第35話

 でも私の仕事はまず蜘蛛の方だ。蜘蛛さえ仕留めば、私とシムスは鷲の魔物対戦に加勢できる。あんまり有意義ではなさそうだが、あの女の居場所を突き止めるかすかな手掛りを見つけ出すために、レームリッシュは使ったままで戦おう。



 姫様のことはカルバンに一旦お任せして、私はシムスと一緒に蜘蛛のいる方へ走る。

 神殿の右からちょっと移動したところ、真っ黒な蜘蛛の魔物が1体鎮座している。見た目はほぼ同じだし、さっきのやつとやはり大きさは変わらない。こちらも速戦即決した方がいい。



 シムスに側面を回る合図を出す。彼女はすぐさま私の意図を理解し、蜘蛛視線の死角へ回り込む。

 ここは神殿のすぐ近くと違って、木々の邪魔はない。蜘蛛は崖以外の方向へ移動可能。私とシムスしかいないため、囲めて四方八方から攻撃することもできなければ、退路を断ち防ぐ人もいない。こいつを崖から突き落としても死ななさそうだし、うまく地形を利用して戦うしかない。



 私は蜘蛛左右の足1本ずつ斬撃を加え、切り落とす。これの目的は移動能力を奪うとかではなく、蜘蛛の注意を私の方に引き付けるため。蜘蛛は足が切られて、頭と複数の目をすぐ私に向ける。よし、これである程度こいつの移動方向を制御できる。

 私はこの機会を利用し、蜘蛛を崖のすぐ近くところから山の斜面の方へ向けさせ、距離を詰める。

 切り落とした蜘蛛の足はすぐ生やして来る。再生能力って、本当に反則だ。



 普段はこういう山の険しい地形で戦うことがないから、戦闘狂ではないが、我ながら案外新鮮でワクワク感すら出て来た。

 シムスは完全に蜘蛛の注意から外され、蜘蛛の意識内では多分もう相手から消えている。これを隙に、上下から一斉に急所を攻撃すれば、迅速にこいつを殺せる。



 蜘蛛の移動を誘導しながら、私は蜘蛛の腹近くにいるシムスに攻撃の合図をした。

 シムスの攻撃に合わせ、私は走る時の勢いのままに山の斜面を駆け上がり、いくつかの足場を蹴ってさらに勢いを増してから、跳び上がる。あっという間に蜘蛛の斜め上に到着し、蜘蛛の巨体を俯瞰するようになった。

 残りは蜘蛛の背部に跳んで、1体目と同じく心臓を切り裂けば終わりだ。



 速度と力を兼ね備えたセシルでも、こんな短時間でここまで跳び上がるのは厳しいかもしれない。

 私はよく隊員から力と身体能力は化け物と言われているが、上には上があるので、そこまで自分のことを異常だと思っていない。

 それでも私は自分の身体能力に自信はあった。



 高いところにいると、視野が広く俯瞰的な視角は戦闘にはとても良い。

 シムスの位置を確認して、私は斜面の足場から蜘蛛の背中に向かって飛び降りたその時―

 今までただ私の動きを追っていた蜘蛛は前の足を上げ、空中にいる私に刺して来る。



 姿勢を調整し、蜘蛛の足を蹴って、方向を変える。

 蜘蛛の背中は大きいので、これくらいの方向変換は結果を影響しない。そう思っていたら、蜘蛛はあの巨体と相応しくない俊敏さと速度で、体を回転と曲がり、移動しながら尾部から糸を吐き出す。着地点が腹部ではなく、蜘蛛の頭胸部と腹部の間になった。

 私には当たってないが、近くにいるシムスは蜘蛛の移動につれて場所を変えざるを得なく、蜘蛛と距離を取っている途中で剣が糸に触れてしまった。彼女が剣をうまく振れないことから分かる、やはり粘着性のある糸だ。そして強度と靭性もすごい。



 シムスがうまく動けない以上、こちらの戦力は一時的下がってしまって、同時に急所破壊できなくなった。

 今私はまだ優勢に立っているので、急いで心臓の方を先に破壊する。1体目の時のと同じ、私は蜘蛛の背中に向かって走る。腹部は糸を吐くために曲がっていて、小さなつるつるの坂を登るように、最高点に到達する。

 両手で剣を蜘蛛の腹に深く刺す。今回は背中から尾部ではなく、背中の中心くらいから頭胸部の方へ割って行く。丁度今斜めになっているので、私は自分の体重を剣に掛け、体をすこししゃがみながらで最高点から降りて行く。

 蜘蛛の背中の甲のようなものにあたりつつも、私の体重と降りる時の速度でそれを切り裂きながらで頭胸部と腹の谷間に着く。

 さっきも思ったけど、やはり人間や他陸上の動物と違って、蜘蛛の心臓は本当にシムスが言うように長いな…



「シムスさん、そこで動かないで。今降ります!」


 ねばねばとした糸と格闘して、イライラが見えてくる下のシムスに話を掛ける。

 心臓を割られた蜘蛛は、完全に暴れ始める。頭胸部に付いている8本の足は目的もなく、ただ空中で振り回したり、地面を叩いたり、頭胸部もその足の動きにつられ、乱暴に動いたり。

 私は蜘蛛の上から飛び降り、シムスの傍に駆けつける。



「糸…糸が邪魔です」

「今切ってみます」


 シムスの剣は蜘蛛の糸を触れただけではない、糸は彼女の剣を一周回って、完全に捉えている。通りでうまく振れないことだ。

 バッサリと切れるかどうかは不安だけど、とりあえずアルフリート様のように剣を頭上に上げ、大振りで蜘蛛の体とシムスの剣を結びついている糸へ振り落とす。

 何かを切れた感触もなく、あっさりと糸を両断した。自由を取り戻したシムスはすぐ剣を地面へ擦れ、土の摩擦力で残りの糸を剣からそぎ落とそうとしている。



「ありがとうございます、隊長」


 蜘蛛の糸はほんの少し剣に残っているが、シムスはもう気にせず私に礼を言う。


「あとは脳の部分ですが、暴れていますからね…」

「隊長が片側の足を一気に切れますか?」


 シムスは何か案があるようで、私に尋ねる。


「一気に、ですか?」

「はい、足が再生するまでの隙で、私はすぐ頭胸部に接近し、心臓部分を刺します」


 私はこの方法に似たような考えはあったが、一人でやると色々なことを気にしながらで対処しないといけないし、今自分の状態を加味すると成功の確率はいつもより低くなる。そう、私はレームリッシュの副作用で、精神的に大分疲れていた。その分、体にも反映して、動きは若干鈍くなっている。

 でもシムスと協力すれば、私は足切ることに集中するだけで済む。行ける。



「わかりました。では、私と一緒に近づいて、攻撃に合図をしたら、側面の入り込んで刺してください」

「はい、よろしくお願いいたします」


 二人でこの作戦を実行するには、タイミングが大事。

 シムスと一緒に戦う回数はまだそこまでないだが、彼女が戦場での観察力と気配りの良さ、そして他人に合わせて動く能力の高さから、きっと大丈夫だと思う。

 そう思いながら、私とシムスは相変わらず暴れている蜘蛛の魔物の接近する。



 シムスからの注文は片側の足を一気に切ること。

 足ばっかり狙うと、「一気に」切るなんでできやしない。足を生やした根元は近いので、体との付け根を狙えば、少ない移動で4本を切れそう。

 そうと決めたら、私はすぐ蜘蛛が無規則に動かす足の間をくぐりぬけて、体の側面に到達する。


 これほど近いであれば、そのまま心臓も刺せそうだが、やっぱり足が邪魔で剣がうまく届けないみない。元の案に戻る。

 私は剣を構え、息を吸いながら足と腹に力を蓄えて、地面を踏む。

 息を吐く。蓄えた力を一気に解放して、私は蜘蛛の一番後ろの足の根元から前に切る。1本、2本、3本、そして4本目。一気にとまではいかないが、結構短い時間で片側の足を全部切り落とした。



「今!」


 私が合図を出した途端、シムスの体はすでに頭胸部のすぐ近くにまで接近した。彼女やはりちゃんと私の動きを観察して、私に合わせながら事前にいい位置に立っていた。

 シムスは剣を側面から蜘蛛へ刺し込み、そして左右で剣を動かす。割るほどではないが、多分それは脳の部分を攪乱している。


「これで大丈夫です」


 剣を蜘蛛の体から引き抜き、シムスは私に終了の言葉を発する。



「ほう~オオカミの時といい、戦いも随分慣れてましたね。十番ちゃん」


 私とシムスが蜘蛛を仕留めた途端、女の声が近くに響く。

 なにか気配を感じ取れないかと、焦りが募ってばっかり。



「次はこんな楽ではありませんよ。うふふ」



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