第15話 冬のくねくね

「テストの結果、どうだった? ふうん、私の勝ちね」


「あんた強すぎでしょ。絶対やり込んでるよね、このゲーム」


「負けたら罰ゲーム? いいじゃない、やってやるわ」


「はあ? 指を触らせて欲しい? 何考えてんの?」


「はい、勝ちぃ。罰ゲームは全裸で校内一周よ。嘘、嘘だから! 脱ぐなって! ⋯⋯隣町のドーナツ屋の奢りでいいから。まったく」


「ありがとね、いろいろ。⋯⋯そうね、お互い様」


 数々の玲が校内に居た。全て私との出来事だ。負けず嫌いの玲。私は私で、あの頃は純度の高い変な人だった。ともあれ、愛すべき青春時代だ。




「学校には居ないっぽい」


 端から端まで歩いても、玲本人はいなかった。

 諦めて次は玲の家へ向かう。


『さっき逃げたくねくねも、恐らくこの子を探しているでしょうね』

「そうか、じゃあ急がないと」


 外に出ると吹雪が弱まっていた。くねくねを半分にしたことで力も半減したんだろう。


「もし家にも居なかったらどうしよう」


 雪に触れても、さっき程体温を奪う量は多くない。会話する余裕もある程だ。


『むしろ居ない方が安全かもしれないわね。馴染み深い場所だとくねくねに先を越されるでしょうから』

「たしかに」

『この子は防寒着なんて着てないから外に出歩くこともできないわ。だから必然的に屋内にいることになる』

「たしかに」

『⋯⋯考えてる?』

「考えてますよ。でも私の感性が言ってるんです、玲の家に行くといいって」

『ならそうなんでしょうね。感性は大切よ』

「感性的にはそうなんですけどね、でもくねくねって私がここに来る前から、何なら私と玲が再会するよりも前からここで探してたってことですよね。流石にそれだけの期間があれば見つけ出せると思うんですよ」

『そうね。さっきも言ったけど、くねくねに寄生されれば、その瞬間に精神崩壊を起こすわ。だから、いつからかはわからないけど、その時からずっと隠れていることになる。くねくねが見つけられない特殊な隠れ場所がここにあるというわけね』

「だとしたら、わざわざ探す必要もなかったりしません?」

『それはどうかしらね。くねくねが諦めて出ていく可能性もあるけど、止まない雪はいずれ建物を押し潰すわ。それはそれで精神に支障をきたすことになるのよ』

「時間の問題ってことか」

『くねくねを殺すか雪を何とかするか、取れる選択肢は概ねこの二つよ』

「雪、か。春になったら解けないかな」


 雪かきしなきゃ春にはならないか。


 



 辿り着く、玲の住むアパート。

 昨晩と同じく一階の奥の方へ行く。聞いていた電子ロックの暗証番号を打ち込みドアを開けた。チェーンや手動の鍵はされていない。例によって靴を脱ぎ、お邪魔する。

 薄暗い廊下を通りリビングへと通じる扉を開けた。人はいない。くねくねもいなかった。

 気は引けたけど部屋中隅々まで調べる。それでもいない。無駄足だったんだろうか。


『他を探す?』

「うーん」


 この期に及んでその気にはなれなかった。かと言ってどうする。もうここに探す所はない。

 部屋に目を泳がせて悩む。左回りに歩いて回る。目がある点を見つめて止まった。

 それはPC。思考の引っ掛かりがそこにあった。


「——そうだ。玲はVチューバーなんだった」

『Vチューバーって何かしら』

「ヴァーチャル存在の配信者のことです」

『⋯⋯配信者は真奈のことでもあったわよね。そのヴァーチャル、Vってこと。でもこの子は現に生身でここにいるわ?』

「厳密には演じているだけなんです。二次元キャラクターに設定をつけて、自分の身振り手振りを投影して配信に映すんですよ」

『そんなものがあるのね』

「仮初の存在だとしても、その設定を自分として賞賛されたりアンチコメントに苦しんだりしたら、それはもう二人目の自分と言えるんじゃないでしょうか」

『精神の逃げ先としては十分に思えるわね』

「はい。玲はきっと、PCの中のVになってます」


 私はPCに近づき電源をいれた。パスワード入力画面になるけど関係ない。電源さえ入っているならそれで十分。


「この中に入ってみます」

『できるの?』

「自信あります」

『ふふっ。ならやりなさい』


 目を閉じる。集中する。

 玲に会う。それで全て解決、ではないけど、今の私なら何でもできる。玲と再会し酒を飲み夢を見ている。そして昔の玲との記憶を追体験した今なら、昔のような全能感を抱えて行動できる。そんなの、無敵に決まってる。


「よし」


 息を吐き、目を閉じたまま頭から飛び込んだ。

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