第五話 「つい」抱きしめられた

第14話

 姫様とアルフリート様の試合の数日後、今後についての話をしようと、また姫様、団長と一緒に陛下の執務室に呼ばれた。


 陛下はもちろん約束を守るお方。

 姫様が試合に勝ったので、これからは姫様の思うように例の三か所を巡って旅をする。

 今回はまず調査実績のあるグラウべ山へ行って、レーベンの森とハルモの湖はその結果によって改めて計画を立つことになっている。

 ただ、行く当てに、いつくかの条件が設けられている。

 条件と言っても、当たり前なことばっかりだが、姫様には必要な枷だ。


 まず、この旅に危険が伴う可能性が大きい。

 お忍びと言っても、姫様を単騎で回させるなんで誰も思っていないから、当然護衛を付けること。でも彼女の場合、護衛というよりは、一緒に旅をしながら戦う人の方が正しいかもしれない。


 護衛の人選に関して、陛下直属部隊から1名、騎士団から4名。

 陛下直属部隊からの1名は、前回グラウべ山の調査にも行った人であり、案内人の役割も担うみたい。

 騎士団からの4名は、姫様の意向を考慮して、団長が人選を決める。


 しかしその4名のうち一名、すでに陛下のご意向で私を指名した。それは私がまた直々に呼ばれる理由である。

 先日のことを踏まえると、こうなるのはもう当たり前のようだ。元々陛下が私を姫様の代わりに行かせてほしいから、護衛としてついて行くのも色々対応しやすい。それに、私も長年護衛を務めているプライドがある。姫様を他の人に任せるなんで、想像するだけで嫌な気分になるから、心より陛下の決定に感謝する。


 残りの3名に関して、姫様は特に要望がないので、団長意思で選ぶようになった。

 戦力として、強いければ強いほどはいいのだが、騎士団のことを考えると、そうもいかない。私が抜けたことによって、騎士団の隊長はしばらく一人居なくなることになる。騎士団最近魔物討伐だけではなく、王都警備にも人員を振り分けているから、その機能と戦力を保たないといけない。

 とはいえ、姫様の護衛も合計5名しかなく、ある程度の実力がないと務まらない、逆に足手まといになる。これらの条件から人を選ぶのは、すこし難しい。

 いっそのこと、私の小隊から3人をこっちに回して、他の人を別の小隊に一時的にばら撒くのも全然ありだと思う。それなら、騎士団も色々やりやすいと思う。


「団長、私の小隊からセシル、カルバンとシムスはどうでしょうか?」

 先手を打つ。とりあえず今回の旅に合いそうな人を言ってみれば、案外通ってくれると期待を寄せる。


「おや、身内優先かね?」

 団長は乗り気の表情をしている。


 この3人を推薦するのは適当で言ってるわけではない、私なりに理由がある。

 セシルは私が騎士団に所属して以来の戦友。彼は強い。戦力としては申し分がないし、何回か姫様と一緒に王都近辺の魔物討伐にも行っている。性格もとても明るく、すぐ誰とも仲良くなるから、見知らぬ場所での交流人役にも適任すると思う。


 カルバンはセシルと逆に、静かな男。彼は守りに長けている。陛下直属部隊の人はどうのような人はまだ知らない以上、小隊のバランスを考えると、カルバンのような役割の人は必須。


 シムスは二か月前私の小隊に転属したばっかりの女性騎士。気配り上手で、物事をはっきる言う人。魔物討伐の時も、常に回りの人の状況を確認しつつ、適時にカバーしに行ったりする。戦闘面はセシルとカルバンほどではないが、決して弱くはない。


「確かに私の隊員ではありますが、適任だと思います」

 団長に理由を言わずとも、彼ならわかると思う。詳細までは把握できないが、団員個々の特徴はざっくりわかっているからだ。

 短い思考のあと、団長は心を決めた。


「この3人にしよう。君も暫く留守になるから、残りの隊員は他の小隊に一時転属させる」

「承知しました」

 団長も私と同じことを思っている。他の隊員にはちょっと申し訳ないが、しばらく別の小隊でさらなる経験を積んでくれれば。


「では陛下、クリス様、騎士団からはジュン、セシル、カルバンとシムス4名です」

「わかった。次に進もう」


 2番目の条件は、勝手なことはしない、定期的に報告すること。

 これ普通は言うまでもないかもしれないことだが、姫様はお忍びで魔物討伐に行ったり、変装して城下町へ遊んだりして、帰っても陛下に何も報告しない無数回の前科がある。娘の心配をする陛下は、念のため条件に入れた思う。そして、直属部隊の人も多分監視役兼ねてではないかとも思っている。

 定期報告するのはいいだが、姫様が勝手なことはしない…は保証できない。彼女はきっと何か理由を付けて押して通すに違いない。

 不安だ。


 最後は、必ず王都へ戻って来ること。

 これは2番目の条件と紐づいている。グラウべ山で何か発見して、すぐにでもレーベンの森やハルモの湖行くだとしても、必ず一回王都に戻って計画を立ててから行くこと。よく計画が変化に追いつかないとも言うのだが、計画があった方が物事を進めやすいのも事実。

 そして、陛下のこの条件は、姫様に命を大事にすることの意味も込めている。先日姫様との言い争いは、きっと陛下によくない予感を植え付けてしまった。


「以上だ。必要の物は整理して、クリスの名前で対応部署に出せばよい。ルートヴィヒは事前に話を通してくれた」

「ありがとうございます。父上」


 今回の話はそう長くはなかった。

 陛下はもっと色々姫様に話そうと思っていたが、必ず王都へ戻ってくることを再三注意したくらいで、他のことは一切触れていなかった。


「今回クリスがもっと国のことを知りたいお忍び旅行という名目だから、真の目的はここだけの話」

「承知しました」


 団長が陛下の補足に了承の意思を返し、私に「セシルたちにも言うな」の目線をくれた。


 セシルと仲がいいからって、陛下が出した緘口令を破るほど私は馬鹿ではない。たまに団長ご自分の脳筋思考回路を私に嵌めるのをやめていただきたい。


「ジュンだけ残して。クリスとヴォルフラムはもう帰ってよい」

「わかりました」

「私一緒に残るのはダメですか?」


 私だけを残して話す話は、あれに違いない。

 そんなことは姫様に知られたら許すはずがないから、陛下はもちろん彼女をこの場に残すわけがない。


「もう帰ってよいと言っただろう、クリス」

 案の定、姫様がこの場に残したい願いは叶えることはない。にしても、陛下が姫様に話す時の声は、いつもの優しい感じはなく、冷酷感ですら感じてしまう冷たさがある。娘の性格をわかっているから、わざと感情を変えて話しただろう。


 無理だとわかり、姫様は団長と一緒に陛下の執務室から出た。


 お二人の足音が聞こえなくなることを確認して、陛下が口を開ける。


「君をこの場に残す理由は、わかっているよね」

「はい」

 やはりあの事の再確認。


「あの時君がここで誓ったことを忘れるな。君の赤い目のことを含めて、それは君をクリスの傍に置く唯一の理由だから」

「はい、承知しております」

「君のことだから、疑う必要はなさそうだがな」


 あの時陛下すごい威圧感のあるの目と違って、今の陛下の目は、ただ愛娘を他人にしか任せられない悔しさと心配の感情が溢れる父の目だ。


「話は以上だ」

「では、失礼いたします」


 会話らしき会話をしていないが、今回姫様の件で、陛下と私の間では遠い昔からのある約束を再確認した。

 短いやりとりで話を済み、私も陛下の執務室から出た。


 夕食を騎士団の食堂で取って、軽く王城で散歩したら、大人しく自室に戻った。

 ここ二三日、神経がちぎれそうな痛みはもうほとんどなくなって、毒はもう抜けたと思う。腕の外傷痛だけが残っているが、大したことないので、そろそろ鍛錬を再開して、姫様と旅出る前に体のきれを取り戻さないと。


 机の前に座って、早速明日からの訓練表を作り始める。

 まずは体力、走り込みは必要不可欠。そして力、重りあげも取り入れよう。あとは右腕まだ治ってないから、これを機に左手でもっと剣を扱いようにすると…欲張りで色々考え出したら、訓練表の項目がどんどん増えていく。羅列した項目を体の負担を考慮しながら、日にちごとに組み合わせする作業も楽しくて、つい時間を忘れるくらい没頭してしまう。


 訓練計画を立てたら、もう寝る時間になっている。

 満足気に紙に書いた計画を見て、明日以降の練習内容を脳内に事前演習しながら、私はベッドに潜り込む。


「ジュン、まだ起きている?」


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