第23話
「魔物はどこにいる?」
ミケルくんの話には驚いた。
来る途中も、この近辺を歩く時も魔物の姿を見かけなかったし、気配も感じなかった。強いていえば、山小屋からこの洞窟へ来るまでの道とその周辺を探察していなかったくらい。
「このどうくつから10分くらい歩くところにいる」
ミケルくんは指で方向を指しながら私たちに場所を教える。
これもまた驚いた。方向にして、距離にして、子供にしては大分精確に把握している。そして、言い方から推測すると、その魔物はずっと移動していなさそう。
もうすこし情報が分かれば、どう対処するか概ね決められそう。同じこと思っていたか、姫様は続いてミケルくんに聞く。
「どんな魔物かわかるか?」
「オオカミっぽい。こ~~のくらい大きい」
さっきまで号泣していたミケルくんは、今全身を使って、一生懸命に私たちに魔物の大きさを教えてくれている。
その様子はとても可愛らしい。
ミケルくんが示してくれた大きさは参考程度に過ぎないが、多分小型のオオカミ魔物だと思う。慢心してはいけないが、それくらいなら手持ちの武器で余裕に対処できる。
「ありがとう!とてもわかりやすいよ」
姫様はしゃがむ姿勢から立ち上がって、手を伸ばしてミケルくんの頭をポンポンと叩いてから、さらに何回か撫でた。ミケルくんの顔から嬉しい笑みがこぼれる。やはり子供は単純だ、褒められると嬉しくなる。
微笑ましい光景を見て、レームリッシュの反動で疲れた私の精神も癒され、すこし回復したように感じる。
「そうだ、おねえさん、あと1匹の子犬はまもののところにいるので、助けてほしい」
ミケルくんが突然大事なことを思い出して、子供なりに真剣な表情で姫様にお願いをする。
彼の話によると、昔から母犬とは遊び仲間だった。母犬が妊娠してから、住む場所を山の中に移した。ある日山から降りて村に入ったところがミケルくんに見かけて、後をついて山に戻ったら、茂みの中から子犬を見つけた。子犬は合計4匹いて、先月頭で産まれたみたい。
その時期、王都近くの野外で産まれたら、茂みくらいなら確実に命を落とすことになるでしょう。それくらい気温の違いがある。
「それでなんで子犬がこの洞窟に来たの?」
「昨日来たとき、母犬がいなかった。食べ物探しに行ったとおもってまってたら、母犬じゃなくてまものがきた」
「びっくりしたでしょう」
「ううん。そのときは母犬が食われて、子犬たちをたすけないと!としか思ってなかった」
姫様の言葉を否定し、ミケルくんはこぶしを握りながら当時自分の思いを振り返る。彼は思ったことはすぐ行動に移した。
魔物が離れた時を見て、茂みに入って子犬たちを取り出し、両脇に挟みながらで全力疾走したらしい。しかし、その時茂みに隠れ、寝ている子犬は3匹しかおらず、もう1匹は多分近くのどこかで遊んでいたから、助けられなかった。洞窟に子犬たちを隠れてからもう日が暮れたので、そのまま山で一晩を過ごした。
「ミケルくんは偉いね!」
姫様は彼の話を聞いて、思わず褒めて上げた。確かにその勇ましさと責任感、10歳と思えない。
「でも今度はちゃんと大人たちに助けを求めてね。一歩間違ったら、子犬も君も命がないから」
私は姫様の続きに、ちょっと厳しいめな言葉を補足する。
偉いけど、勘違いしないでほしい。今回はたまたま運がよかっただけだと思う。魔物と対面になったら、今のミケルくんは勝ち目がない。そうなったら、もう魔物の晩御飯になりかねない。
「ジュン、ちょっと言葉!」
「現実も教えてあげないといけないですから」
ここに居る誰かさん子供頃のことを思い出した。あの時の彼女も昨日のミケルくんと同く、盲蛇におじずにいた。
「はい、わかった」
姫様の心配が無駄だと示してくれるように、ミケルくんはすんなりと私の言葉を受け入れた。多分昨日は勇気の最高点を通過して、今になって魔物の怖さを思い出しただろうな。
「自分の過ちもわかったようなので、さて、子犬を助けに行きましょう!」
「はい!」
場の空気を変えようと、私はミケルくんの肩を叩き、無駄に元気な声を発する。こういうことはいつも姫様がやっているから、それをマネしてやってみた。しかし、キャラじゃないことをすると、遅れて来る恥ずかしさが私を襲う。顔が熱くなっている。
「ぷっ」
私の小さな異変を察知した姫様が小声で吹き出した。そんな笑わなくてもいいんじゃないか…
ミケルくんは子犬を助ける一心でもう洞窟から数歩離れたところまで歩いた。洞窟にいる子犬たちは暫くそこに置いても問題なさそうなので、姫様と私はミケルくんの元へ行って、彼の案内に従って魔物がいるところへ移動する。
ミケルくんが言う通り、洞窟からおおよそ10分くらい歩いたところに、小さい動物なら完全に隠せそうな茂みがあった。
回りは静かだ。子犬の鳴き声もなければ、他の動物の声もない。木々と茂みの葉っぱが風で揺らす音しかない。
足音を立てずに近づき、茂みの中を確認しても、子犬の姿はない。
もしかするともう魔物は胃袋に入ったではないかと、悪い予感がする。でもそれはさすがにミケルくんの前では言えない。念のためこの回りの状況を確認してみよう。
動かずにただ物の位置を確認するだけなら、それほど負担はない。
『レームリッシュ』
私を中心とした回りのものが脳に映した空間に次々と場所を示してくる。そうすると、大きい木の裏側にオオカミらしき生き物と子犬っぽい小さい動物の姿が現れた。私たち今いる場所のさらに右側にある。よかった、子犬はまだ生きている。
私が向こうを気づいたと同時に、向こうの生き物も私を気づいたようで、大きい方は高速で私たちの方向へ走って来る。
「右から来ます!気を付けてください!」
隣にいる姫様とミケルくんに魔物の方位を伝える。
私の警告を聞いて、姫様はすぐに左手でミケルくんの手を掴んで、右手で剣を鞘から抜き出し、応戦準備をした。私も剣を構え、魔物の接近を静かに待つ。できれば姫様とミケルくんの隣から離れたくはない。
動物がダッシュする時地面を蹴る音が大きくなると共に、全身の毛が黒いオオカミのような魔物が目の前に到着する。ミケルくんが先ほど教えてくれた大きさとほぼ同じくらい。
「ヴゥーー」
魔物は体を低くし、唇をめくって歯をむき出しながら低い唸り声をあげ、威嚇してくる。ただ、威嚇するだけで、攻撃しようとする素振りはないし、前へ進もうとしない。
今まで遭遇した魔物と違う雰囲気がする。
魔物は概ね山や森など、自然が豊かな郊外で生息している。人里に近づき、危害を加えるやつもいれば、普段から人と関わろうとしない魔物も結構いる。ただし、自分の縄張りに人が入ったら、例外なく攻撃するはず。だから、このオオカミの魔物は変と感じる。
魔物も、私たちも動こうとしない。しばらく膠着状態が続く。
このまま続いても意味がないので、試しに二歩くらい前に進んでみたら、魔物は相変わらず攻撃してこない。それところか、威嚇しながら同じく二歩くらい後ろに下がった。
おかしい。
「ジュン、このままだと日が暮れてしまう。こっちから仕掛けよう」
異様を感じている間、姫様は小声で私に提案をする。
ミケルくんを見つけてから結構時間が経って、空も段々暗くなってきた。姫様の言う通り、こっちから仕掛けるしかない。
この魔物をやっつけるのはそれほど手間ではないが、私たちが動き出した途端に、子犬のところに戻って食ってしまったら本末転倒になる。手元に槍もないし、ダガーも持ってきてないから投げられる武器もない。どうすればいいか、悩ましい。
「えぇい!ジュンはいつも考えすぎだよ!」
そう言いながら、姫様はミケルくんの手を私に押し付け、剣を構えながら矢のように魔物に向かって飛び出す。
「ちょっと、ひ…」
危うく口を滑らせた。
ミケルくんの手を握って、姫様と魔物の戦闘を見守ることにする。
本当に彼女の行動力に参った。後先を考えないような人ではないが、勝ちを確信した時はたまにこういう衝動的なことをする。
「きんぱつのおねえさんは強いの?」
握る手が姫様の手から私のに変わり、ミケルくんは困惑とワクワクが混ざったような表情で私に聞く。
子供と話す時はなるべくしゃがんで目線を同じくらいの高さにしたいところだが、姫様の動きに合わせて常にカバーできるような距離を保ちたいので、姫様に注意を払いながら立ったままでミケルくんに返事する。
「うん、とても強いよ」
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