第四話 真剣勝負の姫様は強い
第11話
昼頃、私が訓練場に着いた時、姫様、タニアと団長はすでに訓練場の隅っこで何か話をしていた。
午後の手合わせまでまだ時間がある。
姫様は団長と話しながら、自分の動きと木剣の振り方をチェックしている。その真剣の表情からわかる、姫様は本気でアルフリート様に勝とうとしている。
邪魔になると思って、私は近づくことを辞め、彼女たちの向かい側に下がって、遠くから見守ることにした。
アルフリート様と姫様が手合わせすること、騎士団だけではなく、軍の方にも話題が広がっている。
王家兄妹の剣術対決なんで、この国の歴史を遡っても、多分ないだろう。
それに、誰の意向かわからないが、対決の現場は人払いをしない。見たいであれば見てもよい。だから騎士団の人も軍の人も、この対決を見たがる人は多い。
そして、アルフリート様は軍での人気が高い。
三年前、将軍様がお亡くなり、将軍の座は空くことになった。軍を統率する人がいなくなり、困っていた陛下たちは、アルフリート様を軍にいれた。将軍の座は空きのままだが、アルフリート様は実質陛下に次ぐ軍の最高指揮者になった。アルフリート様の武力、指揮才能とカリスマ性に惹かれ、彼を擁護する軍人は大勢にいる。
姫様側の人間としては、手合わせの場所が騎士団の訓練場でよかったと思う。少なくとも、ここなら姫様を応援する人は軍の方より多いな気がする。居心地のいい対戦場所で戦わせてほしい。
私が遠くで小さいステップをする姫様を見ている間、訓練場に観客がちょっとずつ増えている。
「ジュンさんはもちろんクリスティーナ様側でしょう?」
灰色な髪の団員が隣に来て、ちょっとチャラとした口調で私に話を掛けてくる。一応私の小隊の副隊長だが、彼―セシルはいつもこういう感じ。チャラく見えるかもしれないが、仕事はきちんとこなす有能な人間。私も堅いのはあんまり好きじゃないので、気軽に話せるのはありがたい。
「もちろん。セシルは?」
「俺はアルフリート様ですかね」
今まで何回か姫様と組んで、一緒に王都近辺の魔物討伐任務を行ったから、てっきりセシルも姫様を応援する人かと思った。
ちょっと驚いた。
「おや、なぜですか?」
「俺もクリスティーナ様と一緒に戦って、強いと思っているけど、アルフリート様と比べりゃ、クリスティーナ様に致命的な弱点がありますね」
その弱点、私も当然わかっている。
「単純な力ってことですね?」
「そうっす。アルフリート様が全力で一振りしたら、クリスティーナ様の力じゃ受けることも難しいじゃないっすかね」
セシルの言う通り。姫様とアルフリート様の体格差が大きい、そこから生まれるのは埋められない純粋な「力」の差。
姫様は強いとは言え、まだ16歳の女の子。
アルフリート様は28歳の成人男性、さらに身長も姫様より20センチくらい高い。日頃の鍛錬だって怠っていないし、実戦経験も豊富。
この「力」の差をどう埋めていくかは、姫様が勝利できるかどうかのカギになる。
「まぁ、姫様のことだから、きっと何か策があるでしょう」
セシルの考えを同意するような適当な言葉を返す。
「楽しみですね」
こうしてセシルと話しているうちに、さっきより人大分増え、いつもと違う賑やかさになっている。
アルフリート様もいつの間にか訓練場に入って、シャーツ一枚で軽く体を動かしている。
「陛下がお見えになりました!」
誰かの一声で、訓練場に居る人は入口に向かって膝をつく。
「けっこう」
陛下が入口から入り、訓練場の中央に向かって歩いて行く。別々の場所にいる姫様とアルフリート様も同じ方向に集合しに行く。
「アル、クリス、準備はもういいのか」
「はい、父上」
さすが仲のいい兄妹、異口同音に返事する。
「ならいい。ヴォルフラム、あとは任せた」
「承知しました」
団長が陛下から命を受けた時、姫様の目線は何かを確認したいかのように一瞬私の方に向いて、またすぐ団長たちに戻る。
「父上、お願いがあります」
「なんだい、クリス?」
「兄上との手合わせ、真剣でやらせてください」
姫様の一言で場を驚かせた。
まさか不利と思われている側が真剣勝負を持ち込んだとは、誰一人も想像しなかった。
「ただの手合わせだ、真剣でやる必要はない」
陛下は当然のように姫様のお願いを却下する。
姫様は身を少し前に移動し、まだ何かを言おうとした時、アルフリート様は手を伸ばして彼女の動きを止める。
「父上、私からもお願いします」
「なんでアルまで?」
「可愛い妹のお願いだから、兄として叶えてあげるのは当然なことです」
訓練場は割と緊張感があって、ピリピリしていたのに、アルフリート様の姫様溺愛発言のせいで、空気は一瞬で固まった。
「冗談はほどほどにしてください、アル様」
団長はこいつ救いようがないのような表情しながら、アルフリート様に言う。
「陛下、真剣で戦う方が実戦の様子がお分かりになるかと思いますので、姫様はこれからが遭うことを考えたら…」
「わかった。そうしよう」
ただの手合わせが真剣対決になり、訓練場の盛り上がりはさらに一段と上がった。
でも、この場で突然決めたことのようで、真剣勝負を希望した本人は今日自分の剣を持って来てない。
タニアに取ってもらうかと思ったら、タニアは自分の立ち位置から一歩も動いてない。
逆に姫様の方が動き出して、私の方に向かってくる。まさか…
「ジュン、剣を貸して貰える?」
彼女は私の目の前に立て、腰に付けている剣を指す。
そのまさかが的中した。
昼はいつもの習慣で剣を持って部屋から出ていた。さっき姫様は多分私が剣持っているかどうかを確認するため、一瞬私を見たかも。
「貸すのは構いませんが、このような対決でやはりご自分の剣の方が…」
「ジュンの剣を使いたい」
「でも…」
お互いの声しか聞こえないくらいの距離に詰められて、姫様はすこし複雑な表情で私に尋ねる。
「私に勝ってほしくない?」
なんだかすごいずるいタイミングでずるい質問が飛んできた。
勝ってほしいけど、かすかな勝ってほしくない矛盾な気持ちも確かにある。
私の剣は姫様自分の剣と同じ型とは言え、長さと重さは少し違う。真剣対決だし、こういう精確さが要求される対決では、ちょっとの違いで手元が狂いそう。万が一のことを考えると、彼女の剣を使って貰いたいのは本心である。
彼女は、私が勝ってほしくないから貸したくないに読み取られているみたい。
しかし、姫様は今日私の剣を使いたいという執着心があるようで、勝ってほしいなら貸すだけ。
「いいえ、そんなことは…」
顔は上がったまま、目線も変わらず真っ直ぐに私の目を見ている。その目に逆らえないのはわかっているのに。
軽くため息をつき、腰に付けている剣を外して、彼女に渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
剣を受け取った姫様は、さっきと違って、嬉しそうな表情に変わっている。やはり彼女が思っていること、たまにわからないな。
でも今そんなの気にしても仕方がない。素直に応援することにした。
「姫様、頑張ってください」
「うん!」
私の剣を持って、姫様は小走りに訓練場の真ん中に戻り、アルフリート様と面と向かって立つ。
「真剣を使用する実戦形式、怪我を負わない程度でお願いします。では、この銀貨が地面に落ちたら開始としよう」
団長は手元の銀貨を空に向かって投げ、その銀貨が地面に落ちる「ガシャーン」の音と共に、ベシュヴェーレン王国の王子と王女の対戦が始まった。
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