1話ー第4章ーハウワー辺境伯の依頼


マーガル家で葡萄収穫の仕事を終えてはや1週間が経った。その間は仕事がなかったり、脱走した飼い猫捜索だったり、急なベビーシッターだったり、みんなで訓練したりとまあ諸々あった。

「明日、少し早めに来ていただけますか?お父様が皆様にお会いしたいと言ってますの。」

リエルの父、それすなわちハウワー辺境伯だ。今までも何回か顔を合わせた事はある。リエルの家を1部借りて訓練しているのだ。顔くらいは合わせる。ただ、今回のようなケースは初めてだ。ハウワー辺境伯から『明確な目的を持って君達に会いたい』そうゆう事は今までなかった。非常に緊張する。念には念を入れて、きちんとした格好をする事にした俺は、早速お義父さんから貰った正装に袖を通して、予定の時刻より早めにハウワー邸に顔を出した。

「あら、セナスさん。だいぶお早い到着ですね。そのスーツ似合ってますね。」

「ありがとな、リエル。早過ぎる、とは思ったんだがする事がなくてな。」

正直にいうと、『緊張に耐えられなくて』が正しいかもしれない。

「大丈夫ですよ。では皆さんが来るまでお茶でもしましょうか。こちらへどうぞ?」

「俺マナーとか自信ないぞ?大丈夫か??」

「存じてますので大丈夫です。」

「それはそれでなんか悔しいな。」

「まあ覚えておいて損はありませんよ?教えて差し上げましょうか?」

「そりゃ嬉しい申し出だ。俺は対価にいくら払えばいいんだ?」

「そうですね、私とのデート、でどうでしょう?」

「もうちょいわかりやすい冗談にしてくれ。それだと俺が得しかしねえよ。」

「もうちょっとリアクションしてくれませんと面白くないです。」

「リエルとのデートだー!!やったー!!!」

「そうじゃないです!もう!!」

頬を膨らませてリエルは怒るフリをする。そんなくだらないやり取りを挟みつつ、リエルに案内されるがままに敷地内を進んでいく。この屋敷には何度か来ているのだが、相変わらず広い。いつもの訓練場ぐらいならもう1人でも大丈夫だが、それ以外の場所となるとまだ不安が残る。道中、リエルは使用人に行き先と要件を伝えて、お茶とお菓子の手配を命じていた。リエルはハウワー辺境伯の次女で、ルルナの1つ下になる。長女ではないので家督の相続権はないことになるのだが、そう思えない程に抜け目のないしっかりした性格をしている。

「今日はここにしましょうか。」

目当ての場所に着いたようで、リエルは足を止める。辺りにチューリップが咲き誇る鮮やかな景観をしている。白いテーブルの周りにイスが4つ並べられている。うち1つの椅子を引きその場に座ると、ちょうど使用人らしき人がティーセットとお菓子を持って来た。

「お待たせしました。リースミエルお嬢様、セナス様。本日のご用意致しましたのは、、、」

「ご苦労様。説明は大丈夫ですわ。セナスさん、ご必要ですか?」

「ありがとな、リエル。たぶん聞き流してたわ。」

「このティーセットの内容がどういうものか、なんてセナスさんはご興味ないでしょう?流石にわかります。」

「ここで食うものはなんでもうまいからなぁ。逆にどんなものか聞いたら、それはそれで値段を想像しちゃって食べにくくなりそうだ。」

「ちなみにこのマカロンセットだけで、王都で1万円ぐらいするものですわ。」

「食べにくいわ!!」

「いいリアクションをありがとうございます!」

俺の反応を見てクスクスと笑うリエル。リエルは俺達の反応を見て楽しむ所がある。基本的にしっかりしてる彼女の、こういう年相応の1面は非常に好ましく思っている。

「さ、2人きりという珍しいシチュエーションですので、普段は出来ないお話をしましょう。まずは、どうぞ召し上がってくださいな?」

「おう!いただきます!」

まずは紅茶に口をつける。なにがどう美味しい、だとかそういった味の違いなんてものはわからないが、なんとなく上品な味がする。個人的な施工としては甘いものが好きなのでミルクと砂糖を追加する。お菓子もうまい。俺に食レポなんてものは出来ないから期待なんてしないでほしい。

「お口に合うようでなによりです。」

「基本出されたものを残すような教育は受けてないからな。」

「それはルルナさんの御両親の教育の賜物ですわね。いい方々に育てられましたわね。」

「本当に。ハルジオン一家には感謝しかないよ。普段はあんな態度だけど、ルルナにも本当はめっちゃ感謝してるんだ。」

「ルルナさんもああいった性格ですからね。」

共通の友人の話題は確かに本人がいるなかでは出来ない。確かに2人ならでは出来る話だ。しばらく最近のルルナとセイラについての話で盛り上がる。同じ家で育ったルルナ程ではないにしろ、それなりの時間をリエルともセイラとも過ごしている。気まずさなど最早欠片もない。

「さて、私機会があればセナスさんに聞いておきたい事がありましたの。答えたくなければそれでも大丈夫です。お聞きしてもいいでしょうか?」

「おう、いいぞ。」

会話がふと途切れたタイミングでリエルが切り出す。たぶん冒頭に話してた『普段できない話』なんだろう。お菓子に伸ばしかけた手を引っ込めて、リエルを見つめる。

「ありがとう。では率直にお伝えします。セナスさん、貴方自分が何者なのか知るおつもりはありますか?もしあるのなら、我々最大限お手伝い差し上げる事をお約束しますけれども。」

「ありがとう、リエル。嬉しい申し出だよ。俺は現状そのつもりはないかな。」

嘘偽りない俺の本心だ。

「そりゃあ昔は気になったさ。だけど今はもうお義父さん達以外に本当の両親がいる、って言われてもしっくりこない。みんなと離れるのも寂しいしな。俺はみんなのいる、この場所で暮らしたい。」

「あら、そうでしたのね。可能性としてハルジオン一家から自立した今、自分のルーツを探すことにも力をいれるのかな?と考えてました。」

「考えはしたぞ?でも結果として『しなくていい』になった。」

「わかりました。それを聞いて安心しました。」

「なんだ?俺がいなくなるかも?って寂しくなったのか?」

「それは貴方でしょう?先程明確に『みんなと離れるのは寂しい』と言っていましたし。」

「そんな事いったか?記憶にないなあ?」

「誰かさんにそっくりですこと。もう少し素直になれば可愛げがありますのに。」

リエルの申し出は本心から嬉しかった。だけど、俺の中ではもう覆らない決定事項だった。リエルの申し出をはっきり断り、改めて感謝の気持ちを告げようとするが、1人のメイドが近づき場を遮る。

「リースミエルお嬢様。ルージュクルナ様とセイルパルラ様が到着なさいました。こちらへご案内しますか?」

「ありがとう、ライラ。もういい頃合いですし、出迎えてそのまま応接室に向かいましょう。」

「かしこまりました。」

どうやらルルナとセイラが到着したらしい。いよいよ辺境伯との対談となるわけだ。緊張の波が高くなる。その前に、喉に詰まってる言葉だけは吐き出しておきたい。

「そうだ。真面目な話ついでに言っておくんだけどさ。ハルジオン一家だけじゃなくて、セイラにもリエルにも感謝してるんだ。こんな正体不明な人間と仲良くしてくれて本当にありがとう。これからも仲良くしてくれると嬉しい。」

「ふふ、正面から感謝されると少し照れますわね。私もセナスさんと仲良く出来て嬉しく思っています。こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。」

ルルナとセイラを出迎えに行こうとするリエルを引き止めて素直な言葉を伝える。うまく言えないんだけど、伝えたくなったんだ。振り返り、少し照れて笑うリエルが可愛くて、少しドキッとしてしまうのだった。


「すまないね、皆。今日は時間をとってくれてありがとう。」

ルルナとセイラと合流し、応接室に向かうとハウワー辺境伯は筆を置きこちらに顔を向けて言葉を紡ぐ。リエルはすっと俺達の側を離れて、辺境伯の座る机の横に立ち俺達の方へ向き直る。

「とんでもない。お誘い頂き光栄です。」

俺は精一杯の見栄を張って敬々しく頭を下げる。ルルナもセイラもそれに続いて頭を下げる。

「それじゃあさっそく本題に入らせてもらおうかな。君達の実力を買って、明後日からしばらく臨時の自警団として雇いたいんだ。これから2週間、私達夫婦は王都に出向かねばならなくてね。この領地を空けてしまうことになるんだ。」

「その間、当然の事ながら自警団の大半も護衛として離れる事となります。そうすると、ハウワー領を守れる戦力がなくなってしまうのです。」

「そこで君達に白羽の矢がたったわけだ。もちろん報酬は弾みたいと思っている。まあもっぱら平和なこの頃だ。飛んでくる依頼はどうせ喧嘩の仲裁ぐらいだろうけどね。どうだろう?受けてくれないだろうか?」

とても嬉しい申し出だった。今までやって来たことが認められた気分だ。しかもそれが目上の人、知りうる限り最も上の立場の人間である辺境伯からだなんて喜ばずにはいられない。にやけそうになる口元を必死に殺す最中、ルルナが口を開く。

「ハウワー辺境伯からのご指名嬉しくて思います。ですが、単純な実力でいうのなら私の父、ヘンリエット・ハルジオンの方が上のはずです。なぜ私達に?」

「ルージュクルナ嬢からの疑問としては当然だね。その答えはシンプルだ。他ならぬヘンリエット・ハルジオンから君達を推薦されたからだよ。」

「お義父さんが、僕達を、、、?」

余計に嬉しくなる話だ。一体いつの間にこんな話をしていたのだろう?

「ええ。一昨日、私達は真っ先にヘンリエット様に依頼いたしました。その際の言葉です。『ハウワー辺境伯のご指名、大変光栄にございます。ただ、私からは娘達を推奨します。実はそろそろ私は引退を考えていまして。これからのハウワー領を担うだろう事となる実力ある若者たちに託してみたいのですが、いかがでしょう?』とおっしゃってましたわ。」

「なるほど、それでハルジオン流免許皆伝の2人と次期自警団頭目筆頭のリースミエルさんに声がかかるのは理解しました。それでも、1農家の娘である私にまで辺境伯からご指名いただける理由をお聞きしてもいいでしょうか?」

「うん、セイルパルラ嬢にも声を掛けたのは、ひとえに実力を買って、と今後の為に、という所かな。贔屓目なしにリースミエルは強い。自警団のへの入団も決まっているし、次期頭目筆頭だ。名高きハルジオン流の免許皆伝の2人は言うまでもない。それに肩を並べるだけの実力を持っている、しかも普段から懇意にしているのならなおのことだね。『マーガル農園』の後取り筆頭とのコネクションも大事にしたいしね。」

なるほど、そこまで世間情勢に詳しい方ではない俺だけど、筋は通っているように思う。辺境伯もなんだかんだで人の親、というのが見てとれた。『今後とも娘と仲良くしてほしいから』という理由に聞こえたのは俺だけじゃないはずだ。俺達は顔を合わせて頷きあう。

「「「引き受けます」」」

「ありがとう、そう言ってくれると信じていたよ。それじゃあ明後日から、よろしく頼む。詳しくはこの後リースミエルから聞いてくれ。後は任せたよ。」

「かしこまりました、お父様。では皆さん、続きは場所を変えて説明します。いつもの場所へ行きましょうか。」

リエルに引きつられながら部屋を後にする。その後リエルに説明された概要は簡単にまとめるとこうだった。『①ハウワー辺境伯が不在となる2週間、代理となるリエルの姉の指示に従いトラブルに対処すること。②指示がない間は各々自由に過ごして構わないが、緊急に備え屋敷にはいること。③待機時間中の激しい運動を禁止する。(疲労困憊で動けないと困るので)』だいたいこんな感じだった。③の項目が若干残念ではあるが、これも仕事なので仕方ないことだ。『休みをどうするか』問題は指示がなければ基本待機で1日が終わるそうなので、『特にいらない』で全会一致だったのは面白かったな。

ともあれ迎えた約束の日。辺境伯夫妻を見送って、『さあ頑張るぞ!』と息込んだは良かった。良かったんだが、、、

「ひまだ。」

「暇な事って良い事じゃないの?それだけここが平和ってことだよ。」

「そうなんだがな、セイラ。それにしてもだろ。」

「じゃああの2人みたいになにかして遊ぶ?」

平和すぎるといえど、何かしらはあるもんとばかり思っていた。だがどうやら、3人は予想していたらしい。セイラは椅子に腰掛け小説?らしきものを読んでいる。ルルナとリエルは2人でチェスを指している。俺はというと、暇を持て余してダラダラとしている。活字に目を通せば1分で眠りにつける自信がある。ボードゲームなんてルールすら知らん。

「オセロならありますわよ?」

「良い機会だし、あんたもチェス覚えたら?」

「覚えたら覚えたでお前らにボコられる未来しか見えねえ。」

「ちっ。」

「舌打ち聞こえたぞコラ!!!」

こんな雑なやり取りの中1日目が終わった。続いて2日目3日目と平和が続いていく。4日目を迎える今日、いつものように時間を持て余していた。なんならセイラと2人で『ブロックどれだけ積めるかゲーム』なんてわけわからん遊びをしていた時、待合室の扉が勢いよく開かれる。

「喜びなさい、セナス。自警団としての仕事がきたわよ。」

「盗賊による襲撃が確認されました。これを私達で討ちます。」

待ち望んでいた仕事の連絡は存外嬉しくなかった。ハウワー領の平和が脅かされる。

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