第22話

 パルマさんは最初の山小屋と言ってたけど、思ってたより距離がある。ミケルくんはまだ10歳くらいの子供と聞いて、距離を甘く見ていた。

 小隊の中で4人も荷物を背負っている分、移動は軽装の時と比べるとすこし遅い。


「ミケルくんって案外脚力ある子ですか?」


 我々成人あるいは成人に近い人たちも半日掛かりそうな距離を一日かからずで往復できるミケルくんに関して、思わず疑問を抱く。

 隊列の先頭に移動し、道案内をしてくれている村長にその疑問を投げる。

 村長は目を丸くし、すぐ大声で笑い出す。


「はっはっは」


 私今なんか人を笑わせるような質問をしたのか?笑われる要素一つも見つからないけど?

 村長が笑う理由があんまりにもわからないので、振り返って目線でみんなになぜを尋ねる。案の定、みんな例外なく頭を横に振る。

 仕方がない、村長に聞くしかない。


「村長、私今なんか変の事を言いましたか?」

「あぁーすまない。ミケルは確かに普通の子供より足速いけど、大人に勝てない。ただ、あいつはここら辺詳しいから、近道通っているぞ」

「近道があれば、私たちも…」

「そうはならん。あんたらの背中にある荷物、軽くないだろう?」


 そう言いながら、村長は片手を私が背負っている荷物の真下に置き、持ち上げろうとしている。肩と背中が感じる重さはすこし軽くなってすぐ、ドンとまた本来の重さに戻る。


「重っ!こんなもの背負いながらあの険しい近道絶対無理だ」

 私のカバンに詰めたのは概ね各種食料、補充分の水、女性陣の一部私物とちょっとだけの野営道具くらい、そこまで重くないが、男性陣にはもっと重い物を背負わせている。村長の言うほど険しい道であれば、確かにこのような重装じゃ邪魔でしかない。山によくある極細な道でこのカバンを背負いながら無事に歩き切る自信はない。

 山のことなら、山に詳しい人の話を聞くのが基本。だから私はもう余計なことを言うのを諦めて、静かに歩きながら考え事をする。


 ミケルくんはよく近道を使う、その近道は険しいのよう。それなら、万が一道で何かあって家に戻れなくなったら、山小屋に行っても意味がない。今私たちの進行路上も彼の姿を見つかることができない。

 せめて近道の方位くらいは知りたい。


「村長、その近道大体どこら辺にありますか?」

「おっ、あんたの目の前だぞ」


 村長は私の質問を答えながら、隣の山に指を指す。私たちが歩いている整った道路の隣の山に、山の上まで通りそうなけもの道のような小さい道がある。斜度が結構あって、手足使わないと簡単に登れなさそう。確かに、重い荷物背負っていると、危ないし余計に時間が掛かりそうだ。



『レームリッシュ』



 方向も知ったし、私は意識を集中し、回りの状況を探知しながら歩き始める。できれば、ここら辺で子供の姿を発見したくないが。

 一定距離を移動しながら範囲探索したら、短い休憩を挟んでまた次の探索し始める。これほど長時間で頻繁に私の探知能力を使うのは、初めて移動しながら使えることが分かった日以来。疲れの蓄積は予想以上だった。


「大丈夫?」

 隣から姫様心配そうな声がした。

 純粋な体力負担より、精神への負担が倍以上疲れを体に与えることを今になって初めて身を持ってわかった。歩く速度がすこし落ちて、私が隊列の先頭から中段に戻っている。


「大丈夫です。ここまで来た道の回りにミケルくんの姿がないので、一安心です」


 姫様に顔を向け、笑いながら小声で私の探索結果を報告する。

 すると、服の裾が掴まれた。姫様の左手が私の右の裾を引っ張っている。彼女の目がみている先は変わらず、私の顔から移していない。その赤い目から私に投じる目線はさっきの声と同じ、私を心配している。

 姫様はレームリッシュが私に掛ける負担を知っているから、上手く疲れを隠そうとしたけど、それでも彼女に異様を察知されたみたい。


「無理しないでね」

 私の裾を掴んだ手が離す。

「はい、ありがとうございます」


 その後、約1時間半くらい歩いたら、目的地である山小屋に着いた。

 私は荷物を肩から降ろし、山小屋の前に置く。ちょっとだけ水を飲んで、息を整ったら、山小屋を中心に半径30メートルくらいのところから、探知しながら山小屋を一週した。

 それでも、ミケル君らしき子供の姿はないし、犬の姿もなかった。


 パルマさんは山小屋の近くと言ったから、もっと距離のあるどころなのかな?でも正直、ここへ来る途中で探知した範囲を含めると、この近辺はもう私が調べてない場所がないはず。まさか完全に別な場所と言わないだろうな…

 子供って、大人に安心させるため、たまに嘘つくから。思わず近くにいる彼女に目線を投じる。うん、ここに何回もやってしまった人がいる。

 そう考えながら、私は彼女に近づき、小声で耳打ちをする。


「姫様、まさかと思いたくないですが、ミケルくんはもしかするとパルマさんに嘘をついたではないですかね…」

「見つからない?」

「はい。子供ところか、犬もないです」

「本当に子犬を産んだなら、母犬は雨風を防げるところに子犬を隠すだろう。確かにここら辺は山小屋以外、そんな場所なさそうね」


 姫様も回りの様子を一週確認し、私の言葉に賛同する。

 問題はここら辺に居なければ、どこにいるんだ。グラウべ山は大きい、私たち今日歩いた分はほんの小さい一部に過ぎない。山小屋へ来る途中で話した通り、手分けで探すしかない。


「山小屋にはいないな」

 村長は山小屋から出て、みんなに告げる。


「ではさっき決めた通り、俺と村長は山小屋の裏側、セシルとシムスは左側、クリス様とジュンは右側で手分けて探そう。カルバンはここに残ってテントを張って、荷物番をする。見つからなくても、日が暮れ前に必ずここへ戻ること」

「了解!」


 イワンさんは村長の話を聞いてからすぐ指示を出す。時間が惜しいから、私たちもすぐ各自が担当する方向に向けて移動する。


「ジュンはもう探知しなくていいよ。相当疲れたでしょう?」

 ミケルくんを探し始める頃、姫様は突然に私に言った。


 レームリッシュを使えれば、探す効率は数倍違うけど、姫様の言う通り私は思った以上に疲弊している。鍛錬の不足さが露呈し、もっと練習すればこうにはならないだろうと自分の甘さに後悔する。

 子供の体力を考えると、もう遠くないどっかに居るはず。自分自身も動けなくなることを避けたいため、大人しく姫様の言葉に従う。


 山小屋の右から移動し、ちょっと離れたところに、なんと滝のようなものがある。もっと上の場所から流れた水が途中で道を無くし、空を切り下へ落ちてくる。遠くからみると、滝の近くに小さい洞窟が見える。

 条件が揃った、そこかもしれない。

 姫様も同じ予感のようで、私に頷いてから急ぎ足で洞窟に向かう。


「ミケルくんーーミケルくんーー」

 洞窟に近づくにつれ、姫様は滝の音を超えるような大きくて高い声で呼ぶ。

 何回を呼んでも、返事はなかった。嫌な予感がする。


「キュンキュンキュン」


 洞窟の前に到着した途端、洞窟の中で響き渡る子犬の鳴き声が聞こえる。当たりだ。

 姫様と私は腰を屈めて、中に入る。洞窟自体は小さいが、思ったより深い。入れば入るほど、光が少なくなる。


「ミケルくんいる?」

 先ほどの高い声と違って、姫様今は優しい声で洞窟の中に向けて問いかける。


「キュンキュンキュン」

 人間の返事の代わり、子犬が鳴き続ける。


 ふっと、手元には布のようなものに触れた感触がした。もっと触ると、柔らかく温かい何かを感じるようになった。これは人間だ。


「姫様、ここに人がいます!」

 光が少ないせいで、はっきりと見えないが、手元の感触は嘘をつかない。これは絶対人間だ。しかもちゃんと温かく、息をする時の体が上下するリズムがある。姫様さっきの呼び声に反応がないなら、寝ているか、気絶しているか。

 手元の人を掴んで、眠りから起こせるくらいの力で揺らす。


「ミケルくん、ミケルくん?」

「うん…うぅ」


 小さい声がして、手で掴んだ人が目覚めたのようだ。よかった、ちゃんと意識もある。

 目覚めたのことなので、私は彼を抱えて洞窟の入口へ運んだ。ようやく彼の状況を確認できる。

 泥まみれの素朴な縞模様の布の服に、ボロボロになったズボンと靴。幸い、足のかすり傷くらいしかなくて、全体的に健康そう。顔の幼さからみると、多分10歳くらい。


「ミケルくんだよね。何か話せる?」

 相変わらず耳心地のいい優しい声。


「おねえさん、ぼくを探しに来たの?」

「そうだよ。お母さんがすごく心配していたよ」

「うぅぅ、ママ…」


 助けが来て、ミケルくんずっと張り詰めていた緊張の糸が切れた。「ママ」と呼びながら泣き始める。


「大丈夫、大丈夫」

 姫様はそっとミケルくんの背中をさすりながら彼を慰め、気持ちを落ち着かせる。

 この光景を見ていると、遠い昔幼い彼女が同じように私を慰めたことを思い出す。あの優しさが溢れる声と動きは、とても人を安心させる効果がある。彼女はあの頃から、ずっと変わっていない。


「うん。ありがとう、おねえさん」

 姫様の慰めが効いたよう、ミケルくんは泣き止み、涙を拭きながら姫様にお礼を言う。


「じゃあ、一緒に帰ろう」

「ダメ…」

「えぇ?なんで?」

 ミケルくんは震えながら、私たちにこう告げた。



「ま…まものがいる。子犬たちがあぶないから」


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