第38話
「本物…あなた何を知っている?」
変態女の言葉からわかる、彼女は我がベシュヴェーレン家の秘密を知っている。しかも、父上よりも詳しい。何かを聞き出せばと、襲ってくる疲れに逆らえながら私は変態女に問いかける。
「それはもう~色々ですよ、ベシュヴェーレン家のお姫様ちゃん。教えませんけど、ふふ」
意図丸出しのせいで、変態女は私を揶揄うような笑いし始める。元から情報劣勢に立たされている側として、ちょっと腹が立つ。
「わが家のことなら、ジュンと関係ないだろう!」
「ふーん、それはどうですかね。十番ちゃんは私が作った偽物の中でも随一の物ですよ。あなたとは比べられないですが」
「作ったって、ふざけたこと言うな!」
「ふざけているかどうか、あなたが一番わかっているじゃないですか?あの子が使える力」
ジュンの探知能力のことだ。
あれは確かに普通ではないが、世の中こんな謎の能力を使える一人や二人が居てもおかしくないと思っていた。それは生まれつきではなく、人為的に作られて力だとしたら…
私とジュンが出会うまで、彼女は一体何をされていたのか、考えるのが怖くなってきた。
子供の時一回見たことがある、彼女の傷だらけの体。私と同年齢くらいの女の子にあれだけの傷があるのは尋常ではない。でも、彼女の心の傷まで抉り出したくないから、聞くことをしなかった。
今、そんなのを教えられて…
「……」
「心当たりおありのようですね」
「なら、なんでジュンを殺した……」
疲れた感覚がどんどん膨らんできて、意識も段々はっきりしなくなり始めた。
「十番ちゃんを殺しに来たわけではないですよ~折角見つかったから、最後の仕上げをしに来て、ついてにあなたが何か変なことをしないように監視しにきたのに、心が痛みます」
「ふざ……けんな…」
「でもまさかここで本物の力が見れたなんで、幸運です。てっきりにあなたがまだ魔物を戻す力を使えないと思っていましたよ」
「魔物を戻す…って?」
「おっと、おしゃべりが過ぎました」
思考が朦朧としているが、いくつか重要な言葉が脳に入って、話を繋いでくれる。
でも今はもう考える力がない、いつでも倒れそうになる。
「こんな人に多言無用です!捕まえて拷問すればいい!」
「隊長によると、あの女は向こうの木の上にいるそうです」
「なら突撃すればいい!」
ジュンはもう場所を突き止めてくれたのか…彼女はいつまでも有能なんだ…
視線も朦朧とし始め、シムスさんとの会話のあと、セシルさんがなんか前にある大きいな木に向かおうとしているところを見た。一歩を踏み出したその瞬間―
シュっと一本の矢がセシルさん足元の地面に刺さった。
「そこの坊や、こっちには地の利と弓使いがいますよ。今の矢はわざと外させました。次動いたらあなたたちの命は保証しません」
「クソっ」
「お姫様をこんなところで死なせたら、重罪でしょう?」
高地にいる変態女は、余裕を持て余したかのようにゆっくりした口調でセシルさんに警告する。私の死活を盾にして、セシルさんたちの動きを封じた。
私はまたみんなの足手纏いになった。悔しい。
「ジュンさんさえいれば、遠距離攻撃であの女をあぶり出せるのにー」
「よせ、セシル!殿下を見て!」
「クリスティーナ様!どうされました?!」
精神と体も限界に達し、セシルさんの呼び声が雲の向こう側から聞こえて来る。体に力が入ってこない、眠い…
ごめん、セシルさん、ちょっと眠らせて…
***
「殿下はまだ寝ているのか?」
「そうですね。でも呼吸は平穏なので、ただ疲れで眠っているだけだと思います」
「あの不気味な女に呪われたりしていなければいいのだが…」
ぼんやりと男女の会話が耳に入る。声が小さいけど、心配そうな気持ちは感じ取れる。
目を開けたら、テントではなく見知らぬ木材の天井が見えた。
寝落ちした時の凄まじい疲れが完全に消え去り、横になっていても分かる、今自分の体はかつてないほど軽く、調子がいい。
「ジュン…」
覚めてからの一声、思わず彼女を呼ぶ。その名前を口にした瞬間、彼女はもういないことを思い出す。
夢を見たかは覚えていない、見ていたら夢の中に彼女に会いたい。
あの時が感じられなかった悲しみと喪失感が洪水のように、一気に私に押し寄せてくる。でも今はそれを表に出すわけにはいかないし、まだやらないといけないことは沢山ある。
シムスさんたちには隠さないと。
「クリスティーナ様!」
「殿下!」
さっきまで隣で話していた二人が私の目覚めに気付き、顔を私に視線に真上に移動した。呼び名からもわかるけど、やはりシムスさんとイワンさんだ。
シムスさんの顔がひどく憔悴していて、もしかしたらずっと寝ていないかも。手を伸ばして、シムスさんの頭に当て、軽く撫でる。
「心配をおかけしてごめんね」
「そんなことありません…気分はどうですか?」
「この通り、全然大丈夫だよ」
身を起こして、壁と背中の間に枕を挟み、壁を背もたれにしてベッドに座る。イワンさんは私が起き上がろとしたところを見て、さすがにすぐ外へ出て、シムスさんだけが部屋に残る。
座りながら体を回し、手、腕や肩を動かしてみたら、やはり体自体がとても軽い。シムスさんも私の動きを見て、ほっとした表情を見せる。
なんであの時あれほど疲れを感じてしまったのか、全くわからない。鷲と戦う時、基本はカルバンさんが鷲の攻撃を受け流してくれているから、私はなんのダメージも受けずに攻撃に集中できたし、体力は全然余っている。
「そういえば、私どれくらい寝てた?そして今どこにいるの?」
「二日ほどです。今小隊全員が村長の家に居ます」
「なるほど」
やっぱり。
山小屋にベッドがあるわけがないから、きっと下山しただと思う。でもそのままウルムに戻るではなく、麓の村に留まるのはちょっと意外だ。
「クリスティーナ様が倒れてから、私たちはすぐ下山をしました」
「あの変態女たちは?」
「また会いましょうと言いながら、去りました。姫様も倒れていましたので、追うことを辞めました」
「そうなんだ。ありがとうー」
シムスさんに心配させないように、なるべく軽快に彼女と会話する。
真っすぐに立ち、私を見ているシムスさんの視線はふっと下がって地面を見てからまた私に戻す。泳がすほどではないけど、定めない視線は彼女が何か言いにくことを言おうとすることを語る。
私に気を遣って、どう話題を切り出すかを考えているみたい。
「何か言いたいことあるのか?」
「それは…」
「気にせず言ってください」
シムスさんは自分に気合を入れるよに軽くこぶしを握って、私に背を向けちょっと後ろの椅子に向かう。
椅子の隣は一本の剣、椅子の上にはシンプルなデザインをした灰色のカバンが置いてあった。カバン本体はちょっと土に汚れ、肩にかける帯は無力に椅子から垂らし、地面まで付いた。この距離でもみえる、カバンの表に私の紋章が刺繡されている。
誰の物なのか、すぐわかってしまう。
そのカバンは騎士団の支給品ではなく、ジュンが自分で買った私物だ。あんまりにも普通過ぎて、彼女から強引に奪ってタニアに紋章を刺繡して貰った経緯があった。私がそれを見間違いするはずがない。
シムスさんはカバンだけを取って、両手で私の前に差し出す。
「これを、クリスティーナ様に渡すべきだと思いまして…」
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