1話ー第1章ーハウワー領の3人娘+1


「ーなさい。起きなさい!!」

意識が引き戻される。非常に気分が悪い。いつものことかと起き抜けに額を拭えば、やはりと言うべきかぐっしょりと濡れている。どうやら自分は夢見が良くないらしい。夢を見るたびにいつもこうなるくせに、内容はハッキリ覚えていないのだから質が悪い。

「だいぶうなされてましたわよ?」

「いつもの事だ。ありがとうリエル。」

肩にかかるぐらいの長さで肩先が縦ロールの青髪。琥珀の瞳の女性『リースミエル・フォン・ハウワー』愛称リエル。かわいい。

「お水飲んだ方がいいよ?はい。」

「サンキュな、セイラ。」

肩先まで伸ばした髪をハーフアップにした緑髪。橙色の瞳の女性『セイルパルラ・マーガル』愛称セイラ。かわいい。

「次、私達の番よ。もう少し休んでからやる?」

「いいや、これで大丈夫だ。始めよう、ルルナ。」

左右で長さの異なる触覚、お団子まとめの赤髪。青色の瞳の女性『ルージュクルナ・ハルジオン』愛称ルルナ。かわいい。

ハウワー邸の訓練場にて戦闘自主練中なのを思い出す。ここ10年戦時中ゆえなのかやたらと賊が増えてきている。恩人に勧められて始めてみたこの武術訓練だったが、思いの外性に合っていたらしい。今も恩人の娘であるルルナ、その幼馴染のセイラ、ハウワー辺境伯長女リエルと4人で訓練に励んでいる。なぜ女と稽古しているかだって?それはそこらの男どもよりこいつらの方がよっぽど強いからだ。ルルナはまだ理解できるとして、他2人はわからん。リエルなんてお嬢様のはずなんだけどな。きっと人間ではなくゴリラに近いんだろう。殴られた。

「いってえなルルナ!なんで殴んだ!!」

「なぜかしら。セナスの考える事は手に取るようにわかるのよね。それにこれから私にたんこぶ作られるわけだし、1つ多くても関係ないでしょう?」

軽く失礼な事を考えていたのは事実なだけに言い返せない。お前の事じゃなかったんだけどな。

「やっぱりセナス君とルルナちゃんは仲良しさんだね。少し羨ましいなぁ。」

「ええ、数年とは言え一緒に暮らし、同じ人間を師として仰ぐ2人ですから。」

「うるせえ!戦績も5分だろうが!今日は俺が勝つ!」

「はっ、女に戦績5分取られてる事を恥ずかしく思わないわけ?!」

「はっ、俺より長く師匠から剣術稽古つけて貰ってんのに、弟弟子に戦績5分取られて恥ずかしくないわけ?!」

「はいはい、そこまでですわ。」

「模擬戦で決着つけようね。じゃあよーい、始め!」

瞬時に意識を切り替える。ルルナ相手に油断なんて出来ない。模擬戦の勝敗は簡単。①立会いの人間が勝敗の判別をつける。②相手に『降参』の言葉を言わせる。禁止事項もいくつかある。①顔への攻撃は禁止。②『業』も禁止。③立会いがつけた判別に異議を唱えるのも禁止。まあこんなもんだ。試合に戻ろう。

ルルナの構えはハルジオン流剣術『攻の段』姿勢を低くし,剣先を相手に向けて構える攻めの構え。ルルナが得意とする戦法だ。得意武器であるレイピアと1番合っているだろう。対して俺はハルジオン流剣術『守の段』姿勢はやや重心を下げる程度、剣先は斜め下に向け構える守の構え。俺はこれが1番しっくりくる。しばらく睨み合いが続く拮抗状態。それでも水面下では目線や足運びでそれぞれが牽制やフェイントをしかけ合っている。体感時間として約10分、実時間として1分経過したあたりでルルナが動く。こちらへ駆け出し距離を詰める。レイピアの穂先は俺の胸あたりか。両者共に訓練用の武器を用いているので大怪我こそしないが、まともに喰らえば結構痛い。レイピアは速度こそ出るものの、威力の方はそうでもない。しっかりと武器で受ける事が出来れば防ぐ事は容易だ。肩に備え付けた簡易盾で受ける準備をする。レイピアの穂先を意識して、突き出すモーションに合わせて穂先の位置に簡易盾を合わせる。レイピアを盾で受けたら剣を下から振り上げてレイピアを払い、空いた胴体を袈裟斬りにかかれば俺の勝ち。段取りは決まった。後はルルナの攻撃を絡めれば俺の勝ち、そう思いながら盾を動かす。盾を動かすと自然と左肩が前に来る。腰も落ちる。その動作を視界に入れたルルナがニヤリと笑う顔が周辺視野に映る。

ヤバい。どうやら乗せられたらしい。レイピアのモーションをピタリと止めたルルナは俺の左方面にステップする。俺は左肩が身体の前面に来ているので、左にステップされると自然と背中を晒す事となる。ルルナのステップが終わると同時頃に俺は前に転び、身体を前転させる。背中を晒して勝てる相手では決してない。前転して距離を取り、間合いを取って正面向かい合ってりせリセットを計る。前転を終えると同時に膝立ちの姿勢で正面をルルナへ向けるが、ルルナはいない。『どこにいった?』そんな事を考える余裕もなく腹に衝撃が走り、横に吹っ飛ばされる。『蹴られた!』そう認識するのに時間はかからなかった。

「はい、そこまでー」

セイラのふんわりとした声に俺は目を開けると、顔に突きつけられたレイピアの穂先、勝ち誇ったルルナの顔が目に入り、負けた事を痛感する。

「だー、クソっ!!もっかいだもっかい!」

「イヤよ。私の勝ち♪ほら、立ちなさい?」

差し伸ばされた手を取って立ち上がる。

「本当に負けず嫌いですわね。いい心掛けですけど。」

「男の子らしくていいと思うけどね!」

「まさかセイラ!女に負けるような男よ?」

「ルルナちゃんは特別なんじゃないかな?あはは、、、」

「貴女も大概ですわよ?ここにいる誰よりも、、、いや、やめておきますわ。ライラ、戻ります。立会いありがとうございますわ。」

「お疲れ様でした、お嬢様。お荷物お預かりいたします。」

「ありがとう。ではいつも通り汗を流してからお帰りくださいな。セナスさん、また後ほどお会いいたしましょう。」

「はーい!いつもありがとうね、リエルちゃん!セナス君、またね!」

「セナス、先帰んないでよね!セイラ、リエル、待ってー。」

「はいよ。んじゃ俺も汗と砂を落とすとしましょうかね。」

ライラと呼ばれたメイドに荷物を持たせてリエルは浴室へと歩き出す。それに遅れてセイラ、ルルナと続いていく。

悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。ルルナに負け越した事がくっそ悔しい!今日の模擬戦績は1勝2敗。リエルとセイラには2勝1敗ずつだから良かった。いや、1敗しているんだけどさ、あいつら相手に全勝したい、ってのは流石に驕りが過ぎるんだよ。だから自分ルールでは勝ち越せれば良し。だったんだけどなぁ。これは近いうちにまた師匠に稽古をつけて貰わないとな。風呂借りて、気持ち切り替えるか。

ーanother view(Side ルルナ)ー

リエルとセイラと共にハウワー邸の女性風呂へ向かう。来客向けに、とはいえ屋敷に男風呂と女風呂がそれぞれあるのはさすが辺境伯、というところか。ハルジオン宅も貴族でこそないものの、それなりに歴史ある家柄ではあるが、これまでではない。

「ルルナさん?ボーッとしてますけど、どうかしました?」

「はやく入ろ!ルルナちゃん!」

「あぁ、うん。考え事してた。すぐ行くから先行ってて!」

2人はもう既に衣類を脱ぎ終わり、タオルを片手に風呂に向かう。風呂とはいえど規模としてはもはや10人余裕で入る事が出来るので、温泉といって差し支えない。

私も服を脱いで畳んで、タオルを持ち後へ続く。

「ごめん、おまたせ。」

シャワーで髪や身体を洗っている2人の隣に腰掛け、私もシャワーを捻る。心地いい水音が響くが、不思議と会話の声は掻き消されない。顔をこちらに向けたリエルが喋りだす。

「今日はセナスさんに勝ち越せてよかったですね♪」

「いや、唐突すぎない?リエル?」

「いえ、セナスさんに勝った後かなり嬉しそうな顔をされてましたので。」

「ルルナちゃん、負け越した日はすごい顔してるの気付いてないでしょ?」

「え?!私そんな酷い顔してるの?!うーん、まあ、そうね。なんだかんだ私達に食い付いてくる男はあいつぐらいだから。その成長も嬉しいし、負けたくない、って強く思ってるのも事実ね。」

「懐かしいね。なんで女に勝てないんだ!!って泣き叫んでたセナス君。」

「ハウワー領に来たばかりの頃、懐かしいですわ。もう5年前の事になりますか?」

「そうね、それぐらいかしら。パパが急に持って帰って来るんだもん。子犬か、っての。」

今から5年前のある日。私が13の頃だったかな。セナスはパパが急に連れてきた。ひどくボロボロになって、倒れていた所をたまたまパパが通りかかったらしい。そのまま捨てておく事なんて出来ない、って言ってうちで面倒見る事になって、私と一緒にパパから剣術習うようになって、当時は私はおろかリエルにも、セイラにも敵わなかったのに。今では私とタメをはれるぐらいにまで強くなって。弟の成長を喜ぶお姉ちゃんみたいな気持ちを持ってる事はセナスには言いたくない。だって恥ずかしいじゃない。

「それまではずっと私達3人で過ごすのが多かったけどさ。」

「ええ、リベンジだ!、と常日頃追い回されていたら、いつの間にかこんな感じになりましたわよね。」

「今ではなかなか勝ち越せなくなっちゃったからなぁ。」

「セイラもじゅうぶん強いんだけどね。あいつがそれ以上に頑張った、って感じかな。だからこそ、簡単に越えさせてあげるつもりなんかないわ。」

「いいですわね。そのライバル関係にぜひ私も混ぜて貰いたいものです。」

「なに言ってんの。リエルもセイラもライバルよ。簡単に負けてあげる気なんてないんだから。」

ーanother view endー


「長い。」

「うっさいわね。女同士でしか出来ない会話を楽しませる度量もないわけ?」

「すいませんね。つい喋り込んでしまいました。」

「先に帰るな、って待たせたあげくそれかよ。で、何をそんなに喋ってたんだ?」

「昔のセナス君は可愛かったね、って話だよ♡」

「よし、やめよう。」

過去の話は黒歴史しか覚えてない。ルルナどころかリエルにもセイラにも勝てなくてとにかく泣きぐずった記憶しかない。そこから毎晩剣を振るって、型を覚えてここまで来たが、この辺りの記憶は思い出したくない。それより前には黒歴史はないのか?覚えてないから知らん!

「誰だったかなー。毎日毎日泣きながらもう一回!!なんて言ってたのは?」

「私わがままな弟が1人増えた心持ちでしたわ。」

「それ私もだったなー。」

「うっせえうっせえ俺に姉は1人もいねえやい。全員俺よか小せえ癖に!」

ムッとした感情でルルナの頭をポンポンと叩く。リエルとセイラと仲が悪いというわけではないが、同じ屋根の下育ったルルナと比べると少し扱いに差が出るものだ。リエルとセイラにはこんなことは出来ない。

「頭さわんな!」

「まぁ、微笑ましい。」

「ね♡ホントかわいい。」

「姉弟(きょうだい)認定してんじゃねえぞ!」

「あんたが弟なのはここにいる全員の共通認定って事よ!」

「はぁ?!」

「姉弟認定のつもりではなかったんですけどね。」

「まぁあの2人は気づかないよねえ。」

「まったくいつになったら自覚するんでしょうね?」

「「じれったい。」」

リエルとセイラが2人でこそこそ話しているのを俺とルルナは気付かない。

言い合いを呆れた2人に沈められて、少々強引だが話題を変えることにする。実際気になっていたのも事実だしな。

「んで、わざわざ俺を待たせた理由はなんだったんだよ、ルルナ?」

「そうそう、セナス。あんた明日予定あったりする?」

「あ?明日は仕事もなかったはずだから暇だけど?」

「そう、なら良かった。じゃあ明日うちに来なさい。1人で。」

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