第十二話 私のジュンを返せ

第37話

「嫌だ…嫌…」


 目の前にジュンが蜘蛛の魔物攻撃され、崖から振り落とされたことを見て、思わずその場に座り込んだ。


「クリスティーナ様!?」


 回りから何人かの呼び声がしたけど、それに反応するための感情はない。



 今の私は驚きも、悲しみも感じない。

 ただ、何かを嫌がる感情が溢れ、頭の中が真っ白になった。真っ白過ぎて、声も出なくなった。



 彼女あの時すでに意識朦朧になって、何もわからないはずなのに、なんで私の方を見るんだ?

 なんでそんな無意識に笑ってくれるんだ?

 嫌だ。何もかも嫌だ。



 ジュンはもう私に笑顔を見せられない、嫌だ。

 ジュンはもう私の手を握られない、嫌だ。

 ジュンはもう私の傍にいない、嫌だ。

 そんなの、受け入れたくない。



「ちょっと七番、なんで蜘蛛ちゃんの動き止めないの?私の大事な十番ちゃんが死んだじゃないですか!!」

「す、すみません…弓ではと、止められませんので」


 ふっと、上からあの変態女と別の女の声が聞こえて来た。



 なに?ジュンを殺したのに、まるで殺したくないような言い方をして、その責任を他人に押し付けるの?

 許せない。

 あと、七番って?変態女が言う昔ジュンが大好きな人?その人もここにいるの?

 許せない。

 ジュンが危ない目に遭っていたのに、私はまた動けず彼女を救えなかった。

 許せない。



 嫌悪感がやがて憎しみと怒りに変わり、私を吞み込んだ。

 剣を握ってその場から立ち上がり、怖いはずの蜘蛛に視線を向ける。



「返せ…」


 一歩、また一歩。私はゆっくりと崖近くにいる蜘蛛へ接近する。

 怒りに身を任せた私が見えるのは、いつも怖がっている蜘蛛ではない、ジュンを殺した犯人だ。


「私のジュンを、返せ!!!」


 怒りが頂点に達し、私は地面を踏んで蜘蛛に向かって一気に加速する。



「殿下!一人で突っ込まないでください!」


 横から聞こえてくる多分イワンさんの声がすごい焦っている。でも言っている内容は全く頭に入ってこない。

 私の脳内は目の前の犯人を殺すことに充満され、他のことは何も考えられない。

 蜘蛛に接近した途端、私は身を沈み、横から蜘蛛の足を切る。



「…!?」


 思い切りの横切りは蜘蛛の足を切断できてない、そして剣が蜘蛛の足に嵌ってしまって、私が急に面倒な状況に陥った。

 なんで?ジュンとイワンさんはあんな軽々しく切っていたのに?

 やはり私じゃ力不足なのか?



「クリスティーナ様、下がってください!」

「俺たちがこいつを仕留めますので、とりあえず下がって」



 私に話を掛けながら、左右からカルバンさんとセシルさんが現れる。

 セシルさんが「失礼!」と言った後、私の腕を掴み、彼の後ろに強制的に移動した。剣が蜘蛛の足に嵌ったままで引き離されて、男性と純粋な「力」の差に負けた。

 続いて手首が後ろから伸ばしてきた女性の手に掴まれ、私をさらにその場から離すように引っ張られる。



「待って、シムスさん!私も戦う!戦わせて!!!」


 精一杯の力でシムスさんに向かった叫ぶ。

 シムスさんは何も言わず、ただ後退しながら私を蜘蛛から遠ざかるようにする。彼女はなぜあんな悲しそうな表情をしている?

 でも私はそのまま抑えられ続けるつもりはない、シムスさんの手を振り放せるように腕を強く振る。しかし、彼女の手は強く掴んだまま。



 なんで普通の女性にも力負けしているの?

 ジュン、私はこんなにも弱いのか?

 あなたと一緒に戦ったあの強そうな私は、全部私の妄想なの?嘘なの?

 ねぇ、答えてよ…

 憎しみと怒りの上に、無力感という真逆な気持ちが私に入り込む。



「クリスティーナ様、落ち着いてください」


 さっきまで一言も発していないシムスさんがもう片手を私の手首を握り、両目真っすぐに私を見ながら喋る。

 彼女の目にはやはり悲しさがある。でも、それと同様のくらい、諦めないような強い気持ちもある。

 その気持ちは、不思議に手首を握られている彼女の両手と、彼女の視線を通して私に移って来て、怒りを鎮めてくれた。



「切れねぇ!こいつ足硬すぎだろう!」

「クソ、あの小娘はどうやって切ったの?!」

「僕ガードするので、お二人力合わせてみて」

「あぁぁーーー」

「やってやるじゃねぇか!!!」



 ちょっとだけ冷静を取り戻した私はようやく今の状況を観察し始め、他人の言葉を聞くようになった。距離がすこし開いたところ、セシルさんたちが蜘蛛に苦戦している。

 ジュンなら、きっとすぐ今の状況を分析して打開策を見つけ出し、そして彼女自分もその要として動くでしょう。

 でも、ジュンはもういない。

 私は彼女ほどの力もない、どうすればあの蜘蛛を殺せるか。速く回れ、私の頭。



 さっきジュンとシムスさんの戦いは見れなかったので、二人はどうやって1体目を仕留めたのはわからない。でも、あとで出たこの2体の蜘蛛は最初のより攻撃が通りづらいに聞こえる。

 ジュンは怪力の持ち主だから、軽々しくあの蜘蛛の足を切れるだろうけど、今のところセシルさんとイワンさんが力合わせてもやっとの状況。

 昔討伐したことのある魔物から何かヒントを見つけ出せるのか、私は戦闘の状況に注意を払いながら過去の記憶を辿る。



 ふっと、魔物のことではなく、ここ数日神殿で見た古語の文字が脳を過ぎる。

 今はそういうことを考える場合じゃない、早くセシルさんたちに突破口を見つけてあげないと。そう思っていても、あの文字たちは脳から消え去らない、むしろさらに強く自己主張し始め、読め読めと促すように脳内で同じ組み合わせの文字が繰り返す。

「パーン!」と両手で顔を叩いて、古語を脳から追い払う。しかし、効果はなかった。



 神殿の古語は全部意味が分かるわけではないが、古語文字の発音は一定のルールを沿っているから、意味がわからなくても音読はできる。

 私の脳今はそんなにもあの文字を強調してくれるのは、きっと何かがある。人が緊急な時は、たまに一見関係なさそうけど実際とても有意義なことを思い出すと言うことがある。

 とりあえず、心の中に順番通り古語の文字を読み始める。



「えぇ、なんだこいつ!なんで光ってんの?!」

「セシル、早く下がれ!」



 私が一通り古語を読み終わった途端、ちょっと先にある蜘蛛の黒い体が突然光出して、回りを明るく照らす。

 蜘蛛と戦っていたセシルさんたちは、すぐ大股で数歩後退し、異様な光を放す蜘蛛から離れる。

 数秒後、蜘蛛の巨体から作り出す影がなくなり、眩しい光も消えた。あの場所にあるはずの蜘蛛の魔物は、姿を消した。

 このほんのわずかの数秒に何があったのか、全くわからない。



「はぁ?魔物はどこへ行った?!」


 セシルさんは隊列から飛び出して、ほんの少し前まで戦っていた蜘蛛の魔物の姿を探す。

 彼は蜘蛛元居た場所の真ん中くらいで周囲を確認したら、何かを発見して突然体を低くしてしゃがむ。地面にある黒っぽい物を指しながら、私たちに振り向いて大声で呼ぶ。


「おい~!こいつ小さくなっているぞ…」



 魔物が小さくなることなんで、あり得る話なの?

 少なくとも、私は実際遭遇したことがないし、ルートヴィヒと師匠の教えでも聞いたことがない。

 半信半疑にセシルさんの隣に行ったら、小さくなった蜘蛛は本当にあった。しかも全身は真っ黒ではない、縞模様があって、普通の蜘蛛に見える。この時初めて気が付いた、この短時間で私はもう蜘蛛を近くに直視でき、怖い物と思わなくなった。

 気がちょっと緩んだせいか、なんだか急にすごい疲れてきた。



「これがベシュヴェーレン家本物の力ですか。欲しい、欲しいです…」


 思考がはっきりしなくなっている時、上から響いてくるあの変態女の声が私を目覚ましてくれた。



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