第6話

 団長とシムスの会話は一瞬で場の空気を変えた。


 騎士団は、軍と同じ上下関係厳しいと思われがちだが、ここの人達は団長のおかげで(?)斜め上に育ち、普段は上下隔てなく仲がいい。

 何せ魔物討伐に行ったら、お互いに自分の背中を預かる運命共同体だから。実力はもちろん、よい信頼関係も築く方がより良い戦いができる。


「ジュン、祈神祭での活躍聞いたぞ。俺たちが不在の中、よくやった」


 みんながまだ笑っている中、団長はその大きい手で私の頭をポンポン叩いて、褒め言葉をくれた。

 私にとって、団長は上司であり、師匠であり、父のような存在でもある。時に厳しく、時に優しく、奥さんと一緒に孤児の私に親のような愛情まで注いでくれる。


「ありがとうございます」

 私はタニアの前でずっと下げたままの頭を上げ、素直に団長の称賛をうける。


「自分の剣を姫様に投げて、近衛兵の槍を奪ってオオカミの魔物をやっつけたって?」

「はい…」

「戦場で自分の武器を他人に預けるなんで、こんなことを君に教えた覚えはないぞ」

「すみません。今後は絶対しません」

「死んだ自分に謝れるか?」


 団長はいつもこうやって私に色んなことを叩き込む。

 言葉は厳しいが、指摘はいつも適切だし、責める前にたまに褒めてくれるし、私はダメージを負うところか、逆に色々反省して燃えていく。


「まあいい。アル様か姫様に剣を持たせば、祭壇のことは任せられるし、それで君は魔物に集中できる打算だろう。」

「はい、団長の言う通りです」


「祭壇の上に衛兵を配置しちゃいけないしきたりはどうにかならんのかね」

 団長は私にしか聞こえないくらいの声で呟く。


 祭壇は神聖な場所。武装した人が勝手に入ったら女神様への不敬だと思われている。

 だから式典の時、普段帯剣しているアルフリート様は剣を持っていない。

 私を含め、武器を持った人はせいぜい両側階段の上が限界、祭壇に踏み入れるのは基本的に禁止されている。でもあの状況だし、剣を祭壇に投げたこと、きっと女神様が許してくれる。


「ご歓談中大変申し訳ございませんが」

 団長が登場して以来ずっと黙っているタニアが私たちの話に割り込む。


「おや、タニアさんどうした?」

「クリスティーナ様のご命令で、この人を部屋に連れ戻さないといけません」

「そうかそうか。だから君が強気でこいつを説教しているか。ガハハハッ」

 団長がまた豪快に笑い出す。そしてタニアに告げる。


「いいだろう。ジュンは毒を盛られたと聞いたし、君に返すわ」

「しかし団長、私はもう大丈夫です!早く復帰しないと…」

 さっき団長が私の気持ちを代弁してくれたのに、なぜ今になって私をここから追い出すのか。


「姫様の命令もあるし、タニアさんを困らせるな。今日はもう戻れ」

「しかしー」

「戻れって言っただろう!」

「わかりました…」

 団長が今日一番威厳のある声で私に命令をする。こうなったら、団長と交渉の余地もなくなる。

 私はしょんぼりした顔で団長に答えをし、タニアと一緒に戻ろうとした。


「毒に盛られと聞いて、アイナも俺もすごい心配しているんだ。今訓練してまた毒のめぐりをよくしたら大変だから、大人しく帰って」

 団長の元から通りかかる時、団長が私の腕を掴む、耳打ちをする。


 そうか、アイナさんも団長も私のことを心配している。胸に温かい気持ちが湧いてくる。

 確かに団長の言葉通り、医官も見たことの毒だし、どういう仕組みで私の体に激痛を与えているかもわかっていない。痛みは大分引いたとはいえ、何が起こるかわからない。今は焦る必要がないかもしれない。


「ありがとうございます。アイナさんにもお礼を伝えてください」

「時間ある時うちに顔を出して来い。アイナはきっと喜ぶ」

「はい」


 ***


 言葉も交わさず、私はタニアの後ろについて、自室に戻った。

 今こそ騎士団なり近衛隊なり臣下として勤めているが、幼い頃姫様に拾われて、帰る場所がない私に側仕えをさせてもらったから、王城に自分の部屋を持つことになった。色々やりやすいように、姫様の部屋からそれほど遠くない場所にある。


 部屋の内装はシンプルで、王城の華やかなイメージと違って、使用人に相応しいグレーの壁が特徴的。

 私はものをいっぱい置く趣味もないから、ベッドとサイドテーブル、勉強机と椅子、クローゼットと鏡しか部屋に置いてない。「殺風景だ!」って姫様とタニアに言われ、仕方がなく机に花瓶を置き、たまに花を入れて飾る。


 今花瓶の中に花が入っている。

 私が入れたわけではない、昼間部屋から出る時まだなかった。多分タニアが私を監視しに来るとついてに持ってきたと思う。


「お花、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 タニアからは会話したくない雰囲気を出しているから、話を掛けることを諦めて、机前の椅子に座った。

 タニアは遠慮もなく自然に私のベッドの上に座って、本らしき物を取り出す。私が部屋から出てなければ、そのまま私を監視しながら読書する予定みたい。


 タニアのことを放置し、私は引き出しから紙を取り出して、祈神祭で発生したことを振り返りながら疑問を持った点を箇条書きし始める。


 まず、なぜ王都で突然魔物が現れたか?

 昔ルートヴィヒ様から歴史を教えて貰う時、この国は一回遷都したことを言った。王都を今の場所に変えて以来、一度も魔物に襲われたことがない、増して王都内で魔物が現れるとか、前代未聞。

 魔物は大体森やら草原やら、自然の多いところから分散的に出現し、動物や人間を襲う。数が少ない時、地方に駐在する騎士団員が対処する。群れになって現れる時、騎士団は隊を組んで王都から討伐しに行く。

 だから、街中なんの自然もないところから魔物現れたのは不可解だ。


 2点目は、なぜ姫様が狙われたか?

 そもそも姫様は「王女」として滅多に民の前で現れない。

 身分を隠して行くことはしばしだが…国の外に目線変更だとしても、姫様はまだ他国を訪問したことないし、何か憎まれたことをしたこともないから、他国からの暗殺も考えにくい。


 3点目は、なぜ私がレームリッシュ発動時で、弩を持った人を気づかなかった。

 祭壇を狙える高所は大体近衛兵を配置している。あの矢から見れば、ただの弱弩なはず。弩の飛行距離は確かに弓より長いが、広場回りの高所が守られている以上、射程を活かせない距離から撃つしかない。それは概ね私が認識できる空間の範囲内と思う。


「日が暮れそう。もうじきクリス様が来るわ」

 タニアの声が私を思考から現実に引きずり戻した。色々考えてたら、いつの間にか夕方になった。


「姫様今日もここに来るのですか?」

 私がタニアに質問したと同時、姫様は「ジュン、大人しく部屋にいるのか~?」と言いながら部屋に入ってきた。


「脱走してました」

 タニアが愚痴っぽい言い方で苦情を言う。

「やっぱり。そうだと思ったから、今日タニアをこっちに派遣した。体調がよくなっても、無理は禁物だ」


 姫様は全部お見通しのようだ。

 でも、ここまで私を部屋に居させたい理由が思いつかない。姫様を庇って怪我したから、彼女が負い目を感じるのも変。

 彼女を守るのは私の最重要任務で、昔からも色々怪我してたし、今回だけ過剰反応するのは理解に苦しむだ。


「そうだ。明日父上からなんか話があって、ジュンにも聞いてほしいみたい」

 姫様は優しい目線を私に投じ、続きを話す。


「陛下が私に?」

「なんの話はわからないが、さっき私にジュンも呼んでとのこと」

「承知しました」


 私が陛下に呼ばれるなら、きっと祈神祭関連のことだろう。ついてに今日整理した不審点も伝えよう、能力の件を含め。


「日が暮れたし、今日は三人で一緒に夕食取りましょう!」

「えぇ、クリス様!また食堂に行くつもりですか?!以前のことから何も学習していませんか!」

「知らない~~」

「ちょっと、クリス様ーー!」

「はぁ……」


 これからが起きうることを考えたくないが、姫様について行くしかない。

 私は先ほど整理した内容を書いた紙を引き出しにしまい、姫様とタニアに続いて部屋から出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る