第24話

 姫様は一直線に魔物に向かって行く。

 しかし、魔物は応戦しようとしない。さっきと同じ、姫様の接近に合わせてどんどん後ろへ下がって行く。


「なんで下がるばっかりだ!」


 後退する魔物を追いながら、姫様も困惑している。距離が開けられたため、私はミケルくんを連れて姫様と魔物を追って行く。

 この方向は、もしかして…

 姫様がすこし追っていたら、魔物は下がるのをやめ、大きいな木の前で止まった。

 やはりそうだ。魔物は子犬がいる近くまで戻って、何かやろうとしている。良くない予感が膨らんでいく。


「ヴゥーー」

 魔物の唸り声がさらに低くなり、私たちへの威嚇が強くなった。


 姫様は魔物の前に剣を構え、左足は強く地面を踏み、いつでも突撃できるような姿勢を取る。

 その時、魔物は突然向かう方向を変え、二三回大きいなジャンプをしてあの木の裏に身を移した。「キャンキャン」の鳴き声と共に、白い子犬を咥えている魔物がまだ姿を現す。

 まずい。すぐあいつを仕留めないと、子犬が死んでしまう。


「その子を離せ!」

 子犬を見た瞬間突撃体勢から突進に変えた姫様は、凄まじい速度で魔物に接近する。

 彼女が速い。昔団長に訓練された時期、私との競走はいつもいい勝負になっている。速度だけを言うなら、騎士団で姫様を超えられる人は殆どいない。



 魔物は姫様の接近を見て、子犬を咥えながらさらに遠くへ逃げる。やはり攻撃する意図はない。

 一つありえない理由が私の頭をよぎる。

『そんなはずがない』

 自分が思いついた非常識なことに、自分の理性がそれを否定する。

 でもどっちにせよ、ずっとこう追いかけるのも埒が明かない、魔物を止めないと子犬を救えない。



『レームリッシュ』

 探知を発動し、回りを再確認する。他の魔物はいない。



「この木の裏に隠して、絶対動かないてね。すぐ戻ってくるから」

 しゃがんでミケルくんに話す。

 彼がもうすこし小さいければ、負んぶしながらでも走られるけど、この体型になると、さすがに背負いながら姫様に追いつかない。


「おねえさんはどこへ行くの?」

「きんぱつのお姉さんの手伝いに行くよ。子犬は必ず助けるから、だから大人しくここに居てね」

「うん!」


 ミケルくんのことをその場に置き、私も姫様の後を追って行く。とりあえず急いで問題を解決しないと。

 道が悪いと、木々と茂みの邪魔もあって、姫様と魔物はそんなに進んでいなかった。あっという間に追いつく。


 魔物はわざと木々の間をくぐって、姫様を惑わすような動きをしている。

 何も考えずに本能に従って生きるだけのものだと思っていたが、これほどの知能もあるのか。

 その動き、利用させてもらう。


「左に回ってください!私は右から挟んでいきます!」


 直線移動でなければ、私たちは違う方向から挟み撃ちできる。

 合図を聞いた姫様は一瞬驚いた。視線を私の方向に移す。その視線を気づいた瞬間、私は手でもう一回合図をする。

 姫様は私の意図を理解して、走る方向を変える。それに合わせて、私も右から回り込む。


 魔物は多分姫様がまだ後ろにいると思い込んでいるようで、同じ動きをしている。一見不規則だけど、実際左右の変化くらいで、数回見ればすぐ傾向がわかる。

 右に曲がった。


 それをみて、すぐ速度を上げて魔物正面から止めて行く。私を見て後退すれば、姫様が待ち構えている。他の方向は木々が邪魔になって、逃げ道はもうない。

 想定通り、魔物はその場で止まった。子犬の様子を確認すると、まだちゃんと生きているみたい。



「とりあえず、その子は返して貰うわ」


 そう言いながら、姫様は魔物の横に移動し、瞬時に速度を上げて、両手で剣を魔物の体に突き刺す。

 突然の攻撃と痛みに、魔物は苦しそうな顔をする。子犬を捨てれば、その強い牙と顎の力で私たちに噛みつけるのに、それでも口に咥えている子犬を離そうとしない。

 この魔物はなんなんだ。


「心臓です!」


 わけわからないけど、殺せば状況は解決できる。

 私は剣を両手で握って、強く地面を踏んでその反発力を利用して、魔物の少し上まで跳び上がる。体が落ちる時ちょっとした加速度を利用し、自分の斬撃にさらに力を加えて、魔物の首を狙う。骨の隙間から剣が入り込み、勢いのままで魔物の首を切断した。その同時に、姫様も心臓の場所にトドメを刺した。


 結局魔物の頭が地面に落ちても、子犬を咥える口は開かなかった。念のため、目からも剣を刺し、確実に脳を破壊する。

 姫様は魔物の口を無理矢理に開けて、子犬を助け出した。あれだけ長時間に魔物に咥えていたのに、白い毛に血らしき物がついていない。子犬は怪我ひとつもなかった。

 ミケルくんは多分一か月前で産まれたと言ったけど、この子犬の大きさから見れば生後一か月よりはちょっと大きいな気がする。


「よかった、ちゃんと生きている!」


 姫様は小心翼々と両手で子犬を抱き上げて、嬉しそうに子犬の顔を自分の顔で擦る。

 自分を救った人だと認識したか、子犬も舌で姫様の顔を舐めて、親近と好きの意思を示す。さっきまで殺伐とした雰囲気が一瞬変わって、微笑ましくなった。

 会ったばっかりの野良犬にもすぐ懐かれるなんで、さすが彼女だ。


「そろそろ帰りましょう」


 剣に付いている魔物の血を振り払って、鞘に収める。

 ミケルくんもまだあの木の近くで待っているし、早く戻らないと、暗くなって本気で移動できなくなる。


「そうだね」

 姫様は片手で子犬を抱え、片手で剣を収めて戻ろうとした途端、何かを思い出して慌ててに私に聞く。

「ちょっと、ミケルくんは??!」


 さすがに気づかれるだな…

 小走りながら大人しく姫様に事情を説明し、案の定、めちゃくちゃ怒られた。一応安全確認をして、なるべく早く状況を解決して戻る計画をしたつもりだけど、子供を一人放置するのは確実に私が悪い。

 次があれば、もっと両全の方法を考える。



「おねえさんたち!」



 遠くからミケルくんの呼び声がする。木の元を見ると、ミケルくんは手を振りながら私たちを呼んでいる。

 ちょっと速度を上げて、ミケルくんの元に走る。


「しろちゃん、よかった!」

 姫様が抱えている子犬を見かけた瞬間、ミケルくんも飛び出して私たちに向かって走って来た。子犬をミケルくんに渡したら、彼もさっきの姫様と同じく顔で子犬を擦れ始める。

 どっちもとても可愛いと思う。


「ありがとう、おねえさんたち!」

 ミケルくんは擦る動きを止めて、私たちに礼を言う。洞窟前の時も思ったけど、この子は礼儀正しい。きっとパルマさんの教育の賜物だ。


「おねえさんたちじゃなくて…」

 姫様は笑いながらミケルくんの頭を撫でて、自分のことを指す。

「私はクリス。このミケルくんを放置したお姉さんは、ジュン」

 そして、私を指す。

 何も言い返せない。帰ったらちゃんと反省する。


「うん、クリスねえさんとジュンねえさん!」

 私に放置された本人はあんまり気にしていない様子。


 その後、私たちは洞窟に戻って、ミケルくんが事前に救った3匹の子犬を取り出す。私が2匹、ミケルくんが1匹、姫様があの白い子犬を抱きながら山小屋へ戻る。


「ねぇ、ジュン、さっきの魔物だけど」

「はい、なんでしょうか」

「変だよね」

「やはりですか?」

「うん、ジュンもそう思う?」


 頷きを返事にする。

 私の気のせいではなかった。あの魔物は今まで遭遇した魔物と違って、全く戦おうとしない。魔物とはいえ、戦意のない相手を殺したことにちょっと忍びない。

 ふっと今自分が思ったことに驚きを感じる。自分はいつからこんな軟弱になっている。


「一つさらに変なこと言っていい?」

 姫様ちょっと躊躇感のある声は私を現実に引き戻す。


「はい」

「なんだか、あの魔物はこの子を守っているじゃないかなと思った」


 驚いた。

 まさか姫様も同じことを思った。あんまりにも常識外れだから、私はすぐその考えを脳から追い出したけど。


「実は私もそう思っていました。色々と魔物っぽくない動きをしていましたから」

「だよね」

「…」


 本当に守っているなら、それはなぜだ。理由が思いつかない。

 この国は長年魔物に害させれているが、実は魔物の生態について全然解明していない。魔物の目撃情報を得たら、討伐するという簡単な工程しか繰り返していない。国と騎士団持っている魔物の情報も、今まで討伐したことのある種類だけ。きっとどこかにまだ遭遇したことがない種類の魔物が存在する。



 昔ルートヴィヒ様から聞いたことがある。国が魔物の生態を調査する調査隊を作ろうとしていたが、魔物を探し出し討伐せず観察だけのことは難しく生産性もないという理由で、結局案だけで終わっていた。

 だから、今日遭った魔物の行動について、オオカミ類の魔物に全く記載がないので、姫様も私も困惑する。

 やはり魔物の生態を調査すべきではないと、今は思う。



「クリスねえさん、ジュンねえさん、山小屋はもう見えるよ!」


 ミケルくんが元気に私たちにもうすぐ目的地に到着することを告げる。

 山小屋の前にすでにテント1つが張っていた。日も大分暮れたし、テントと山小屋の間に火も焚いている。カルバンが荷物番をしながら、野営の準備を全部整ったみたい。

 山小屋に近づくと、ミケルくんは加速して焚き火のところに走り出す。


「村長さんーーー!」

「おおお、ミケル、無事か!」


 ごっつい中年男性はミケルくんの呼び声を聞いて、すぐ振り向いて来る。村長だ。

 そして村長はしゃがみながら、両手を広げる。子犬を抱えながら、ミケルくんは村長の腕の中に飛び込む。

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