第33話


「危なかった」


 一安心してたら、私は大きく息を吐く。

 シムスが急所の場所を教えてくれなかったら、多分無駄な攻撃をし続け、蜘蛛から色んな反抗を食らうだろう。蜘蛛なのに、まだ糸とかを吐いてないし。粘着性のある糸を吐かれ、私たちの動きが封じられたらおしまい。

 蜘蛛別の武器を出される前にやっつけたのは本当によかった。



 しかし、さっきも思ったけど、この蜘蛛の魔物、どうやって私たちに接近しただろう。

 物音全くしなかったし、レームリッシュ使ってないとはいえ、こんなでっかい魔物に私は気配も感じなかったことなんでありえない。

 ふっと祈神祭の時のことを思い出す。あの時のオオカミたちも同じだった。



 それより、今は彼女のことが大事だ。

 私は剣を鞘にしまい、死んだ蜘蛛の尾部から神殿の前まで走って戻った。

 カルバンはちゃんと自分の身を前にして、全身を使って姫様を後ろに守ってくれている。他人に護衛の仕事を投げるのは性に合わないが、現場の状況を考え、彼に任せて正解だった。



「カルバン、ありがとうございます」

「いえいえ、とんでもないです」


 カルバンに感謝を告げたら、彼の後ろにいる姫様の隣に行く。

 彼女の目から恐怖はまだ消えていない、視線もなるべく蜘蛛の方向に向かないようにしているみたい。

 私が戻って来たことに気づいた彼女は、ちょっと安心した表情を見せ、すぐ私に一歩向かう。



「……」


 姫様の腕は私の体を回って、背中に当てながら真っ正面から抱き着く。顔を私の肩らへんに埋め、口を噤む。蜘蛛が死んでちょっと時間が経ったのに、彼女の体は相変わらず小さく震えている。

 子供の頃の半泣きしながら私の部屋に入ってくる彼女を思い出す。歳は重ねたけど、心の底から怖いと思うものは怖い。

 手を伸ばし、姫様の腰あたりに置き、さらに軽く彼女を私の方に引き寄せる。



「もう大丈夫ですから」


 片手を上にあげ、姫様の気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと彼女の髪を撫でる。我ながら、普段絶対やらない大胆なことを躊躇なくやってしまった。まぁ、彼女を安心させられるのなら…

 暫くしたら、姫様の震えが止まった。乱れた息も整った。



「怖かった…」


 腕の中の姫様は小さな声で呟く。

 彼女は人前で絶対弱音を吐かないタイプの人だったが、人生の天敵、しかも超でっかい版を目の当たりにしたら、いつもの彼女ではいられなかった。



「うん、私たちがやっつけたから、もう怖くありません」

「ごめんね、役に立てなくて」


 顔を私の肩から離れ、視線を私の目に合わせてちょっと申し訳なく言う。

 表情から分かる、彼女は本当にそう思っていて、そして悔しくなっている。



「これくらい、姫様の出番は不要です」


 彼女に嘘を付いてない。

 現にシムスのお掛けで状況を迅速に解決したし、姫様とカルバンは出る必要がない。そもそも、相手の魔物が蜘蛛である時点で、彼女を前線に送り出す予定はない。

 姫様の私に向けている視線と表情が変わり、シンプルな悔しいとか怖いとかではなく、色んな感情が混ざり合ったような複雑の表情になった。

 私はそんな彼女をみていると、彼女が思っていることがわからなくなった。



「クリスティーナ様、大丈夫ですか?」


 シムスが近くに来て、心配そうに姫様の様子を確認する。



 助かった。

 私はどう姫様の視線に反応すればいいか、困ったところだった。

 シムスに向かって、感謝の意を込めた視線を投じる。そうすると、彼女からは目に笑みですら感じてしまうくらい、ちょっと面白がっているような顔になった。視線もじろじろと上下に私と姫様を観察する。



「あっ、すみません!」


 私はすぐ姫様を抱き着く手を放し、彼女と距離を取る。

 姫様も驚いて、私と離れた後、何かを隠そうと自分の髪を撫でる。



「ふふ、大丈夫そうですね」


 シムスは笑いながら姫様ではなく、私に接近する。


「心配してくれてありがとう、シムスさん」


 姫様はシムスにお礼を言った後、顔を下げ、唇を噛み締める。何か決心したようにまた顔を上げる。

 彼女の顔には恐怖も、迷いもないが、恥ずかしさはある。



「みんな、本当にすみません。実は…」


 恥ずかしさが限界を達したか、彼女は一瞬止まった。


「私、大の蜘蛛苦手だ…見るところか、今この単語を口にするだけで無理なの…」



 姫様突然の弱み告白に、回りにいるみんなは全員固まった。

 数秒の沈黙を経て、「ぷっ!」という小さいな笑い声が起爆剤になって、固まった空気を打ち砕けた。



「そんな、謝ることではありませんよ、クリスティーナ様」

「まさかの蜘蛛怖がりとは」

「熊ですら切れるクリスティーナ様にも弱点あるっすね。はっはっは」


 シムスとカルバンの反応は想定内だけど、セシルは笑いすぎ。

 イワンさんは何も話していないが、顔にはあんまりみたことのない笑みがある。彼もきっと面白いと思っている…

 みんなの反応を見た姫様は、顔を搔きながらさらに恥ずかしくなっている。



「誰でも一つや二つの苦手ものありますので、気にしないてください」


 シムスは姫様に近づき、お姉さんのように姫様を慰め、そして表情を一転してセシルに振り向く。


「セシルさんは笑いすぎです!」

「ごめんごめん。クリスティーナ様はあんまりにも可愛かったですので。ふふ」



 謝りながらも、これっぽちも反省の意を見せないセシルに、姫様は顔を丸くして、不満をぶつける。



「セシルさんはピーマン食べられないこと、私知っているからね!」

「げぇ…」

「お前は人を笑う立場か、セシル」


 ずっと黙っていたイワンさんはセシルにトドメを刺す。


「はっはっは」


 もう誰の笑い声かはわからないくらい、みんながセシルを笑わす。

 体を姫様の方に傾き、彼女の耳近くに小声で話す。


「気にする必要はないでしょう?」

「うん、ありがとう」


 彼女の声はさっきと違って、普段のような清々しい雰囲気に戻っている。



「ご歓談中、大変申し訳ございません―」


 遠くから力強い女性の声が響いてくる。

 おかしい。

 入山からここまで着くまで、私たち以外の人間はいないはずだ。嫌な感じがする。



『レームリッシュ』


 声の主の居場所を特定しようとしたが、できなかった。

 どこからだ?

 場所が分からない以上、私はすぐ姫様の前に立ち、彼女を庇いながら回りの状況を確認する。



「私のくもちゃんを殺したなんで、罪の深い人達ですね」


 声が段々近づいてくる。しかし、レームリッシュの探知範囲内は相変わらず何もない。

『私のくも』ということは、私たちが殺した目の前の蜘蛛の魔物はこの女性の物なのか?魔物を従わせているというの?ありえない話だ。



「どこだ?!姿を現せ!」


 イワンさんは剣を構えながら、何もないところに向かって叫ぶ。

 他の人も武器を構え、違う方向に向かって、女性の姿を探す。



「そう焦るな、そこのぼうや」

「ぼうやとはなんだ!俺を見下すな!」


 女性の呼び方に、イワンさんは激昂して、さらに大声を出す。彼の顔からすでに怒りが溢れた。

 イワンさんの威嚇に反応せず、女性は続きを話す。


「私のくもちゃんを殺した罪、償ってもらいましょうか」



 声がさらに近くなっているので、場所はわからない。

 敵の居場所が分からない時の戦いはこんなにも人を焦らせるのか。自分の探知能力に頼りすぎて、この恐怖を忘れていた。


「そこの黒髪の娘、もう私を探さなくていいですよ。今の君じゃ、私の居場所を見つけ出せませんから」



「?!」


 この人、私の能力を知っている。姫様以外の人、誰にも言ったことがないのに?

 しかも、女性はきっぱり今の私では能力不足のようなことを断定している。

 彼女は私を知っている?



「そうでしょう、十番ちゃん?いや、今はジュンちゃんと呼ぶべきでしょうか?」



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