第12話

「相手がクリスだって、手抜きするつもりはないぞ」

「望むところ、兄上」


 アルフリート様は率先に剣を抜いた。

 彼の剣は騎士団用の剣より剣身が長い、そして身幅も少し広い。姫様の体格なら両手で持たないといけないが、アルフリート様は片手でも両手でも使いこなせる。


 私は一回団長命令でアルフリート様と剣の練習したことがある。練習と言っても、もうほぼ実戦のようなもの。その剣から振り落とす斬撃はとても重く、怪力と言われている私でも、受けるに相当な力を使わせていた。

 躱しきれないと大けがになり兼ねない、下手したら命の危険まで及ぶ。

 その重みをわかっているからこそ、姫様の対処仕方が気になって仕方がない。

 今日は私の剣を使っているだし、慣れない長さでどうやって戦うのか、彼女の身の安全を心配しながらも楽しみにしている自分にちょっとだけ嫌悪感を覚える。


「ヒュッ!」

 姫様が剣を抜いた途端、アルフリート様が大股で数歩前進して、あっという間に姫様を彼の攻撃範囲内した。

 両手で握った剣を頭上から振り落とし、剣身が空気を斬り裂く音もはっきり聞こえる。


「バーーン!」

 しかし、その剣は姫様と彼女の剣にあたることもなく、訓練場の地面に叩きつけた。土の地面に穴ができた。

 同じく団長の教え子だからか、姫様はアルフリート様の動きを見切った。彼が距離を詰めに来る間、すでに躱すための動きを準備していた。

 剣が振り落とされる瞬間、素早く左にステップしてその攻撃から躱した。


「挨拶代わりだが、さすがクリス、躱すの早いな」

「兄上こそ、どんだけこの大振り好きなの」

「これは男のロマンだ!」


 ロマンと言いながらも、アルフリート様は両手から片手に剣を握り変え、そのまま剣身を斜め上に振り、横切るような攻撃を姫様に仕掛ける。

 後ろにステップ。姫様は先ほどと同じ、自分の速さを活かして、軽々と攻撃を躱す。

 躱されるのなら攻撃し続ければいいというシンプルの思考か、アルフリート様は方向を変えながら攻撃を繰り返す。

 盾を持たないから、片手から出す攻撃の速度は決して遅くはない。

 それでも、姫様は全部アルフリート様の攻撃方向に合わせ、逆の方向にステップなりジャンプなりして、剣を交えることを避け、躱していく。


「姫様どういう反射神経にしてるの?!」

 隣のセシルが彼女の動きを見て、信じられない口調で疑問をこぼす。

 確かに彼女が躱す速さは異常だ。自分に振り向く剣の方向を見てから躱し、その同時に次ぎの剣の方向も確認するという動きの繰り返しは、なかなかできないもの。多分、ある程度アルフリート様動きの癖も読んでいるだろう。


 十数回の攻防、いや、攻避戦を繰り返したら、アルフリート様の顔にイライラ感が出始めた。

 相手が自分の攻撃範囲内なのに、たくみの躱しのせいで、全力で振る剣は全く当たらない。誰しも不愉快になると思う。


「躱すだけじゃ、戦いにならないんだよ、クリス!」

 アルフリート様はその不快感を口にする。そして、攻撃することを辞め、一歩後ろに下がり、また剣の握りを片手から両手に変える。

 剣を体の真正面に構え、姫様の動きを伺う様子。


「力で私をねじ伏せたいと見受けられる構えだね。でも当たらないと意味もないよ、兄上」

 姫様は剣を握り、一歩後退してアルフリート様を挑発する。

 攻撃こそ最高の防衛を信条とする姫様にしては、ここまでの戦いは彼女の戦闘哲学に反している。まして、戦闘中に相手を挑発するような発言するなんで、性に合わないことをしている。


 そんな姫様の挑発に乗ったかのように、アルフリート様は右足を一歩後ろに下がり、真正面に構えた剣も右の斜めに下ろした。

 力いっぱいに地面を踏み、その反発力を利用して、アルフリート様は姫様に向かって飛び出す。

 姫様を捉えた瞬間、躱せるなら躱してみろな勢いで、淡々とその両手で握った剣から重い大振り攻撃を繰り出す。体幹が全くブレず、軸足も交代しながら、片手の時と同じ、姫様のあらゆる方向に斬撃を与え続ける。


 さっきの攻撃の重さと速さとは段違いだ。

 さすがに姫様もその速度に対し余裕がなくなり、躱す動きが遅れ始めている。


「カッキーーン」

 今日初めて聞く金属同士が当たる音。姫様は剣を左に構え、アルフリート様からの攻撃を受け止めた。しかしその一撃の力が強いせいで、彼女は弾かれて、二歩も後ろに下がらせた。


「相変わらずの馬鹿力だね」

 ずっと攻撃を躱していた姫様は、その蓄積した疲労と重い一撃を受けたせいで、すこし息があがっている。


「その剣の持ち主には勝ってないけどね」

 アルフリート様は姫様手元の剣に目線を移し、悔しそうに言う。

 それは私のことを指しているか?

 いやいや、あの一回の練習で私はどれくらい苦労したか、アルフリート様も感じただろう。力比べなら、勝てそうにないな気がする。


 姫様に息を整う時間も与えず、アルフリート様はまた高速の斬撃を振り出す。

 躱す、躱すきれないなら剣で受け止めるか受け流すか。これは我々がみている姫様の戦いだ。

 最初こそ彼女が余裕を見せ、互角になりそうな雰囲気だが、今はあんまりにも一辺倒の状況になっている。

 いつまでも躱して受けるばっかりでは、そのうち私の剣すら折れることになる。


「危ないっ!!!」

 アルフリート様の斬撃を受け流そうとしたとき、姫様の手が一瞬ブレた。

「シャリーン」とした剣が擦れる音と共に、受けきれなかった横からの斬撃は彼女に当たりそうになる。

 間一髪のところ、姫様は体を反らし、つぶれた半円のような体勢でその斬撃から躱した。


 姫様の危険を察知して、思わず前のめりになってしまった私も、その見事の回避に感心した。

 しかし、その一瞬のブレ、どうみても使い慣れてない剣を使ったからのせいだ。

 だから、彼女に剣を貸してあげたく無かった。


「やはり性に合わない戦い方すべきじゃなかった」

 体の柔らかさに救われた姫様はすぐ数歩後ろに下がり、アルフリート様の攻撃範囲から離れて、一旦態勢を立て直す。

 さっきのアルフリート様と逆に、姫様は一歩前に足を踏んで、攻撃に体勢に入る。

 息を大きく吸い、姫様は弦を放れた矢のようにアルフリート様に向かって高速に接近する。


「速さなら、私の方が上だ!」

 姫様は攻撃を与えながらも、アルフリート様を中心に移動し続ける。お互いの身長差を逆に利用して、アルフリート様の胸以下の部位ばっかり狙う。剣の一振り一振りも、それほど力を込めてない。


 彼女が得意とした高速接近戦に持ち込もうとしている。

 アルフリート様の自分を中心に、その絶大な力で回りの敵に反撃のスキ与えない戦い方とは真逆で、姫様は敵を中心に自分の速さを活かして囲むような戦法。

 アルフリート様からすれば、今の姫様は攻撃したらすぐその場から離れて別の場所からまた攻撃してくる。言い方悪いが、うるさいハエのようだ。

 最初躱さればっかりの時より、アルフリート様のイライラ感が増している。


「カッ!!」

 姫様また横から腹部を刺すような攻撃を仕掛けて、アルフリート様はそれを撃ち返す。


 その後、姫様は横への移動と見せかけ、足をうまく回転して進行方向を変え、真っすぐにアルフリート様に突っ込む。

 アルフリート様がそれに気づき、剣を上げて縦に斬る構えて間もなく、姫様はもう彼の鼻先まで迫っていた。

 慌てて剣を振り落とす瞬間、姫様は身を沈めて、突進の速度を利用してアルフリート様の後ろにスライディングする。


「ブン!」

 アルフリート様の剣はまた空振りをして、地面に叩きつけた。力を込め過ぎたせいか、剣先が土に刺さった。

 姫様はアルフリート様の背後から立ち上がり、手元の剣をアルフリート様の首に当てる。


「そこまで!」

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