1話ー第2章ーハルジオン流剣術道場
女性の家にお呼ばれ、なんてのは男からしたらスキップものの嬉しさだろう。実際呼ばれて嬉しくはあるんだが、残念ながら浮ついた嬉しさでは決してない。
「やあよく来たね、セナス。待ってたよ。」
「お久しぶりね、セナス君。さあ、あがってちょうだい。」
「ただいま。お義父さん、お義母さん。」
俺が育ったいえは他ならぬルルナの家、ハルジオン宅なんだから。
俺には実の両親の記憶がない。それどころかここで目が覚める前の記憶もない。覚えていたのは『セナス』という名前だけ。最初の記憶は痛む身体と柔らかいベッド、そこに横たわる俺を覗くルルナの顔だった。
そこからおよそ5年程、俺はハルジオン一家にお世話になった。衣食住も提供してくれたし、今の剣術もお義父さんである師匠に付けてもらった。ハルジオン家はハウワー領に続く由緒正しい剣術道場だ。その1人娘であるルルナはどっかの良い家柄の男を婿に迎えて、いずれ道場を継ぐ事となるだろう。
「今までずっと一緒にいた息子同然のお前がいないと、やはり寂しいな。」
「やっぱり帰ってきてくれていいのよ?自立してまだ1ヶ月とはいえ寂しいわ。」
「いや、いつまでも甘えるわけにはいきません。俺ももう大人であろう年齢です。由緒正しい剣術道場の娘、未婚の娘とどこぞの男が同じ屋根の下暮らすのはルルナにとっても良くないです。やはりこれは曲げられません。」
「「はぁ、、、」」
「なによ?2人してこっち見ないで頂戴。」
実はというと、自立の願い立ては随分と前、1年前から打診していたのだ。だが、育ての両親から猛反対を受けて、ここまで延びてしまった。いや、だっておかしいじゃん。18になる、結婚適齢期になるルルナがいるのにいつまでも俺がいたら来る見合い話も来なくなる。お世話になった人達に迷惑かけたくないじゃん。正しいよね?
「そうだったね、終わった話だ。ただ、これぐらい寂しい、って事は理解して欲しいかな。いつでも遊びに来なさい。」
「はい、お義父さん。ありがとうございます。」
「お昼ご飯は食べてないでしょう?久しぶりにセナス君が来るからいっぱい作ったのよ。食べるでしょう?」
「はい!お義母さんの料理嬉しいです!!唐揚げあります?」
「ははは、もちろん。場所はわかるね?ルルナ、一緒に先に席に着いてなさい。」
「うぅ、、、はーい。行きましょ。」
「おうよ!唐揚げ♪唐揚げ♪」
誰だ今ガキっぽいとか思ったそこのお前!お義母さんの唐揚げはうまいんだ!自立した今だからこそ、その味が懐かしくて懐かしくてたまらないんだ。やっぱお袋の味って懐かしくなるんだな。
「そういやお前今日やけに大人しいけど、なんかあったか?」
「どっの誰かに婚期逃してる売れ残り女、って言われたのを根に持ってんのよ。」
「はぁ?!んなこと言ってねえだろうが!」
「そう取られてもおかしくない事は言ってました!」
「このままだと、って隠れた前置きを察せられねえようならいつまで経っても売れ残りだよ!」
「なんですって?!昨日私に負けたくせに!!」
「昨日はな!その前は俺が勝ちました!!」
「はいはい、そこまで。目を離すとすぐ喧嘩するんだから。ルルナ、良くない。」
「緊張しちゃうのよね、お母さんわかるわぁ。でも落ち着きましょうね?」
「なんで2人してセナスの肩持つのよ?実の娘よ?」
「どーせお前が喧嘩腰になったんだろう?もうわかるよ。」
「いや、どうやら俺の言い回しが良くなかったみたいです。俺も売り言葉に買い言葉でついつい。すいませんでした。」
「本当によくできた息子だ。なぜ同じ親から育ってこんなに変わるんだ。」
「納得いかないわ、、、」
「まあまあ、冷める前に食べちゃいましょ?」
「よっしゃ!お義母さんの唐揚げ楽しみでした!」
「嬉しいこといってくれるじゃない?ねえ、ルルナ?」
「そ、そうね、、、。」
「??それじゃあ遠慮なく!いただきます!!」
うまい!久しぶりに食べるお義母さんの唐揚げ、、、?あれ?なんか味変わった?久しぶりに食べるからかな??
「お義母さん、唐揚げ味付け変えました??」
「いいや、作り方は変わってないわよ?」
「あー、じゃあ久しぶりだからですかねぇ?めっちゃ前より美味しく感じるんですよねー。」
「あら、それはなんだか悔しいわねぇ。良かったわね。ルルナ?」
「もう!やめてってば、ママ!ただでさえ恥ずかしいんだから。」
「ふふ、顔は正直だぞ?ルルナ。」
「悔しい?なんかニヤけてんぞ?良いことあったか?」
「うっさい!黙って唐揚げ食べてなさい!」
顔を真っ赤にしたルルナに唐揚げを口に突っ込まれる。
「おお、両親の目の前であーんだなんて。いつからそんなにラブラブになったんだ?」
「「ラブラブじゃないです(わよ)!!!」
「わぁ、息ぴったりね。」
「時間もあるだろう?久々に稽古を付けてあげよう。後で道着に着替えて道場に来なさい。」
ご飯を食べ終わって一息ついていると、お義父さんから嬉しいお誘いを貰った。むしろこちらからお願いしたかったことだ。断る理由はない。
道着に着替えて道場へ向かう。道中門下生たちとすれ違う。
「セナス先輩!来てたんですね!!」
「おう、元気にしてたか?」
「ようセナス!ルルナがいなくて寂しくなったか?!」
「んなわけあるか。くたばれ。」
「セナス兄!後で勝負してくれよ!!」
「おー、ジーク!いいぞ!!」
俺より先輩もいれば、後輩もいるし、弟のように可愛がっているやつもいる。つい1月前に出たばかりなのにもう懐かしく思っている。やっぱり居心地のいい空間だった、としみじみ実感する。道場につくとそこにはすでにルルナがいた。
「遅いわよ!セナス!!」
「え、なんでお前もいんだよ!」
「私もパパに呼ばれたの。それに自分ちの道場にいちゃいけない理由って何?ないでしょう?」
返す言葉がなかった。てっきりマンツーマンの指導だと思って浮かれていた自分も恥ずかしい。顔を上げると道場の看板が目に入る。まず1番端に『師範代』つまりお義父さんの名前がある。その隣には『免許皆伝』ルージュクルナ、セナス俺たち2人の名前だった。つい先月まではそこは空白だったのだが、これは心に来るものがある。
「よく来たね、2人とも。まずは『免許皆伝』おめでとう。これで君たちに教える事はほとんどなくなってしまったわけだ。ささやかながら贈り物を用意したから後で受け取ってほしい。それでも稽古はつけていこう。まずは改めて現状を知りたい。そうだね、順番にかかってきなさい。まずはルルナから。」
「「はい!師範!」」
道場の中では師範と呼び方を変える。ある種のけじめだ。『免許皆伝』学術的に例えるなら卒業が近いのだろうか?伝えられる業は伝えきったことを意味する。
「「参りました。」」
ここにいる門下生の誰よりも師範に近づいたはずなのだが、2人揃ってまったく歯がたたなかった。相変わらず師範は遠い。後の番だった俺が力果て道場に大の字で寝転がるところにルルナが手を差し伸べてくる。これは最早習慣だ。2人で稽古をする時間が多かったからか、どちらかが寝ころんだら片方が起こしに行くのが身についてしまった。前の番の時は俺が起こしにいったしな。
「相変わらず仲良しで安心したよ。」
「からかいなら後にしてください、師範。」
「少しでも強くなるためにここにきてるの。茶化さないで。」
「すまないすまない。人の親ってのは感慨深くなっていけないね。それじゃあ落とし込みといこうか。ルルナ、もう少しスタミナをつけようか。短期決戦を心掛けて、相手を揺さぶるのは本当に良い。ただ、今回のようにすべて相手に流されたらバテてやられたい放題、だったよね?それじゃあ意味がない。自分のターンを維持し続けるスタミナを持とう。セナス逆に君は受け身すぎかな。対処的に相手にしたい事をさせない立ち回りは戦術的に賢い。ただ、そこに自分の意志がなければ組み込まれるだけだ。思い当たる節があるんじゃないかな?もう少しより上を目指すなら、もう少し攻めていいと僕は思う。」
なぜかストンと落ちてきた。昨日の最後の模擬戦、俺はルルナの刺突をベースに戦術を組み立てていた。『盾で受ける事が想定済みだったとしたら?その後後ろを取られたら前転で距離を取る事を想定されていたら?』あの敗れた1戦にも自分で納得のいく理由がつけられた。
「ま、細かいところでよければいつでも指南してあげよう。後は2人でやるといい。僕は他の門下生を見てくるからね。」
「なあ、聞いていいか?」
「いいわよ?」
「昨日の最後の模擬戦、俺の動き想定されてたか?」
「ええ。こうするだろうから、こうしたらこうする。みたいな事はうっすら考えてたわ。あんなに予想通りに動くとは思わなかったけどね。」
「なるほど、俺が想定してた事は全部誘導されてた、ってことか。そら負けるわ。やっぱつええわ、お前。」
「不思議よね、セナスが戦闘中なに考えてるか、なんて不思議とわかっちゃうんだもの。でも、その私がライバルと認めてるんだから。自信持ちなさい。」
「あぁ、ぜってえ追い越すからな!少し休んだらまた模擬戦しようぜ。という事で、わり、また少し借りていいか?」
「はぁ、こんなののどこがいいのやら。はい、いらっしゃい。」
そういうとルルナは脚を組み替えて座りなおす。両の腿を揃えて脚先を右側に流す。その仕草と言葉をみて合意とみなし、俺は頭をおろす。いつからだったか覚えてないんだが、いつかの模擬戦中、リエルのいい攻撃をもろに食らって気絶したことがあった。気が付くと俺はこんな感じに膝枕という状況だった。
以来、極限に疲れた時は定期的にお願いしている。
「今度疲れた時にしてやるよ!なんか落ち着くんだよなぁ。」
「不思議と私も嫌いではないのよね、こうしてると昔のかわいいセナスみたいでさ。頭なでていいかしら?」
「俺が触ると怒るくせに、お前はいいのかよ。」
「あー、脚が痺れてきたなぁ。」
「好きなだけおさわりください。」
「それでいいのよ。どーお?弟みたいに頭撫でられてる気分は?」
「はいはい、好きなだけおさわりください。」
「なによ、つまんないわね。」
しばらく無言の時間が続く。見知らぬ人との無言は気まずいが、ルルナならまったく気にならない。落ち着くとすらいえる。家族同然に育ってきた関係だ。直接言うのは癪だからこそ言ってやらないが、双子の姉のように思ってる。
「ねえ、私からも1つ聞いていいかしら?」
「いつも勝手に聞いてくるだろうが。なんだ?」
ルルナが静寂を破ってしゃべりだす。いつもなら俺の許可なんて取らないくせに、なにを躊躇ってるんだ?
「今日の唐揚げ、美味しかった?」
「は?うまかったよ。お義母さんの唐揚げを美味しくないなんて言うわけないだろうが!」
「んんっ、いつもと味が違う、とかはなかったかしら?」
「やっぱなんか味違ってたよなぁ?!」
「そう、ごめんなー
「いや、いつもより美味いと思ったんだよ!やっぱりなんか変えてたんだ!」
ーさ、え?」
「いや、後でもっかいお礼言いに行こ!よし、準備完了!やろうぜ!」
「はいはい。」
「ん?顔赤いぞ?もう少し休むか??」
「うっさい。剣用意しなさい。」
その後、稽古した後軽くシャワーを借りて道場をでるまで、なぜかルルナはずっと上機嫌だった。
「今日は色々ありがとうございました!」
「うん。またいつでも来なさい。」
「はい、これ私たちからセナスに。受け取って?」
諸々あって結局夕飯までご一緒にさせてもらって、ハルジオン宅を後にするところだ。お義母さんから手渡されたもはそれなりの大きさの紙袋。受け取ってみるとそれなりに重い。
「これはなんですか?服、ですかね??」
「そうだ。これからセナスは町民からの依頼を受けていくのだろう?であればきちんとした正装は持っておくにこしたことはない。セナスの免許皆伝祝いも兼ねてぜひ、もらってほしい。」
「めっちゃ嬉しいです!ありがとうございます!!」
「喜んでもらえて嬉しいわ。」
「またお義母さんの唐揚げ食べにきます!ホントにありがとうございます!」
「おや、まだ言ってなかったのかい??」
「いいのよ、言わなくて。」
「ねえ、セナス君。今日の唐揚げ美味しかった?」
「はい!ルルナから味付け変えてたって聞きましたからね!次もそれでお願いします!!」
「セナス君、実は今日の唐揚げはルルナが作ったんだよ。」
「ちょっと、パパ?!?」
「あんなに張り切ってたんだから、言わなきゃダメよ?」
「ママまで?!?やめて頂戴、」
「今まで剣の事しか頭になかった娘が料理に興味を持つようになって。嬉しい限りだよ。」
「なんだよ、そーゆーことは先に言えよな?お礼言う相手が全然違うじゃねえか。ありがとな、ルルナ!また作ってくれよ!!」
「っ!仕方ないわね、食べたくなったらいつでも言いなさい。」
「私達の理想はまだまだ遠そうだね?」
「そうね、そろそろ動こうかしらね?」
「あんまりおそくまで残るのもあれなので、そろそろ帰りますね!おやすみなさい!」
そう言い残し俺は帰路に着く。最後にお義父さんたちがしゃべってたことは、ルルナとの掛け合いでまったく聞こえてなかったがまあいいだろ。
さて、明日から仕事頑張りましょうかね!!
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