第18話

「カルバンさん、出発して大丈夫です」


 シムスが大声で前にいるカルバン達に合図をする。6人5匹1馬車の小隊がまた動き出す。

 なるべく腕の中の人を変に意識しないように、真っすぐ前を見ながら進んでいく。


「姫様はもっと近寄り難い方だと思っていました」

「そうなの?」

「こう、普段私たちの前に現れる時はいつもお淑やかなお姫様ですが、距離もおかれている感じでしたので」


 姫様と並列に移動することになり、シムスは割と活発に姫様に話を掛ける。姫様と同じ馬に乗っている時点、二人の会話はついつい耳に入って来る。

 シムスは私の小隊歴長くないから、今日までは本当の姫様を知らないかも。


 実際、私が騎士団に入る理由も、騎士団に私が隊長を務める小隊が誕生する理由も、全部姫様にある。昔彼女に付き合わされて、何回か二人でこっそり王都近辺村に行って、魔物狩りしていた。それが陛下と団長にバレてしまい、すごい怒られた。

 そのことをきっかけに、私が騎士団に入った。通常の魔物討伐任務を行っていると、姫様の傍にいる時間が減って、一緒に城下町へ行けなかったり、魔物討伐もいけなくなったりして、彼女の不満を買ってしまった。


 姫様が魔物討伐もやりたいと陛下に訴えたら、折衷案として騎士団に姫様ための小隊を立ち上げた。国王直属部隊みたいに少数精鋭制のため、他の小隊ほど人数多くはない。普段は他の小隊と共同作戦がメインとなるが、彼女の都合が合う時は小隊に入ってもらって一緒に魔物討伐する。

 面倒見れやすい理由で、私が隊長に任命された。


 普段みている分だけなら、姫様は本当にシムスの言うように、お淑やかで『お姫様』って感じ。だけど、私の小隊メンバーならみんな知っている、彼女はそれだけではない。


 近寄り難いどころか、誰にでも優しく隔てなく接したり、いつもノリよくみんなの話に乗ったり、時に姫様らしからぬ豪快な一面を見せたりする。戦う時は普段と違って、強くて冷静な人に変貌する。最初隊員たちは彼女の高貴な身分の関係で、すごく丁寧にしていたけど、本当の彼女を知ってからは普通に接するようになっていた。


「昔から王族としてそう振舞うように教育受けて、染みついた。距離を取るようにしたから、そう感じてしまうかもしれない」


 前に座っているから、どういう顔がわからないが、話している内容と違って、声がとても楽しそう。

 姫様は王族としての誇りを持っているので、子供の頃から色んな習い事をさせられても、文句ひとつも言ったことがない。むしろ楽しんでやっていた。そんな彼女を見ていたら、私も当時一緒に学ばせていたことを頑張って身に着けようとしていた。彼女はこういう積極的な影響を人に与える不思議なところがある。


「そうなんですね」

「本当は堅苦しいのは嫌いなので。だから、シムスさんも姫様ではなく、名前で呼んでもらえると嬉しい」

 姫様は顔を完全にシムスへ向け、続きを言う。


「それに、人の前で姫様と呼んだらせっかくのお忍びがバレてしまうし」

「では、クリスティーナ様と呼ばせてください」

「ありがとう!」


 シムスはすんなりと姫様の要望を呑んだので、姫様はさっきより高い声でシムスに感謝を示す。

 この適応力、セシル以上かもしれない。


「この人には散々言ったのに、呼んでくれない」

 私がシムスの適応力に感心している時、姫様は愚痴を言いながらも私に寄りかかって来る。私を背もたれにして、顔を変な角度に上げて、前から私を見ようとしている。

 距離がさらに近くなった。


 困った。

 長年の呼び名なんで、そう簡単に変えられるものではない。私の中でも、『姫様』と呼ばないと、自分が引いた線が保てなくなり、何かが変わるとも思っている。変化を嫌がる私は、それをしたくない。


 実は王都から出発して以来、他人の前で彼女を呼んだことがない。呼ぶことを避けている。

 でも彼女の言う通り、万が一呼んでしまったら、色々が台無しになり、面倒くさいことにもなりそう。


「ほかの人の前では呼び方変えますよ」

 一応彼女の要望には協力する意思を示す。ただ、条件は限定する。


「普段から呼ばないと、いざという時はボロ出るじゃない?」

「それは、おっしゃる通りですが…」


 正論すぎて、全く言い返せない。それでも、これは譲りたくない謎の固執をする。

 姫様は顔を正面へ戻し、頭を私の肩から離して、またシムスの方向に顔を向ける。


「ほら、いつもこれだから」

 不満気にシムスへ愚痴をこぼす。


「ふふふっ」

 シムスは片手を手綱から離して、口を塞ぎながらも笑いだす。そして、私になにやら意味ありげな視線を浴びせて来る。


「前にセシルさんが言った言葉の意味がわかりました。やはり面白いです」

「セシルさんは何を言った?」

「クリスティーナ様はとても愉快なお方のことです」

「あぁ、セシルさん。人のことを愉快と言うなんで、帰ったらタニアに言いつけてやる!」


 馬車の前にいるセシルはもちろん私たちの会話内容なんで聞こえない。言ってもいない言葉のせいで、帰ったらタニアに咎めらそうになる。お気の毒だと思うが、その光景みてみたい気持ちもある。

 私もここの二人の小悪魔ぷりに伝染されたかも。


「今日は本当にクリスティーナ様にお話しできてよかったです。私が知らないお二人を知って、嬉しいです」

「二人?ジュンのことも?」

「そうですね。色々と」


「へい、そうなんだ〜」

 姫様が何か別のことを思っている時の口癖。


 腕の中の彼女はすこしだけ動いた。でも私に寄りかかっているまま、離そうとしない。

 シムスもずっと私たちから視線を外そうとしない。とても興味津々に見ている。


 今まで他人のこういう視線を意識したことがないが、気にしだすと、とても気恥ずかしさを感じる。

 姫様も姫様で、距離を取っていると言いながら、私との距離はあんまりにも近すぎた。今思えば、去年あのことの後、彼女はよくこんな感じと距離感で私に接することになっている。

 表面は平然と振舞っているが、心の鼓動は嘘をつかない。私はこの距離感には慣れない。


「去年秋くらいジュンの小隊に転属されたと聞いたから、もう大分知ったと思ったよ。だって、さっきすごく楽しそうにジュンと話したじゃない」

「それは…」


 シムスは何かを思い出せたように、一瞬言葉を詰まらせた。顔を下に向け、馬を見ながら口を開ける。

「恥ずかしながら、さっきは初めてジュンさんと二人で色々と話したのです」


 言われてみれば、私生活の話はもちろん初めてだけど、シムスと二人で話すのも本当に初めてな気がする。転属してから、私が中毒と怪我したこともあり、数少ない仕事の時以外、他の隊員ほどシムスと交流したことがない。

 隊長失格だ。

 謝って済む話ではないが、とりあえずお詫びをしないと、姫様とシムスの会話に割り込む。


「私が色々行き届かなくてすみません」

「そんな、ジュンさんが謝ることではないです!私はそういう意味で言ってるわけではないです」

 私の謝りにシムスが慌て出す。その表情はお世辞とか嘘には見えない。


「ジュンはこれからいっぱい話せてあげればいいじゃない?」

 前から姫様軽快な言葉が飛び出す。シムスもなぜかそれにつれてほっと一息をついた。

 二人の間は何か私が知らないことが起きている。気になるけど、今は返答が優先だ。


「そうさせてください」

「ありがとうございます」

 シムスは感謝の意を述べ、久しぶりに視線を前を向く。


 会話が途切れて、しばらく時間を経つと、姫様は再びシムスに話を掛ける。


「シムスさん、明日シムスさんの馬に乗っていい?」

「えぇ?私と一緒にですか?」

「うん」

 姫様のこの発想に、さすがにシムスも困惑するような表情になった。


「姫様、あんまりシムスさんを困らせないてください」

「私でよければ、ご一緒させてください」


 困惑しながらも、シムスはのり気みたいだ。

 本人も大丈夫であれば、私からどうこう言う筋もなくなり、また姫様とシムスの会話を聞くようにした。


 翌日、私が馬車の馭者当番と知った姫様は、ずっと私の隣に座り続けて、結局シムスと一緒に馬乗ることはなかった。

 その後も、予定通りカルデンで物資を補充して、さらに五日間の移動を経て無事ウルムへ着いた。

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