第9話
赤い目。
それは、姫様の目と同じ。私のとも同じ。
「赤い目だからって…」
王妃様が何かを思い出したようで、両手で口を塞いて、急に緊張になった気持ちは落ち着くまで数秒掛かった。そして、声を震えながら陛下に言う。
「だからあの時、陛下の様子が変だったのですか…クリスがようやく目を開けてくれたのに、喜ぶところが、魂を失ったかのようになっていました。私はずっとそれを気にしていました」
「ごめんね、イルダ、君に言えなくて。私だけ背負っていればいいと思った」
陛下はゆっくりと王妃様の隣に歩いて行く。しゃがみながら自分の手を王妃様の手に重ねる。
陛下と王妃様の短い会話で執務室の空気がすこし重くなって、暫く無言が続く。詳細を知りたいところだが、誰も聞こうとしない。
赤い目、王家の秘密、そしてこの場に赤い目の王家の人がいる。
誰でもすぐわかる、これは姫様に関係がある。
私は姫様の後ろに立っているから、彼女今はどういう顔しているかはわからない。後ろ姿から何も感じない、至って普通に見える。陛下が赤い目の話を切り出した時も、彼女は微動だにしなかった。
彼女の様子が気になって、さりげなく後ろから右に移動し、隣で立つようにした。
「……」
左手の袖口が掴まれる。
顔は相変わらず見れないが、その仕草から彼女の不安を感じる。
どうすればいいかわからない。わかっていても、今はしてはいけないと思う。
彼女に袖口を掴まれたままにしておく。
無言時間の終わりを宣言するように、陛下は王妃様から離れ、元立っていた位置に戻る。
「魔物との大戦裏の真実以外、もう一件代々の王にしか言い伝えられてないことがある」
陛下の視線は姫様を向かう。今日の3度目だ。
だが、今回は一瞬ではなく、向かってからずっと離していない。
『王家に赤目の子が産まれたら、その子をハルモの湖、グラウべ山とレーベン森に行かせ。そうすれば我が国を魔物から守る力が強くなる』
そのまま受け取って、そして第二王子の件をあわせて考えると、姫様をあの三か所を行かせば、今までより魔物が弱まり、さらに数も減る。
国王直属部隊は時間を掛けてグラウべ山をひっくり返しても何も見つからなかったのに、王家の赤目の子が行けば何もないところから物が出てくるとでも言うのか。
理解が追い付かない。非現実的すぎて、私の知識と経験の範疇を超えている。
どういう仕組みで動くのを分からなくとも、これから発生しうることが頭に浮かんだ瞬間、思わず姫様の様子を確認した。
当事者は陛下に向かっていた視線を自分のひざ元に変え、その後は私の袖口から手を離した。
「私が即位して以来、ルートヴィヒとヴォルフラムに魔物発生状況を時間推移と共に整理して貰っている。ここ二十数年間、年単位で見ると、魔物の数はほぼ横ばい、増加が見られない」
「それなら、クリスを無理に向かわなくても…」
王妃様はすぐに反応する。
「そうもいかない。祈神祭の真っ最中、我々の前で魔物が突然現れた。その数日前辺境の町でも同じことが起きていた。関連性こそみてないが、もしかすると、かの大戦の時と違う前兆かもしれない。でもー」
話は一瞬止まった。陛下の目線は姫様から離し、私の方に移って来る。
「ここにもう一人赤い目の人がいる」
姫様を除き、みんなの視線が私に集中する。
私は姫様と同じ、赤い目である。この国では相当稀少な色みたい。
さっきからうすく感じていた。もしかすると私があの三か所に行けば、仕掛けが現れるかもしれない、そして魔物を抑える力を強くする方法も一緒に分かってしまうかもしれない。
概ねな場所しか分からず、やみくもに探すしかないし、みつけったら何が起こるかわからない。前回それを成し遂げた第二王子様は命を落とした。
こん危険なこと、姫様の代わりに行けるのなら、私は喜んで代わってあげたい。
彼女から貰った命と生きる権利だから、彼女のために使うのは当然なことだ。
「陛下、それは私が行っても…」
一言もまだ言い終わってないのに、「スッ!」と、姫様は席から立つ音が私の話を遮った。
まったく、感情が激しくなると席から立ち上がるのはここの偉い人達の本能なのか。
「父上、ジュンは王家の人ではありません。無関係な人に王家の責任を持たせていいのですか?」
隣から怒りの気配がする。
姫様はたまに小悪魔のようになるが、普段は基本笑顔絶やさず、穏やかな性格で、怒ること殆どない。
そんな彼女が怒った。私は思わず息を飲む。
「そもそも、王家の赤目の子とおっしゃっていましたのよね?それは私しかできないことではないですか?」
姫様の問いがとまらない。
「私はただ、君を危険にさらしたくないだけだ。ジュンもできるかもしれないから、試す価値はある」
陛下はため息をつく。
「父上は恥ずかしくないのですか?」
「恥ずかしい?」
「裏で戦った第二王子のことを隠して、あの大戦の功績を全部自分の物にしたガッラント王の子孫として、私は恥ずかしいです。そして怒りを感じます。民を守るのは王家の責任ではありませんか?私は民を魔物の危害から遠ざかることができるのなら、尚更自分でその責任を果たしたいと思っています」
先ほどの話に関して、姫様らしい捉え方をしている。
もちろんガッラント王のお掛けで魔物との大戦に勝利したこともあるが、第二王子がやったことを公にせず、功績を独り占めした。そんなガッラント王に対し、彼女は腹が立っている。
そして、やはり彼女は民を守りたい気持ちがとても強い人。
でも、私も彼女を未知が溢れる危険な場所に行かせてほしくない。
「姫様、とりあえず私を行かせて頂けないでしょうか」
「ジュンは黙って。今はあなたが出る幕じゃない」
姫様は振り返もせず、今まで聞いたことがない冷たい口調で私を拒んだ。
あったことがない状況、反応に困る。
黙ってと言われたので、何も言わないように大人しく下がる。
「クリス、誰がなんの理由ではわからないけど、祈神祭であなたの命を狙ったじゃないか」
「その話は今と何か関係ありますか?むしろ私は色んな場所に移動している方が狙われづらいではないですか?」
「それに、ベルンハルトとの縁談話も真っ最中だし…」
「父上、我が国がはこれから魔物の災害を起きるかもしれない時に、バルト国との縁談話を心配する場合ですか?」
陛下が理由らしくもない理由を言うたびに、姫様は鋭く言い返す。聞く感じでは、陛下の惨敗。
しかし、姫様とバルト国との縁談話は初耳だ。タニアからあれだけ噂話やら王都の警備話聞かされたのに、この件は一言も言ってない。
ベルンハルトって、訪問しに来たバルト国の第二王子、年は姫様より2歳上で18歳なはず。
もし姫様がバルト国に嫁いでいくことになったら、私は今まで通り彼女の傍に居られるのだろうか。
考えれば考えるほど、いやな気分になる。
私がこんなことを考えている間、陛下と姫様の論争は止まることなく、さらに熱くなっている。
姫様のやりたいことを止めようとしなかった陛下だが、今回ばっかり譲りたくないみたい。その気持ちは大変わかる、私も同じだから。
でも、あの姫様が決めたことだから、同じく譲る気はないと思う。
「陛下、クリス様、お話中大変すまないが、俺には一案あります」
誰もその論争に口出ししちゃいけない雰囲気の中、団長が割り込む。
白熱した口の戦いをした二人は共に言い争いを止め、事前打ち合わせしたかのように同時に団長に向かって問う。
「なんの案?」
「なんの案ですか、師匠?」
「陛下はクリス様の安全を心配している、危険の場に行かせたくないでしょう?クリス様は自分の責任を果たしたくて、あの三か所を巡りたいでしょう?それならクリス様は自分が強い、危険があっても対処できることを示せば、陛下の心配も減るし、クリス様もやりたいことをやれるではないですか?」
まさかの脳筋解決案。
団長らしいといえば団長らしいだが、脳筋すぎてつっこめない。
「強いことを示すですか?いいですね、師匠」
「我ながら名案だと思うね」
「具体的にはどう示すですかね?」
陛下の反応と意見を無視し、姫様は団長に方法を尋ねる。
「ジュンは無理だから…。うぅん、アル様と手合わせして、クリス様が勝ったら陛下も諦めるのはどう?」
「兄上と手合わせですか?いいですね!これで父上も文句ないでしょう?」
姫様は団長の案を大変よろしいとお考えのようで。
アルフリート様は強い、剣技ならこの国の五本指にも入れるくらい。確かにアルフリート様に勝てるのなら、陛下からも姫様の強さを認めざるを得ないでしょう。
「いいだろう。アル、頼めるかい?」
陛下は心の天秤に何かを掛けて計ったようで、団長の案を受け入れた。
「可愛い妹との手合わせか、いいでしょう」
「ありがとう、兄上!」
「では、明日午後、騎士団の練習場で行いましょう」
過去の話やら、魔物発生装置やら、それを抑えるのは赤目の人やら、姫様の縁談話やら…
この短時間で聞いた話があんまりも多く、消化不良になっているのに、最後はまさかのアルフリート様と姫様が手合わせになるなんで、喉に物つまりそう。
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