Side Simms
第20話 秘密の思う人
◇◇◇
初めて来たウルムの町は新鮮だ。
今までずっと生活していた王都と全く違う雰囲気があり、ウルムは南らしく活気のある町。色々回ってみて、結構楽しい。
我が国の王女様―クリスティーナ様と一緒に買い物できる機会を得ることもとても嬉しく感じる。
クリスティーナ様とは、一生関わることがないと思っていた。
隊長の小隊に転属して、クリスティーナ様とお会いできると聞いたけど、彼女は祈神祭で発生した事件の関係で、その後一度も騎士団に顔出したことがない。アルフリート様とのお手合わせを拝見したいところだが、あいにくその日は別の小隊の任務に参加して、結局見ることができなかった。
実際クリスティーナ様と初めてお会いできたのは、今年に入ってからの初会合だった。その場でも自己紹介したくらいで、あんまり会話をしていなかった。だから、旅が始まるまで、クリスティーナ様は私にとって相変わらず雲の上の存在だった。
でも実際旅の中で彼女が他の隊員とのやりとりを傍から見て、直接彼女とお話ができて、『クリスティーナ様』という人の印象が私の中では大分変わった。
彼女は王女らしい振舞をしているが、それは彼女の自然体であり、気取りは全くない。私にも気軽に話せてくれ、細かいところも気配りしてくれる、『王女』っぽくない親切なお方。
そして意外と感じたのは、王族特有の威厳と優雅さは彼女の立居振舞に染み込んでいるが、やはりまだ16歳の女の子であること。無邪気に笑うところと、隊長に向けてたまに無茶ぶりをするところは、彼女の年齢に相応の可愛らしさを感じる。
今も目をキラキラして、ウルム街中の店を見ている。
「シムスさん、これは可愛くないか?」
クリスティーナ様のはしゃぐ声を聞いて、彼女が指しているものに目線を移す。それは多分猫の頭の形をしたパン。作りやすさと焼きやすさを考慮して、大体のパンが丸いか、棒状か平かになっている。わざと猫の形にするのは、パン屋店主の遊び心でしょう。
「確かにかわいいですね。丁度パン屋ですし、ここでパンを買いましょうか」
任務は忘れずにこなせないと。
「了解~」
ちょっと可愛らしい目配せをして、クリスティーナ様はパン屋に入る。山に入るだから、食料は色々現地調達できるけど、腹をすぐ満たせるために、石のようなずっしりとした長期保存できるパンも必要。
買い出しリストに書いた量のパンを買ってから、私はパンを入れた紙袋を抱えながらまたクリスティーナ様と街を回り始める。距離を歩いたら、腕が若干疲れを感じ始める。やはりこういうパンの密度が石並みなのか、本当にずっしりして重い。背負う分には問題ないけど、ずっと抱えると腕への負担が大きい。
「重いだよね?パンをください、私が持つよ」
表情には出ていないと思うが、それでもクリスティーナ様は私の疲れを気づいたようで、交代を提案してくれる。疲れているとはいえ、さすがに彼女にこれを持たせるわけにはいかないと、断っておく。
「大丈夫です。もうすぐ合流する場所に着きますので」
「そう言わずに、ください」
逆にクリスティーナ様から断られる。彼女は両手を私に伸べて、パンの袋を掴む。これまでされたらもう彼女の言葉に甘えるしかない。両手で抱えるパンの袋をクリスティーナ様に渡す。
「本当に重いですので、お気を付けください」
「わぁ、パンにしては重すぎじゃないか?」
パンを受け取ったクリスティーナ様は重さをはっきりさせたいように、上下で袋をトントンした。
「石ころを大量に抱えていると思いました」
「ぷっ。確かに」
クリスティーナ様は吹き出すような笑いをして、また歩き出す。
今日の天気もいい。
ほんのすこし綿のような白い雲が、眩しいといえるほど青い空を飾っている。そんな空の下に、クリスティーナ様の淡い金色の髪がよけ輝かしいにみえる。
我が国の王女である彼女は機能性だけ重視して、美味しさと全く縁がないパンを抱えてウルムで歩く光景をみると、なんだか別世界に入った気分。
昔の私なら、きっと変な夢を見ていると思うでしょう。
重い物を持っているクリスティーナ様の顔には相変わらずウキウキとした笑顔を絶やしていない。でも、どこか寂しさを感じる。
私は昔から人の感情には敏感と自覚している。顔と動きの微かな違いが、人が隠そうとしている本当の感情を語ってしまうと思う。
「このパンはあとでジュンに持たせましょう」
角を二つ曲がって、合流場所前の到着したところ、クリスティーナ様は私に話を掛ける。
顔を私に向けたまま、また袋をトントンする。この場にいない人の名前が唐突に登場して、ちょっと戸惑う。
「えっ?」
「ジュンは怪力だから」
「怪力?」
二連続の敬語なし返答はさすがにまずいと思ったけど、クリスティーナ様は全く気にしていない様子。
ジュン隊長が強いのは知っているが、怪力はさすがに初耳。というか、女の子を怪力と形容するのは些かひどいと思う。
「シムスさんは知らない?『体のどこから出しているの?』と思うくらいジュンの馬鹿力」
「それは初耳でした。隊長はそんなに力強いですね」
「そうなの。子供の時腕握られて、内出血するくらいだったよ」
「それは…すごいです」
今子供の時と言った。
隊長とクリスティーナ様との付き合いは長いと知っている。ただ、そこまで長いだと思っていなかった。通りでいつも隊長に無茶ぶりしたり、甘えたりするわ。
前セシルさんから言われたことがる、クリスティーナ様といる時の隊長は人間味が溢れる。
ウルムまでの二人を見たら、この言葉に偽りがないことが分かる。個人的にその言葉はクリスティーナ様にも当てはまる。
隊長といる時のクリスティーナ様も人間味が溢れ、年相応の普通の女の子になっている。
幼馴染って本当はこんな感じだろうか。少なくとも、私とカリウスはこうにはなれなかった。婚約者であり、幼馴染でもある彼の顔がふっと頭をよぎる。
今はカリウスのことを考えても仕方がないから、すぐ彼のことを頭から追い出す。
「そういえば、ジュンから聞いたけど、シムスさんは婚約者がいる?」
クリスティーナ様の質問はさっき頭から追い出したばっかりの彼を引き戻す。
「はい」
「どんな人?」
どんな人と聞かれること、意外となかった。回りは彼を知る人しかいなかったからだ。改めて考えると、カリウスはどんな人だろうね。
同じく騎士団に所属しているが、昔も今も小隊は別。普段会う時も仕事みたく、事前に決めた行程を頭から最後まで完遂するだけ。無口で愛想もあんまりないけど、まぁまぁ優しいくらいかな。あの日のことがなければ、多分ずっとこの印象だ。
「至って普通な人です。婚約も家が決めたことです」
「そうなんだ…」
クリスティーナ様はまた何かを察したようで、ちょっと申し訳ないな表情で言う。そして、彼女は顔を下に向け、寂しく悲しいため息をつく。
「私もいつかそのように結婚しないといけないだよね」
この強くきれいで、可愛らしいお姫様と結婚できる人は、もう我が国の名家か、隣国の王子くらいだろうな。陛下に相当溺愛されているという噂を聞いたけど、結局クリスティーナ様も政略結婚の運命から逃れられないのか。
悲しくなるのは分かる。でも今日ずっと感じ取れるあの寂しさは引っ掛かる。
「クリスティーナ様、一つ聞いていいですか?」
「なに?」
「クリスティーナ様は…好きな人がいるのですか?」
彼女の顔から一瞬驚きの表情をしたが、すぐ普通の様子に戻る。それだけでわかる、彼女には思う人がいる。
「秘密」
パンを両手抱えの姿勢から片手抱えるに変え、空きが出た片手の人差し指を口に当たりながら言う。
表情の変化からわかったことだし、クリスティーナ様も言いたくない様子だから、私はあっさりと追及することを諦める。
クリスティーナ様は顔を前に向き、誰かを探しているように視線を色んな方向に投じる。ちょっとした時間を過ぎると、彼女の目が光った。そして、私の隣から数歩先へ飛び出す。
彼女が向かう方向を見ると、隊長の姿があった。
「ジュン、遅い!」
「すみません、イワンさんとの打ち合わせが少し伸びましたので」
「また?まぁ、これ持って」
ドンっと、クリスティーナ様はパンの袋を隊長に押し付ける。
普通に隊長を責めているような顔だが、さっきまでの寂しさは全く消えている。
彼女の表情、隊長を見ている時の目、ちょっとした仕草、あの日のカリウスと同じだ。どう隠そうとしていても、微かに出てしまう感情。
なるほど、そうなんだ。
クリスティーナ様は、隊長が好きなんだ。
驚くほどに驚きを感じてない。
今まで理解に苦しんだすべてのこと―例えば二人は明らかに主と護衛の関係を越えていること―に説明がつくから、自然と受け入れた。
私はこの時でようやく気付く、クリスティーナ様の寂しさの正体と、あの日私に投じた不快な視線の本当の意味。
クリスティーナ様は思ってたと違って、意外と独占欲が強い人かもしれない。
我が国の王女様、好きな人と一緒いないと寂しくなる。好きな人と一緒にいると、王女じゃなく普通の女の子に戻る。なんで可愛い子だ。
けど彼女にとっては、これは実らない恋だろう。だから隠そうとしている。
隊長はどう思っているかまだわからないが、仮に同じ気持ちであっても、二人を隔てるものがあんまりにも多すぎる。
好きな人がすぐ傍にいるのに、届きそうに届かないのは一番辛い。一瞬クリスティーナ様が可哀そうと思った。
「シムスさん、行きましょう!」
クリスティーナ様元気な呼び声が耳に入って、私を自分の思考から現実に連れ戻す。
色々考えている時、クリスティーナ様と隊長はもう話を済んで出発しようとしている。
「あっ、はい!」
あとは干し肉と私用品を買わないといけないので、二人とまたウルムを回り始める。
当事者ではないから、私がいくら考えても意味はない。
こっそりと心の中で二人の今後を見守ることにした。
◇◇◇
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