Side Khristina
第10話 大切な彼女
◇◇◇
「ではクリス様、おやすみなさい」
「うん、おやすみ、タニア。また明日」
「失礼いたします」
寝衣を出し、明日着る予定の服と物を準備してくれたら、タニアが部屋から出た。
髪はまだ完全に乾いていないが、私は寝衣に着替えてベッドに入った。
明日朝寝癖が酷いなら、絶対タニアにバレて、怒られる。そんなどうでもいいことを考えながら、私は目を閉じた。
夜も更けて、回りは静かさに包まれている。たまにしか聞こえないカラスの鳴き声は余計綺麗に響く。
今日はとても疲れて眠いはずなのに、目を閉じて寝ようとしても全く眠れず、色んなことを考え出してしまう―
彼女が私の目の前で倒れ、苦しそうに顔を歪めた時、彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
なぜ彼女は私の呼びに答えてくれないのか?
いつものように、「はい、姫様」と返事してくれないのか?
こんなことしか思い浮かばなかった。
彼女がそのあと私の腕の中で呼吸しなくなった時、私の世界から音が消え、自分の心臓の鼓動しか聞こえなくなった。
なぜ彼女は息をしていないんだ?
いつものように、ちょっと呆れた顔で私に微笑んでくれないのか?
こんなことしか頭を過ぎらなかった。
今まで彼女は何度も怪我することはあったけど、あんなのは初めてだった。
彼女を失う恐怖が私を襲った。
恐怖のあまり、兄上から「どうした?!」と聞かれるまで、何もできなかった。
兄上の処置で彼女を生き返らせたけど、そんな自分の無力さに腹が立った。
普段は彼女と、騎士団の人と一緒に戦っていて、自分は強いと思い込んだ。
彼女はあれだけのことをした後でも、私が危ないと感じたらすぐ駆けつけ、身を挺して私を守った。
私は守られるばっかり。
大切な人が危険になった時、自分は突っ立ってるだけで、何もできなかった。
私は自分の弱さを思い知らされた。
王家の一員として、大好きなこの国と民を守るため、彼女と一緒に戦うすべを身に着けたのに、脆い心は体の実力に追いついてなかった。
彼女の背中を預けられるほど強いと自認した私は馬鹿だった。
大事な人一人ですら守れない、救えない私が、どの口から国と民を守ると言えるのか。
自分をもっと強くしないと。
だから、父上からあの話を聞いた時、私はすごく嬉しかった。
国と民を守ることと直結する、私にしかできないことがある。それは私が王族として責任、誇りでもある。
でも父上は私の代わりに、同じことできるかどうかすらわからない彼女を行かせようとした。私と同じ色の目をしているから。
また彼女に守られる。そんなの嫌、もう二度とあの無力さを体験したくない。
私は自分がなすべきことを奪われそうになること、自分が決心したことが踏みにじられたことに対し、怒りを覚えた。
かつてないほど、父上と言い争った。
そして初めて、彼女を拒んだ。いい気分ではないが、それでも後悔はしていない。
いつまで経っても彼女に守られるばっかりのはもうごめんだから。
対等になりたい、守る側にもなりたい。
―そんなこんなを考えたら、すっかり眠る気がなくなった。
ベッドから起き上がり、冷たい空気を浴びようと、まずカーテンを開けた。
月明りは滝のように窓から流れ込み、部屋を照らした。
今夜は満月の夜だった。
ここ数日心配事とベルンハルト王子の事でいっぱいいっぱいになって、月相なんで気にする余裕すらなかった。
ベルンハルト王子の事…。
隣バルト国との縁談話、遅かれ早かれいつか来ると思っていたが、まさか今年祈神祭の来賓接待を口実にベルンハルト王子と会わせ、非正式に見合いすることになった。
あの日何事も発生しなかったら、うわべを飾って、うまく本心を隠しながら今回の見合いを乗り切る算段だった。
だが、彼女が生死の境を彷徨っている間、とても自分の気持ちを偽装して穏やかにベルンハルト王子に対応できる状態ではなかった。庭で話す時も、会食する時も、心ここにあらずの様子で、何度もベルンハルト王子から心配されていた。
彼はとても優しかった。顔もそれなりに格好良かったし、きっと女性の間では人気高いだろう。政略結婚のために、わざわざ我が国に来て私と見合いするなんで、律儀な者だ。
愛のない政略結婚はよく聞く話だが、それでも礼を尽くしてくれるベルンハルト王子にはとても申し訳ないと思っている。
なぜなら、私には大切な人がいる。
昔から私のわがままに呆れながらもついて来て、事後で一緒に怒られる人。
私よりすこし背が高い。
凛々しい顔立ちしているのに、笑うと私と同じ色の目が三日月のようになって、頬にえくぼができる可愛さもある。
サラサラとした黒い髪があるのに、面倒くさいという理由で最近タニアに切ってもらった。
私の隣で立てるように、人一倍に努力して、長年の鍛錬と戦いで鍛えられた剣術と操槍術を身体能力と合わせ、比類ない実戦能力を身に着けている。
いつからはもうわからない。気づいたら、ずっと彼女の姿を目で追うようになった。
さりげない優しさに、無邪気に笑ってくれることに、ちょっとした表情の変化に心が揺さぶられていた。
一緒に戦えることを嬉しく思った。
でも私は王家の人、こんな感情を表に出すわけにはいかない。
誰にも話せない、実ることもないこの思いは、何年も心に秘めていた。
子供の頃から彼女と私と一緒に育ち、知り合う時間が長いせいか、タニアは薄っすらと察していたようだ。
ベルンハルト王子とのお見合いの件、タニアは何も言わないと思ったが、それでもタニアに緘口令を出した。彼女に知られたくない、知られた時の反応は見たくも知りたくもない。なのに、父上との言い争いの中で、思わぬ形で彼女が知ることになった。
私は彼女の反応と表情を見る勇気すらなかった。
伝えられない気持ちはこれほど人を苦しめられるとは、知りたくもなかった。
「ジュン…」
思わず彼女の名前を口にした。
明日兄上との手合わせ、どんな手段を使っても絶対に勝つ。そうすれば、色んなことに転機を迎える。
私が王族として民を守る責任を果たせることも、彼女とまだまだ一緒に居られる機会も。
◇◇◇
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