第13話
勝敗が決まった。
「うおおおおおー」
「姫様すごいです!!!!」
訓練場は一瞬の静まりからすごい歓声になる。騎士団団員だけではなく、数少ない軍らしい人からも歓声があがっている。
アルフリート様中盤は絶対的な優位に立っているけれど、最後は姫様の仕掛けにまんまと引っ掛かり、そこから生まれた焦りが負けにそのまま反映した。これは多分普段戦う「相手」の違いから出る差かもしれない。
姫様は私の剣を鞘に入れ、悔しそうに剣を地面から抜き出しているアルフリート様の元へゆっくり近づく。
向こう側、陛下と団長も観戦の場所から真ん中へ移動しに行く。
「よい試合だった」
「ありがとうございました」
陛下からの労う言葉に対し、姫様とアルフリート様はまた同時に礼をする。
一礼の後、お二人は頭を上げ、お互いを見て思わず笑みがこぼれた。さっき緊張感が溢れた戦いは嘘のような、清々しい笑顔だ。
「いやーーやられたな」
「だから何回も言ったじゃないですか、アル様。大振りは多用しないこと」
「今はもう痛いほどわかったよ、ヴォルフラム団長」
「それなら大変よろしいです」
笑いながらも悔しい言葉を口にしたアルフリート様に対し、団長は相変わらず厳しい指摘を出す。
陛下はため息をつき、少し残念そうな表情で二人の会話を聞いている。
姫様が勝ったことにより、これから彼女は危険かもしれない地を巡ることになる。陛下が望んでいないことは遂に現実になる。
「クリス、これからの話について、ちょっとだけ時間ください。考えたいことがある」
「父上…わかりました」
陛下が姫様に話したあと、静かに一人で訓練場から去っていく。
「剣、ありがとう」
陛下の動向を注意払っている間、姫様が目の前に立っていた。先ほどアルフリート様へ最後の仕掛けのように、本当にいつの間にか私に接近した。
右手は剣を握りながら、私に差し伸べている。剣を返そうとしている。
「あっ、はい」
姫様は剣を返すだけなのに、なんで私はこんなにも戸惑うだろう。
とりあえず両手で剣を受け取り、腰に下ろす。
きっと彼女の優しい微笑みと何かを期待している眼差しのせいだ。
「とてもいい戦いでした」
何を期待しているかはわからないが、まずは心から思っていることを伝える。
姫様の目が三日月になって、笑顔がさっきより大きくなっている。
彼女が「あ…」と口にした瞬間、私たちの回りにいる騎士団員たちは囲んできて、一斉に口々に話を掛け始める。
「クリスティーナ様、本当にすごい戦いでした!一時どうなるかと思いました!」
「どうやってアルフリート様の連続攻撃をあんなに軽々しく避けられるでしょうか?!」
「……」
騎士団員たちは先を争うように姫様に称賛と質問をして、段々彼女と私を隔てるようになり、やがて人の壁ができた。
姫様は元々騎士団で人気が高い。
今日は絶体絶命なピンチから華麗に逆転勝利もしたから、盛り上がりは普段の数倍ある。微笑ましい光景だ。
私はちょっと下がって、彼女と団員たちの歓談を見守ることにした。
「話してあげないのか?」
後ろからタニアの声が近づけてくる。姫様の様子を見に来た。
話してあげたいことならさっきもう言ったから、もういい。正直にタニアに返答する。
「もう大丈夫です」
「あたなね…」
「なんですか?」
どうしようもないのような口ぶりに、思わず理由を求めたくなる。
「なんでもない」
最近タニアはたまにこういう意味不明なやりとりをしてくれる。
人の思うことを読み取るのは得意ではないから、もっとはっきり言って欲しい。けど、タニアはいつも言葉を濁すし、私の質問に対してもいつも回答してくれない。
まぁ、話したくないなら深追いしないのは私の信条だから、タニアが私に分かってほしいこと直接言わなければもう放っておく。
「そうだ、聞きたいことがあります。夕食一緒にしませんか?」
昨日からずっと気になっていた別のことを思い出し、丁度タニア多分知っているから、聞いてみたい。
「クリス様に関係あること?」
「そうですね」
「なら私ではなく、直接クリス様に聞いてくだい」
タニアが明らかにちょっと不機嫌な感じに変わっている。
姫様の専属メイドとしては、姫様に関わることならなんでも知っていそうな彼女だから、聞いてみようと思っただけ。一緒に育った姉のような存在だけど、やはり機嫌を損なうようなマネはしたくない。やめておこう。
それに、タニアの言う通り、姫様に関わることなら彼女に聞くのは筋違いかもしれない。でも、こればっかりは姫様に聞きづらいと思っている。
「すみません」
「ジュンは最近私に謝ってばっかりだね」
確かに。数日前ここで思い切り説教されていた。返す言葉もなかったくらい…
「それは全般的私が悪いからです」
「わかればよろしい」
不機嫌な表情は彼女の顔から去り、いつも通りのタニアに戻った。
別に顔色をうかがいながら付き合う必要の相手ではないが、ちょっとほっとした。
「では普通に一緒に夕食しませんか?」
いつものように騎士団の食堂で夕食すませるのもいいけど、今日きっと姫様とアルフリート様の対戦話で盛り上がって食事がままにならないから、なんかそこで食べたくはない。
「くどいね」
「今日は久しぶりにタニアと喋りたい気分ですから」
ちょっとお茶目に返す。
「わかったよ。では、クリス様の夕食の後」
「ありがとうございます」
タニアと一緒に夕食する約束を得って、私はこの後部屋にたまっていた書物を書庫に返し、そのまま書庫で時間を潰そうと思う。
ここ最近は怪我と中毒のせいで、体動かすことをあんまりできないから、タニアに頼んで書庫から欲しい本と資料を部屋に持って行き、自室で本を読んだり、調べものしていた。もちろんタニアの監視下で。
それで部屋に何冊か読み終わったものがあって、早く書庫に返したい。
そうと決めたら、早速訓練場から出よう。
一応姫様にここから出るの挨拶もした方がいいと、私は「すみません」を言いながら、何人かの騎士団員の間を突き抜けていく。
「あっ…!」
姫様が見える位置に到着した途端、目と目が合った。そして目に映るのは彼女のほっとした顔だった。
相当困っていたようで、すぐ私の元へ来て、「助けてー」の目線を送り続ける。
「みなさん、すみません。姫様も疲れたので、今日はここら辺で解散としましょう」
さきまでとても緊張のある対戦をしたから、姫様の顔から確かに疲れを見える。団員たちはまだ姫様と千載一遇の熱烈交流をしたいだが、あの疲れた顔をみたら、すこし申し訳ない空気が漂い始めた。みんなは姫様に謝って、すんなりとその場から去っていく。
助けに来たわけではないが、結果としては彼女を騎士団員の囲みから救うことになった。
「助かったよ」
苦笑いして、小声で私に礼を言う。
「大変だったみたいですね」
「ジュンが突然いなくなって、すごく焦ったよ。この騎士団員大群をどうすれば…」
眉間にしわが寄って、眉毛も下がって、苦笑いから困る顔に変わっている。姫様にしてはちょっとレアな表情なので、思わずじっと見つめる。普段も可愛い表情を見せてくれるが、これはいつもと違う可愛さと思った。
「団員の大半は滅多に姫様と交流できないから、すこしはしゃいだかもしれません。ここは許していただけると」
「許すも何も、私は結構楽しかったよ」
今度は困る顔から笑顔になった。ちょっと眩しく感じてしまう、いつもの暖かい笑顔。
「楽しいで何よりです。姫様これからは部屋にお戻りになりますか?」
「そうね」
「では送りいたしますか」
「ううん、タニアと一緒に帰る。ジュンも早く帰って休んで」
護衛の責務を果たそうとしているが、護衛の相手に断られた。
姫様はまだ私の体調を心配しているようだ。今日まだ他のやりたいこともあるから、ここは彼女の心遣いをありがたく頂戴しよう。
「わかりました。ではお先に失礼します」
姫様とタニアを後にして、私は訓練場から出て自室に向かう。
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