第32話

 翌日。



 私たちは最後の神殿に向かう。

 崖に沿ったちょっと険しい道だけど、概ね下山道になっているから、みんなの移動速度は速い。

 私はなるべく精確な距離を測りたいため、いつもより距離と方向を注意し、レームリッシュを併用しながらなるべく移動する。体への負担はちょっと大きいが、得る物も多いので、体力を惜しまず使う。



 前に歩く姫様はしょっちゅう振り向いくれて、無言でありながら、心配そうに私の様子を見る。

 疲れとしんどさは顔に出さないようにしているので、普通はわからないと思う。けど、先日もそうだが、彼女はどうやら私がいつレームリッシュを使っているかをわかっているようだ。

「大丈夫です」と頷き、心配しないてという意味を込めた視線を送り返す。届いたかどうかはわからないが…



「隊長、愛されていますね」


 えぇ、何が?!

 後ろから聞こえて来たシムスの言葉に一瞬動揺した。でもその口ぶりは明らかに私をからかっている。

 戯言だと気づいた途端すぐ平常心に戻り、怒ってないが、ちょっと怒りっぽく彼女に言い返す。



「変な言い方しないてください、シムスさん」

「ふふ。はいはい、クリスティーナ様に心配されていますね」


 セシルにうつされたのか、人をイラつかせることはないが、シムスの口調は変わらず軽い。



「なぜ心配されているのはわかりませんが…」


 理由はわかるけど言いえないので、ちょっとだけ嘘をついた。



 みんなはいつものように、時々雑談して山道を進む。山中段まで降りて、予定より大分早く最後の神殿についた。

 推測通り、この神殿はやはり天井の外壁に縦の縞模様がある。この一点だけで、ほぼすべての推論が正しいことがわかる。

 壁に符号を浮かせたあと、みんなと手分けで神殿のことを記録する。

 といっても、みんなが文字らしき物を紙に転記したり、神殿の中の構造と物の並びをざっくり絵に描いたりするくらい。私はいつもより早く地図を展開して、道中で印となりそうなところとこの神殿の位置を特定する。



「やはり姫様の言う通りです」


 地図を持って、丁度神殿から出た姫様のところへ結果を報告する。

 奇数番の神殿と偶数番の神殿をそれぞれ線でつなげば、平面からみると、どちらも正三角形になっている。さらに、二つの正三角形の角部分―神殿そのもの―は基本真逆の位置にあり、俯瞰してみると、各辺の長さが同じの…


「六芒星だね」


 もちろん、姫様も気づいた。

 珍しい形状ではないが、この六芒星から普通ではない何かを感じてしまう。元々、六芒星どこかの国で魔除の符号として使われていると聞いたこともあるくらいだし。



「姫様のお掛けで、結構大きいな手掛りを得ましたし、ここは一旦下山しましょう。この六芒星と神殿の文字と符号は一体どのような意味を持つか、王都に報告して、調査して貰う方がいいです」


 顔をすこし地面に向き、地図を巻きながら、姫様とイワンさんに一旦撤退の提案をする。

 返事の代わりに、地図を巻いている手の手首は突然姫様に掴まれた。彼女の手がすごい震えている。顔を上げて彼女の様子を確認したら、先日のように恐怖のせいで青ざめていて、視線は真っすぐに私の後ろの何かを見ている。隣のイワンさんは姫様ほどではないが、同じくビビりながら私の後ろを見ている。

 神殿に向かって二人を見ずに話していたので、後ろの状況はあんまり気にしていなかった。



 後ろに振り向いたら、巨大な蜘蛛がいた。

 全身真っ黒で、足と腹部分の高さは隣の木とさほど変わらない。複数の目も体の大きさと比率して、すごく大きくなっている。

 こんなありえない大きさになった以上、魔物に違いない。

 ぱっと見た瞬間、はっきりと言う、気持ち悪い。



 これほど大きい魔物は音も立てずに私たちに接近したというのか。おかしい…

 そう思っている時、手首は痛いほど掴まれ、引っ張られている。

 姫様なりに頑張って気持ちを抑えているが、やはり彼女は怖がっている。普通の蜘蛛ですらダメなのに、私も気持ち悪いと思うくらい蜘蛛の魔物なら、なおさらだ。



 まずい。

 蜘蛛を相手にするなら、姫様は完全に戦力外になる。それだけではない、最低一人を守りとして付けてあげないといけない。

 イワンさん、カルバンとシムスは知らないが、少なくとも私とセシルは蜘蛛の魔物と戦う経験がない。色々と良からぬ条件が揃った。

 ここはとりあえず姫様の安全を最優先に、カルバンを護衛に回る。残りの人は蜘蛛を何とかする。



「カルバン、姫様の護衛をよろしく!」


 私と姫様からちょっと離れて、神殿近くの平地に居るカルバンを呼ぶ。彼は私を声を聞いた瞬間、すぐこっちに向かって走って来た。



「イワンさん、蜘蛛の魔物と戦う経験はありますか?」

「あいにく、ないてね」


 イワンさんは残念そうに言いながら、剣を前に構える。

 私たちより蜘蛛の近くにいるセシルとシムスも各自の武器を手にして、応戦の準備をする。



 腰に付けている剣を抜こうとした時、姫様の手がさらに強く私の手首を握りしめた。

 その意味を理解した途端、もう片手を姫様が私の手首を握っている手の上に重ね、彼女の不安と恐怖を落ち着かせようと、なるべく優しく平穏な感じで話す。


「大丈夫、カルバンもいますし、私はすぐ戻って来ますから」

「……」


 返事はないが、彼女はようやく私の手を放す。

 私は頷いて、ちょっとした笑顔を姫様に送ったらみんなのところに合流する。



「さて、この気持ち悪い物を仕留めましょうか!」


 剣を鞘から抜き、片手で構えながらみんなに攻撃の合図をする。


「セシル、蜘蛛の後ろに回して、退路を断って!イワンさんは左、私は右、とりあえず足を切って、移動能力を奪おう!シムスさんは正面で後ろのカルバンと一緒にガードしてください!」


 でっかいけど、多分移動能力は低い。囲めて複数方向から攻撃して、動く前に足を切ってしまえば、俎上の魚だ。



 セシルはすぐ私の指示通り蜘蛛の後ろに回って、後退することを防ぐ。

 両側の木々に邪魔され、蜘蛛の大きいな体は自由に動かせないため、私たちに攻撃の時間を与えてくれた。

 右に回り込み、両手で剣を握って、思い切り一本目の足を横から両断した。続きに、2本目、3本目と4本目。図体大きい割に、足はそこまで丈夫ではない、今切った手応えは軽かった。こんなやわな足でどうやってあの腹以外の部分を支えたのか。

 私が左のイワンさんより先に切り終わったせいで、蜘蛛の体はすこし右に傾く。



「ちょっと、隊長!前!!」


 遠くからカルバンの焦り声が聞こえる。前?

 私は彼の声が示した方向通り、さきほど切った蜘蛛の足が付いた前半部分をみると、切ったはずの足は一本ずつまた出て来た。


「はぁ?」


 思わず変な声を出してしまった。まさか切った足が再生してくるなんで、通りであの足は硬くなかった。

 切ってもまた生やしてくるから、これで移動能力を奪う作戦は完全にダメになる。



 蜘蛛の足は全部再生し、前に移動しようとした。

 そのまま進行させたら、姫様が危ないし、進路上の神殿も壊されそう。

 右から蜘蛛の前にシムスと合流し、とりあえず数回斬撃を蜘蛛の頭部らしきところに加え、一旦移動を封じる。



「こいつの脳と心臓を狙うしかない!」


 急所を破壊すれば、さすがに再生してこないはず。



「蜘蛛の脳と心臓はどこだぁ?!」


 セシルは後ろで蜘蛛の尾部に攻撃をしながら、叫ぶ。

 しまった。蜘蛛との対戦は初めてのせいで、正直脳と心臓はどこにあるかはわからない…

 人間やほかの動物と類比すれば、脳は目の裏、心臓は腹の中とかとしか思えない、自信は全くないけど。



「とりあえず目と腹をぶっ刺せばなんとかなる!」


 セシルの質問に無責任の回答を返し、自分はすこし助走してから地面から跳び、蜘蛛の目のところに剣を深く刺す。

 どうかここで合ってほしい…



「隊長!心臓は背中、脳は前半部分の下」


 私が剣にぶら下がって、蜘蛛の頭の動きに振り回されている時、左側からシムスの言葉が入って来た。

 彼女は蜘蛛の構造を知っているようだ。手詰まりのところ、一筋の光が差し込んで来た。

 そう言いながら、シムスはすでに左側に移動し、イワンさんと蜘蛛体前半部の側面から同時に剣を刺した。

 私は蜘蛛の頭に刺しこんだ剣のバネを利用して、蜘蛛の上に跳び上がる。気持ち悪いと思いながら、でっかい腹部分に走って、背中に剣を刺す。



「心臓は長いので、背中を割ってください!」


 下からシムスの指示が飛んできた。構造に詳しそうな彼女の話なら間違い、従うのみだ。

 背中に刺す剣を握り、私は体の移動で剣身を動かし、蜘蛛の背中から腹部分を切り開き、尾部から飛び降りる。



「ヒューーすげぇ」


 蜘蛛が完全に動かなくなってから、近くにいるセシルは口笛を吹いた。



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