第十一話 『十番』の働き
第34話
『十番』
それは忘れたくて忘れられもない、思い出したくもない私の呼び方。
この女は私の他人に言えない過去を知っている。
そして、この過去を一番知らされて欲しくない人は、私の真後ろにいる。
「あなたが大好きな七番、よく私の命令を無視して、そこのお姫様を攻撃しようとしましたよ」
女はさりげなく何か笑い話をしているような軽い口調で、とんでもないことを言い出す。
ここ数年、姫様を攻撃したことあるもの、魔物以外は去年祈神祭の弩使いだけだ。そして、私が大好きな七番…それはジーベンナ姉さんのことを指している。
彼女はまだ生きていることに対し嬉しさを覚え、ちょっとほっとした。けどそれと同時に、たとえジーベンナ姉さんであっても、姫様を攻撃したことが許せない気持ちが心を占める。
「ジュン、さっきのはなんの話?」
姫様の声で気がちょっと散った。
後ろへ振り向けない、姫様の顔を見るのが怖い。どんな表情して私に聞いているか、考えることですら怖くなった。
私は彼女が知りたいことを話したくない、今はそういう場合でもない。
「あとで話しますから、状況を先に解決させてください」
周囲を確認しながら、振り向かずに姫様に話す。
本当に話すかどうか、どこまで話すのは終わってから考えることにする。今は彼女を誤魔化すしかない。
「わかった」
「そういえば、この女の声は、姫様が神殿で聞こえる女の声と同じですか?」
「ううん、違う」
「そうですか。了解です」
彼女がはっきり違うと言うのなら、きっと別人だ。
その線を捨てて、見えない女に立ち向かう。
「何を言っているのはわからないが、姫様を攻撃したとの話は聞き捨てならないわ」
私に関する部分は敢えて避け、居場所の分からない女に向かって話す。
「ほう、大分強気になりましたね。まぁ、あなたは小さい時から強気でしたもんね」
これ以上昔のことを言わないで。彼女に聞かせてほしくない。
私は元々どんな人か、何をされたのか、何をやっていたのか、何もかも彼女に知ってほしくない。
「そんな話はどうでもいい。影に隠れて姿も見せずに、罪を償えって言われてもな」
「ふんー可愛いこと言うようになりましたね。私、感心しました」
聞くには女の声はすぐ近くにいるはずだ。
言葉遣いは丁寧だが、その一つ一つの言葉に込めた感情は自負を超えて傲慢としか聞こえない。
私の小さい頃のことを全部知っているような口ぶりだから、私は絶対この女を知っているはず。でも、何も思い出せない、心あたりのあるような人が見当たらない。
そもそも、あの時の記憶は所々不自然に欠損していて、私とジーベンナ姉さん、他の子供のことは覚えているが、それ以外のことはさっぱりと言っていいくらい。
何せよ、この女の居場所を突き止めないと話が始まらない。
「出たらどう?」
「では、あなたのお望み通りにしましょう」
女がようやく姿を見せてくれると思ったら、先に私たちの左右両側からすごい物音がした。
大きい鳥が羽ばたく時バサバサの音、何かが木にぶつかる時の重い音、動物が走る時の着地音、いろんな音が突然周囲から出た。レームリッシュの探知範囲に、大きい鳥1羽、さっきの蜘蛛とさほど大きさ変わらない物と大型鹿らしき物1匹ずつが現れている。
魔物を操れるのは本当みたい。
ってことは、祈神祭のオオカミの魔物も、辺境の町中に現れる魔物もやはりこの女の仕業だ。
状況はさっきより相当まずくなった。探知できた魔物は全部大型だし、蜘蛛だってある。それに元々飛行系魔物は少ないので、私たちの戦闘経験は少なく、今回の鳥ほどの大型は殆ど戦ったことがない。良からぬことに最悪が重ねた。
蜘蛛さえなければ、姫様も絶大の戦力として加えられる。
どうする?どう人員分配すれば、最適になる?早く回せ、私の脳と直感。
「ジュン、どれくらい来てる?」
私が対戦案を脳内で組み立ている時、姫様が状況を尋ねて来た。
「鳥、鹿は左、蜘蛛は右、1体ずつで全部大型だと思います」
「私も戦う」
「えぇ?」
さっきまで振り返る勇気すらない私は、思わず驚きながら後ろに振り向く。
姫様が戦うと言ってたっけ?今聞き間違っていないよね?
「だから、私も戦うと言ってるの」
「しかし…」
「ジュンはあいつを右を引き止めて、左側に行かせなければ大丈夫」
そうだ。姫様のことを心配しすぎて彼女を戦力外にしたため、簡単なことを考えずにあえて問題を複雑化してしまった。
そもそも鳥の魔物の不確定要素が大きすぎるから、私も魔物を全部集中させて一網打尽の策を考えてない。魔物をある程度分散させた状態で各個撃破しようとしている。
姫様が剣以外弓も得意だけど、残念ながら今回は「旅」ということなので、剣以外は魔物討伐用の弓を持って来てない。それでも、彼女は私と他の小隊隊員より鳥系魔物と戦う経験がある。
「わかりました」
力強く姫様に返事して、正面にいるみんなに指示を出す。
「大型魔物が3体来ています!シムスさんは私と右の蜘蛛、イワンさんとセシルは左の鹿、カルバンと姫様は左をカバーしながら上から来る物を対処!散開!」
「上って?!」
カルバンより、セシルの方が驚いている。
「でっかい鳥の魔物がある、気を付けて!」
イワンさんの戦力は直属部隊隊員の名に恥じないと、さっき蜘蛛との戦いでこの目で確認した。鹿の突進と角による攻撃を対処するのは結構難しいけど、カルバンと姫様が鳥をけん制しつつのカバーもあるし、彼とセシルなら大丈夫。
問題は鳥の方だ。
私たちの手元には上空で旋回しそうなあいつに届く武器がない以上、鳥の攻撃を待ち、接近されるタイミングでなんとかするしかない。
「おや、魔物の種類と居場所はわかるのですね」
また女の嘲笑するような声がする。聞けば聞くほど、腹が立つ。
魔物を仕留めたら、必ずお前を見つけ出す。
私は女の挑発のような言葉に返事せず、怒りを抑えながらシムスと右側の蜘蛛に向かう。
今は冷静が必要な時だから、自分の情緒に判断力を影響されてはいけない。
「十年ぶりなのに、あなたは相変わらず可愛いですね。弄りたく、苦しめたくなるほど」
「黙れ、変態女!」
びっくりした。
女が挑発して揺さぶりたい相手は私なのに、まさか左に向かって走っていた姫様から女へ怒りが爆発した。ほんのすこし前あれだけ怖がっていた彼女が嘘のようだ。
「ベシュヴェーレン家のお姫様、このような口の利き方を教われたのですね」
姫様の威嚇に、女は一向に動揺せず、あくまで上から目線で姫様を揶揄する。
「あなたなんかに礼儀は不要」
姫様は立ち止まって、大声で女に言い返す。
距離が開いて、彼女の表情はよく見えない。でも、あの声から分かる、彼女はきっと私がみたことのない憤怒の顔になっている。
なんでそこまで怒っているのか…
そう思っているうちに、魔物が動き出した。
「カルバン、姫様の左上、ガード!!!!」
ずっと鹿の上空に旋回している鳥の魔物が突然一人になった姫様に向かって急降下し始める。逆方向に居る私じゃ何もできないから、姫様の近くに居るカルバンに向かって叫ぶ。
間に合ってくれ。
カルバンと姫様は私の声を聞いて、同時に顔を上げ、上空にいる魔物の状況を確認する。その後、姫様はすぐ立ち止まった場所から数歩走って、身を低くしてカルバンの元へ転げる。カルバンは姫様の動きに合わせて彼女の前に移動し、剣と盾を構える。
それとほぼ同時に、鳥の魔物が足で二人を捕まえようとした。カルバンは盾で適時にその捕まる動作をブロックし、剣で魔物を追い払う。
鳥の魔物は反撃を喰らって、攻撃を諦め、一旦上昇してまた攻撃の機会を伺う。
ふぅ…大丈夫そうだ。
低空に降下してから初めて鳥の形態を確認できた。魔物らしい全身の羽衣は黒一色になっているが、鋭い目つきと特徴のあるくちばし、ある種の鷲だと思う。
猛禽の魔物、さらに厄介なことになった。
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