第八話 神殿調査

第26話

 翌日朝、村長はミケルくんと一緒に簡単な朝食を取ったら、私たちと別れて子犬たちを連れて村へ戻る。

 姫様が気に入って飼おうと思った子犬も、毛色が白いという理由で、正式に「アルクティス」という名前が付けられた。長いから「アルク」とも略するらしい。南で拾った犬を北という名前を付けるのも、なかなか面白い。


 アルクに関しては、昨夜で話した通り、私たちが山でのことを済むまで、しばらくミケルくんが村で面倒を見てくれる。その後は王都に連れて帰る。

 このことについて、イワンさんは意外と反対しなかった。多分イワンさんも犬が好きだろうと勝手に思う。


 山小屋の前で張ったテントと野営の物を片付け、私たちは山での旅を始める。

 昨日レームリッシュを使う時無様なこともあって、今日からは怪しいものの探知を兼ねて、より長く使えるように所々で発動させながら移動するようにした。


「そういえば、クリスティーナ様はなぜグラウべ山へ旅に来ようと思ったのですか?」

「それ俺も気になります」

「僕もです」


 山道で歩いて、シムスが適当に姫様に聞いたことが、イワンさんと私以外の人全員の興味をそそる。

 隊のみんなには今回旅の真実を話していない、だからみんな理由気になるのもわかる。イワンさんはどこまで陛下から知らさせているか、私は確認できない。聞く時点で怪しまれるからだ。

 こういうことがあろうかと、一応事前に姫様とらしき理由を考えてはみた。


「グラウべ山は一体何を祀られているか、この目でみたいだけ」

「えぇ?女神さまではないですか?!」


 想定通り、姫様の回答にみんなが食いついた。

 無理もない、民衆の大半はグラウべ山が女神信仰を象徴する山だと思っている。国からもそう仕向けていることもある。

 この国の女神信仰はいつからなのかはもう考察不能だが、昔からグラウべ山は信仰の山と言い続けた関係で、この山自体が女神信仰の象徴になった。しかし、本当はそうではないとルートヴィヒ様から聞かされた。グラウべ山にある数か所の小さい神殿と祭壇は、実際女神信仰を見せかけて、こっそり何か別の物を祀っている。祀る対象について、歴史に詳しい人が調べているが、正体はまだわからない。


「女神様はもちろん祀られているが、他の何かもあると聞いた」

「それは意外でした」

 シムスは驚いているが、姫様が話した理由には納得したような顔がする。

「それで、以前陛下からここのことを調べると命じた。他の直属部隊の隊員と一緒にな」


 前から今までこの話題に参加していないイワンさんの声がした。前回の調査理由はこれだったのか。ということは、陛下は直属部隊に調査命令を出す時も、魔物仕掛けの話をしていなかった。でも、それで調査の重心は全く違うことになって、何か見逃しそうな気がする。


「なるほど、だからイワン隊長が今回の案内人でもありますね」

「そうだ」

 セシルの言葉に、イワンさんがちょっと自慢げに同意する。


 元々も山にある神殿と祭壇を先に調査する予定だから、偽りの理由を言っても計画は狂わない。ただ、さっき気になっていた前回の調査で見逃そうなところは、まずはレームリッシュでどうにか探索してみるしかない。


「それにしても、さすがに南側、もうすっかり春になりましたね」

「そうですね」


 軽くシムスに返事したら、私は回りの自然を見回る。昨日は登山と人探しで忙しかったので、ちゃんとこの山の自然を楽しんでいなかった。

 ウルムに着いた時からも感じたけど、ここの気候は王都と大分違って、春は王都のところより一か月くらい早い。

 木々も王都側の山と違って、春になってから新葉が芽生える種類、一部はすでに花が咲いている。長年北側に住んでいる私にとって、この季節で花が見えるのはとても不思議な感じがする。


「この時期で緑豊かなところって、ジュンとの出会った場所を思い出すね」

「山ではなく、森でしたけど」

「そうだね」

 姫様は小声で私に話を掛ける。

 月こそわからないが、確かにあの時は春が訪れたばっかりで、森は新緑に包まれた時期だった。


「なになに?なんか面白い話あるんっすか?」

「秘密。セシルさんこそ、タニアとの面白い話ないか?」


 前から振り返ってくる興味津々なセシルに、姫様はさりげなく回答から躱して、玉をセシルに投げ戻す。

 セシルは多分姫様から拒絶されるのを思っていなかったか、一瞬固まった。そして、苦笑いしつつ回想をする。


「ありますけど、それも秘密っす」


 姫様への仕返しのように、セシルはあると興味をそそって、敢えて詳細を言わない。一緒に任務に出ることが多いから、セシルは一番姫様と打ち解けている。たまにこうして姫様に冗談言ったり、妹のように絡んで来たりする。

 お互いもこういう関係を楽しんでいるから、セシルのたまに軽すぎる発言を大目に見ている。


「へぇーセシルさんのケチ!」

「アハハ。お互い様です、クリスティーナ様」


 姫様はやはり親しい人の恋話は聞きたくなるお年頃の女の子だ。

 そう思いつつ、実は私もタニアとセシルのことに興味ないわけではない。ただ、人の私生活を詮索したくないし、知って何かをすることもないから、あんまり聞くことはない。


 こうして、みんなが楽しく雑談しながら山道を進む。

 途中で休憩を挟みつつ、午後私たちは山の麓に一番近い神殿に着いた。

 最初はどこかでまた魔物が出ると心配していたが、進路上も、レームリッシュでさらに広い範囲を探知する時も、魔物の気配はなかった。この山はもしかして、思ったほど魔物がないじゃないかと思い始めた。でも、前陛下はこの山には魔物は出ると話された記憶があるし、昨日の怪しいオオカミの魔物もいったし。どっちにせよ、慢心してはいけない。


 みんなは一旦荷物を下ろして、神殿の前に集まる。

 建物はドアが開放式で、雨風を防ぐための穹窿式の屋根が付いている。見た目から、壁も屋根も石材から出来ている。中には同じく石の台座があり、その上に小さな女神像が祀られている。台座の手前は香を焚くための祭壇らしきものがある。建物内の空間は、頑張って3人が入れるくらい。


 神殿に必要最低限の物は揃っているが、この構造と建物の大きさから、とても神殿とは言えない。

 これを見るまで、全く別の物を想像していた。


「思ってた物と随分違うな」


 姫様は小さい神殿の外を一週回る。

 ここ数日は雨降っていない。神殿回り石ごろでできた路面は乾いたままで、泥も付いてない。石の間から生えた雑草はいいアクセントになって、簡素な神殿にすこし緑を飾って、春らしき生気をもたらす。


「他のところもほぼ同じ感じです」

 イワンさんは姫様に近づき、前回調査時の情報を報告する。


 姫様は神殿を一週回ると同時に、外壁を触りながら細かく観察している。彼女の目線が確認した場所を見てみると、私がわからない符号がいくつか彫ってある。この国の文字ではないが、何かの絵にも見えない。

 そして、姫様は神殿の正面に戻り、一礼をしてから神殿に入る。入って間もなく、外に出てくる。


「中はちょっと暗いので、光が欲しい」


 すぐ出てきたからなんか怪しいものでも見たかと思って、一瞬不安になったけど、よかった。すぐ近くでたいまつ作りに適した枝を拾い、たいまつを作って火をつける。

 姫様に渡さず、私が持つと手でたいまつを軽く振る。彼女はすぐそれを理解して頷き、また神殿の中に入る。私も彼女の後を追って中に入る。


 元々大きくない神殿の中は二人が入ったせいで、さらに小さく感じる。私は入口からすこし入ったところに立ち、中全体を照らすようにたいまつを上げる。

 そうすると、外壁にある符号と似たような物が目に映る。色も付いているように見える。


「その符号はなんですか?」

「ジュンも気づいた?」

「はい」


 私と姫様の会話声を聞いて、イワンさんとセシルも入口の近くに来た。

 イワンさんは前回調査の時はこの符号にも気づいたはずだ。一応どんなものか聞いてみよう。


「イワンさんはこの符号はなんなのかはわかりますか?」

「符号?」

 イワンさんは困惑したような表情で私に反問する。

「今壁にある変な符号です。外壁にもあります」

「本当だ、符号がある」


 まるで初めて見たような口ぶりだ。前回はこの神殿を調査する任務だったので、ちゃんと調べていたらこの符号に気付かないはずがない。


「前回調査する時はなかったですか?!」

「見た覚えがない」


 それはとても不思議で、腑に落ちない。

 みるからには、この符号たちは相当長く存在していた。外壁のやつは風化のせいで大分見づらくなっただが、神殿の中にあるやつはまだはっきりみえる。


「ジュン、これは符号ではないよ。古語の文字だ」


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