回憶

目が開かないあかご

「陛下、クリスティーナまだ目を開いたことがありません。産まれてもう20日経ったというのに…」


 わが子を抱きながら、窓際の椅子に座っている美しい女性が部屋に入った人にこう告げた。


 腕の中の赤ちゃんは、静かに眠っている。頭には女性と同じ淡い金色の産毛を生やして、目をつぶったままでも、整った顔から母と同じような美人になる将来が見える。ただ、女性が発した言葉通り、この子はまだ目を開けたことがない。


 赤ちゃんが初めて目を開くタイミングはそれぞれ、大きく差はあるが、20日はさすがに医官を含め、王宮務めるの子持ちは誰も経験したことがない。

 お姫様が誕生した喜びを上回り、王宮中に不安が溢れている。すでに姫様に目がないのではないかの噂も流れている。


「心配するな、と言いたいところだが、20日となると、はぁ…」

 陛下と呼ばれた男がゆっくりと女性に近寄って、目を覚ます気配がないあかごを見つめながらため息をした。

 大きい手が拳を握りながらあかちゃんの顔に近づき、そして人差し指を出した。

 脆くて壊れやすい物をなぞるように、あかちゃんの顔を触った。あかちゃんの弾むようなハリのある肌が気持ちいいか、男の顰めた眉がすこし開いたように見えた。


「アルの時も長かったが、今やもう目が鋭い立派な子に成長した。だから、クリスもきっと大丈夫だ、イルダ。目がまだ開けていない以外、いたって健康と医官も言ったではないか」

「はい…」


 男の話を聞いて、女性は気力を絞り出して返事らしかぬ言葉を返した。

 こればっかりは、腕の中のわが子自ら目を開けてくれる以外、ほかの人では何もできない、待つことしかできない。

 部屋にいる二人は心ではわかっているが、日が経てば経つほど不安と焦燥の気持ちは増していく。

 二人は暫く無言で安眠しているわが子を見つめていた。


「ドーンーー!」

 部屋のドアが少々乱暴に開けられた音は部屋の沈黙を破けた。

 開けたドアから、元気な男の子が何かを恐れている顔しながら慌ただしく部屋の中に入った。


「母上、ちょっと…」

 男の子が顔を上げて、部屋にいるもう一人を見た瞬間言葉が詰んだ。


「アルフリート、母の部屋をこうも乱暴に開けるとは、何をするつもり?」

 さっきまで声も表情も優しいだった男は厳しい表情と威圧感のある声で男の子に向けて話した。

「今日はルートヴィヒの授業ではないか?」

「父上、それは…」

 男の子は男の目線を避けたいか、言葉が詰んだまま頭を下げた。


「陛下、もう夕方ですし、ルートヴィヒのことだから、アルも疲れたと思います。今日は責めないであげてください」

「イルダ、アルに甘すぎる。まあいい、そのうちあいつは責任果たしに来るだろ。」

「もう勘弁してくださいーー」

 わざと他の人が入りづらい母の部屋を選んで逃げて来たのに、それでも追ってきそうなルートヴィヒという人に対し、男の子は絶望の声を上げた。


「ならアル、ルートヴィヒが来るまでクリスティーナを抱っこしてみるか?」

 女性が微笑みながら、男の子に妹を愛でる提案をした。

「いいの?僕がクリスを?」

「私が隣で見てるから、いいよ」

「はい!」


 産まれて20日が経って、男の子は初めて妹を抱っこする機会を得た。

 父への怯えを勝ち、男の子はすぐ満面の笑みをこぼれた。

 女性から抱っこの方法を教えながら、男の子は妹を大切に抱いていた。


「クリスやっぱり可愛いね」

 目のことについて、男の子も知っている。自分が産まれた時の話は女性から聞いたこともあるか、男の子は両親より気にしていない。ただただ妹が可愛いと、嬉しそうにずっと腕の中のあかちゃんを見ている。


「お兄ちゃんが絶対守ってあげるから、早く大きくなってくれ~」

「うぅぅ…」

 抱っこする人が変わって、話す声も耳元で響くようになったからか、あかちゃんが眠りから覚めそうになった。男の子はその様子を見て、すぐ口を閉じた。

 その後、あかちゃんは本当の意味で、目が覚めた。


「父上!母上!クリスが、クリスの目が開けた!!!」

 腕の中の赤ちゃんが瞼を開けた瞬間を目撃した男の子は思わず大きいな声を上げて、両親を呼ぶ。

「なんと!」

 男と女性はすぐ目線を赤ちゃんの目に集中した。20日間一向に開ける気配もない両目は、今はばっちり開いた。


 夕方とはいえ、初めて光を自分の目で感じた赤ちゃんにとって明るい、その光になれるように目をパチパチしながら抱っこしてくれる男の子の顔を見ている。

「よかった、よかった。ようやく目を開けてくれたよ、クリス」

「うんうん、僕の可愛い妹よ!」


「……」

 歓喜の溢れる女性と男の子と対照的、あかちゃんの目を見た瞬間、男は言葉を失った。

「陛下、どうしましたか?」

 男の無言を気づいて、女性は心配そうに男に声を掛ける。


「あぁ、なんでもない。これでクリスのことは安心した。健やかに育ちそうだ」

「そうですね」


 男はあかちゃんの瞳をもう一度確認した後、視線を窓の外に移す。

 もう忘れかけたことが再び男の心から浮かび上がった。男は口を噤んで、物憂げな表情しながら、ずっと外を眺めていた。


『赤い瞳…』

『なんで私の子が…私の子が…』

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