妹の中ではちょっと変わった事程度に納めてしまえるのだから、どちらが異常かは明らかだろう。このまま和気藹々わきあいあいとされても困るため、ラミーアは本題へと促しを図る。


「それで向こうはなんて言ってるんだい?」

「向こう?「赫き狼王」ですか?」

「何かメッセージがあったんだろう?」

「うーん、文章があまりにも簡単だったんで合っているかは分かりませんが、僕に会いたいんだと思います」

「へえ、何て書いてあったんだい?」


 ギルバートは少しだけ思い出すそぶりをする。


「「2ヵ月後、獣人国で待つ」って。「赤の狼党」のリーダーの子の背中に暗号魔法で書いてありました。僕も2ヵ月後なら特に用事も、家族の記念日も無いから「分かりました。手土産を持って伺います」って返事を書いて彼らを転移させましたけど」

「そうかい、2ヵ月後か…。ギル、向こうはおそらく余興に参加してもらうつもりだよ」

「余興?僕は芸とかは何も出来ませんけど」

「あの国で3年に一度ある大イベントがちょうどその2か月後にある。知っているかい?」


 ギルバートはこれ見よがしに肩をすくめて、ため息を吐く。


「いえ、僕はこの国の事すらちゃんと分かっていない事が多いですから。その辺はラミーアさんもよく知っているでしょ?」

「そうだった。ギルは一般常識は分かっていてもこういう国際関連の話には疎いんだったね」

「ちょっとラミーア、私のギルを馬鹿にしてるんでしょ!?」

「マリア、あんたはちょっと黙ってて」


 機先を制すラミーアにギルマスに食ってかかった時ほどの勢いが出せないマリアはしょぼんとしてしまう。ギルバートの事になると明らかに普段の聡明さを失ってしまうマリアにため息をつくラミーア。


「あのねえ、ギル、「赫き狼王」はお前にあの国の一大イベント「獣王武闘祭」に参加するかどうか打診してきたんだ。それに対してもう意味が分かっているとは思うけど、お前さんは参加する、しかも手土産を持ってっていうオプションまでつけて答えたって訳さ」

「ああ、あれですか。一度見た事がありますね。まぁ参加しても僕みたいな人間族は程良い所で負けるでしょうけど」

「…お前さんは本当に軽いね」

「いえいえラミーアさん、僕なりに真剣に考えてますよ」

「一体何をだい?」

「手土産は何がいいかをね」

「流石、私のギル!!確かに大事だね!!」


 少しだけ決め顔で言うギルバートに、マリアだけが嬉しそうに反応した。

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