俺と彼女を繋ぐもの

砂乃一希

とある青春の1ページ

俺、柴田しばたつかさの隣にはクラス一の美少女と言われる和田わだめぐみさんが座っている。

特に誇れるような取り柄とかは無い俺だけど恵さんが隣に座っているのに加え窓際の一番後ろ、いわゆる主人公席であることで他の男子から羨ましがられていた。


(この席は本当いいよなぁ……あんまり先生から当てられないし……昔から運だけは良かったからなぁ……)


運なんて不明確なものは誇れない。

まあそれでも運がいいおかげで今までそれなりに楽しい人生を送ってこれたけども。


(今日もいい天気だなぁ……ん?なんだこれ?)


俺は30秒ほどぼーっと外を眺めていると机の端っこの方に折りたたまれた紙が置いてあることに気づく。

よく見るとそれはノートの端っこを破ったもののようだ。

俺はとりあえずそれを開いてみる。


『教科書忘れちゃった。机くっつけてもいいかな? 恵』


女子らしい丸っこくて可愛らしい文字と共にそんなことが書かれていた。

ちらっと横を見ると申し訳無さそうに苦笑いしている恵さんがいた。

断る理由も無いので俺は首を縦に振ると恵さんは一瞬嬉しそうに顔を輝かせすぐに手を挙げる。


「すみません。先生」


「ん?なんだ、和田」


「教科書を忘れてしまったので柴田くんに見せてもらってもいいですか?」


「和田が忘れ物なんて珍しいな。いいだろう。ただ次からは気をつけろよ」


「はい」


先生の許可を貰い恵さんは嬉しそうに机をくっつけてきた。

今の授業は歴史で担当の鬼怒きど先生はかなり厳しいと校内でも有名なのだ。

多分俺が忘れていたらもう少し長い注意を受けていただろうが流石は優等生の恵さんで一言の注意で終わった。

俺はそんな想像をして一つため息をつき教科書を2つの机の真ん中に持っていく。

真横に来た恵さんはノートをこちらに寄せて指を指す。

そこには──


『ごめんね、迷惑だった?』


近くにいるけど口に出さないのは鬼怒先生に私語を注意されないためだろう。

俺もノートを近づけ文字を書く。


『迷惑じゃないよ。ただ歴史が面白くないから早く終わらないかなーって思っただけ』


『歴史は面白いよ〜!』


確か恵さんって歴史学年一位だっけ。

俺には人物の名前を覚えられなくて絶対に不可能な所業だな。

俺はどんなふうに恵さんが授業を受けているのか気になって横に目をやると恵さんの机の中から歴史の教科書がちらっと見えている。

忘れていたのではなかったのだろうか。


『教科書持ってるの?』


つい聞いてみると恵さんは慌てて机の中に教科書を押し込む。

そして少し顔を赤くしながらノートに書き込む。


『司くんの隣に来たかったからつい嘘ついちゃった。嫌だった?』


『いや、可愛い彼女のお願いだし嫌なわけがないよ』


実は俺と恵さんはみんなに内緒で付き合っている。

俺達の知り合ったきっかけはナンパされていた恵さんをたまたま通りすがった俺が追っ払うというなんともラブコメらしい始まり。

それから連絡先を交換し合って徐々に仲良くなり交際に至るというわけだ。

本当に俺は運が良い。


『良かった。司くんの隣に少しでもいたいから鬱陶しいとか思われたらどうしようかと思っちゃった』


『俺から告白して俺が内緒にしてほしいと頼んだんだからそれくらいは鬱陶しいなんて思わないよ』


俺が内緒にしてほしいと頼んだのは公にすれば絶対に面倒になるから。

片やクラス一の美少女、片や量産型男子高校生なんて不釣り合いにも程がある。

それで絡んでくる輩が出てくると恵さんにも迷惑をかけてしまうため内緒にしてもらっているのだ。

その分、彼女のお願いはできるだけ叶えるようにしている。


『恵さんはどうして俺と付き合ってくれたの?』


ふと、気になって聞いてしまう。

今まで少し怖くて聞けなかったが声に出すよりは文字で聞くほうがハードルが低い気がした。


『司くんは優しくてかっこいいもん。私にはこの人しかいないって思っちゃった』


思った以上に嬉しくも恥ずかしい言葉が返ってきて恵さんを見ると恵さんは少し赤みを帯びた顔で微笑んだ。

俺はその可愛らしい表情にドキッとしてしまう。

内緒にしてほしいと頼んだけど俺だって恵さんのことが大好きなのだ。

そんなことを言われて嬉しくないはずがない。


『逆に司くんは私をどうして好きになったの?』


『男ってのは可愛い女の子が話しかけてくれるとそれだけで好きになっちゃうものなの』


『なにそれ』


『冗談。優しいところもそうだし真面目に授業を受けてる横顔も好き。でも一番はやっぱり笑顔かな』


俺から聞いた手前誤魔化すのは申し訳なく恥ずかしい気持ちを押し殺して素直に書く。

俺が書いた文を見て恵さんは一瞬驚いたように目を開きすぐに嬉しそうにはにかんでくれる。

こうして喜びを表情に出してくれるなら素直に書いて良かったなと思う。


そして、この日を境に俺達はノートで文通をするようになった。

机をくっつけない日は紙をちぎって手渡してみたり。

たまに付いてくる恵さんの下手だけど可愛らしいイラストをみて和んだりもした。

そんな日々を過ごし数ヶ月のときが過ぎた。


「それじゃあ席替えをするぞ」


(ついにこの日が来てしまった……)


当然今の席のままでいられるはずがない。

いつかはこの日が来るとは思っていたけどいざ来てしまうと憂鬱だ。

俺はもう慣れた手つきでノートを破り恵さんに渡す。


『また近いといいね』


それを見た恵さんは少し寂しそうな表情で笑いなにか書き始める。

そして俺に手渡してくる。

そこには俺と恵さんらしき男女が手を繋いでいるイラストと共に『大丈夫、きっと近くになれるよ』と書かれていた。

なんの根拠もなかったけどその優しい文字とイラストを見ていると少し元気が出てきた。


「それじゃあ出席番号順にクジを引きに来い」


恵さんの出席番号は最後だからどうにもならないけど俺の出席番号は真ん中らへん。

ということは恵さんの近くになれるかは俺のくじ運にかかっているというわけだ。

俺の順番が回ってくると目をつぶり一思いに一つクジを取る。

そして前にある座席表の自分が引いた番号に名前を書いて机に戻り突っ伏した。

次にどうなるのか怖くてあまり知りたくない。

突っ伏すこと数分──


「よし、全員が引き終わったな。それじゃあ映すぞ」


先生が書画カメラでスクリーンに座席表を映す。

俺は恐る恐る目を開けて自分の座席表を見る。

そこには──


和田恵 柴田司


俺と恵さんの名前は隣に書かれていた。

は、はは……やっぱり俺は運が良い……

嬉しさが爆発するのをなんとかこらえ恵さんに目をやると恵さんも嬉しそうに目を細めていた。

そしてノートの切れ端に何かを書き手渡してくる。


『また隣だね。大好きだよ、司くん』


俺達の文通は、まだまだ続くのだった。

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