第二話 毒を盛られたらしい
第4話
「これからジュンはちゃんと生きようね。私がいなくても、ちゃんと生きて!」
ジーベンナ姉さんと別れる前に私に話した最後の言葉。このタイミングで思い出すのはなんで皮肉だ。
食べ物を探している時走ってるオオカミに遭遇して、足を噛まれた。
オオカミを相手にして、子供の脚力で一所懸命に走っても、到底逃げ切ることはできない。まして三日間まともなものを口にいれたことないから、お腹が空きすぎて力も出てこない。
足が痛い、ちぎれそう。
ジーベンナ姉さんが命までかけて私に「生きる」権利をくれたのに、生きる前にオオカミのご飯になりそうだ。
『ごめんなさい、シーベンナ姉さん…』
そう思った瞬間、オオカミがキャンキャン鳴き始め、私の足に噛みついている牙を放せた。 いつの間にかオオカミの体に1本、目に1本の矢が刺さっていた。
とりあえず助かったようで、私はその場から離れるため立ち上がろうとした。しかし、足に力が全く入ってこない。
「大丈夫か?」
軍人みたいな二人が走ってきて、オオカミにトドメの斬撃を加えた後、近くにいる私に気付く。
「どうした?オオカミは死んだか?」
馬の足音とともに、弓を片手に持った男と女の子が馬に乗ったままで近くに現れた。
「アルフリート様、オオカミは死にました。しかし、子供が噛まれて、怪我されています」
「子供?!」
男が驚くのも無理はない、この町から離れたところに子供一人なんで、普通はありえない。
「大変!大丈夫?」
女の子は馬から飛び降りて、心配そうに私の様子を見に来てくれた。
彼女の身長からみると、恐らく私と同じくらいの年齢。
淡い金色の髪が後ろに束ね、可愛い顔立ちが少し凛々しく見える。そして何より、彼女は私と同じ赤い目を持っている。
私はこの薄暗い森の中でも輝く彼女の姿に目を奪われた。
「足の怪我がひどい。それにすごいやつれているじゃないか。ちゃんとご飯食べている?」
「……」
私は話す気力もなくなった。何かを返したいが、言葉を発せない。
「兄上、この子を連れて帰りましょう。でないとここで死んでしまう」
女の子が私を助けたいことを男に告げ、また私に方に振り返る。
「待って、クリス!ミゲンにやらせばいい!」
男の言葉を無視して、女の子が私に手を差し伸べた。
「私の手をとって」
***
柔らかい。
彼女の手の感触が伝わってくる。そしてちょっと冷たい。
いや、私はもう子供ではないし、矢に刺されて意識なくなったはず。
これは死ぬ前の走馬灯なのか?
それにしても、死ぬ前に彼女ともう一回出会わせてくれるなんで、女神様は私に優しいのか残酷のか…
左手がちょっと握られた。その感触はさっきよりさらにリアルに感じる。
回りが真っ暗、私はどこにいるんだ?
自分の居場所を確かめようと、私は力を絞り出し、頑張って目を開けた。光と共に目に映ったのは見慣れた自室の天井だった。
さっきのは夢だったのか。
「ううー」
意識が戻って、体中の痛みを感じるようになり、私は思わず呻き声を発した。
「ジュン…?ジュン!」
左からちょっと震えた声が聞こえる。
声の主を確認するため頭を傾き、姫様の姿が目に入った。赤い夕陽の光が彼女の顔にあたり、心配そうな表情が影のせいで余計深刻に見える。
手元の柔らかい感触は走馬灯でも夢でもなく、紛れもなく彼女の手だと理解した。
どれくらいここに居たのか、私の手を握っている手はやはり冷たい。
「よかった…このままもう目覚めないかと思った…本当によかった…」
「姫…様…」
「はい、私はここに居るよ」
「ご無事で…何…より…」
「はい、見てる通り私は無事だよ」
「みなさんは…」
「父上も、母上も、兄上も大丈夫。だからもう安心して」
「よかった…です」
「そんなことより、自分の心配をしてよ…」
ポツンと、温かい涙のようなしずくが私の手の甲に落ちる。ずっと私の質問に受け答えている姫様が突然静かに泣き始める。
よく見ると、彼女の目元が赤い。
「もう四日経ったなのに、あなたはずっと目を覚ましてくれない」
「四日…?」
「そう。あなたが倒れてからもう四日経った…」
「トントン」
ドアをノックする音がした。
「入ります」
部屋主の私からの許可も待たずに、タニアが洗面器とタオルを持って私の部屋に入ってきた。
「もう…クリス様、まだいらっしゃるんですか?」
「ジュンが目覚めた」
「ジュンが?!」
タニアが小走りにベッドの近くに来る。
「あなたって人は…とにかく、目を覚ましてくれてよかった。姫様が―」
「タニア、医官を呼んできてくれる?」
タニアが姫様に関して何かを言おうとしているが、姫様の言葉に遮られた。
「…かしこまりました。今行きます」
姫様の依頼を受け、タニアは洗面器とタオルをベッド隣の机に置き、すぐ部屋から出て行く。
タニアの足音が聞こえなくなってから、姫様は涙を拭って、また私に話を掛ける。
「あの矢のやじりに毒がある。医官の話によると、腕を貫通したおかけで体に入った毒の量が少なくなって、それで命の危険を免れた。もし貫通せず中途半端に刺して、やじりが体に刺す時間がもう少し長かったら、体に侵食する毒が死に至る量になる。そうなったら、その場で即死する」
姫様の話を聞けば聞くほど、冷や汗をかく。あの時身を挺して彼女を庇ったのは本当によかったと思う。
「弩に感謝…ですね」
「弩?…って、他人事みたいに言うなよ」
場の空気を緩めたくて、冗談半分で話したら、姫様がちょっと怒った。
「あの2本の矢…速度からみると…弓からではなくて…弩からです」
「わかった。兄上にも話す」
「あとは、コンコン…痛っ」
痛みの耐性高さに自信はあるけど、この全身神経がちぎれそうな痛みはさすがにつらい。まだ話したいことがあるのに、痛みと疲れのせいで話せる気力も足りない。
「もう喋らないで」
「うん…」
「私はここに居るから、もうちょっと寝てて」
離さず私の手を握っている姫様の手はさっきよりすこし温かくなっている。
痛みからの自己防衛か、疲れが襲い掛かってきて、私はその手の温もりを感じながら、また眠りに落ちた。
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