第16話 冬のくねくね
目を開けるとそこは、広く四角い空間だった。
四面の壁際には長いテーブルが端から端まで伸びていて、その上には白く発光した水晶玉のようなものが等間隔で置いてある。なんとなく、フリーゲームのクリア後のギャラリールームのようだと思った。
そして、中央には女性が一人。玲の姿じゃなく、二次元チックな出立ち。
「玲」
名前を呼んだ。振り返った女性は目を見開いて私を見た。
「あんた、やっぱり凄いわ。こんなとこまでこれちゃうなんてね」
「まあね。⋯⋯助けに来た」
「助けに。そうみたいね」
玲は辺りを見回し自嘲げに笑う。
「でも、そうはいかないのよ。ちょっと来て」
手招きされ近づく。そのまま壁際まで案内された。
玲が一つの水晶玉に触れると、水晶玉は光を伴ってある形をなす。
それはモニターだった。
「これが今の街の風景よ。まあ、外から来たあんたに説明は必要ないか。触れたらまずい雪が降ってる。これが結構キツイのよ。で、これを降らせてるヤツがこの街のどこかに入り込んでるんだけど、隠れちゃったんだよね。だからどうしようもない」
「探し出して殺すよ」
「それができたら話は早いわよ。でも逃げに徹されたらまず捕まらないわ」
「うーん。じゃあどうしよう」
「試しにこれプレイしてみる?」
ゲームのコントローラーを渡された。
「スタートボタン押して」
「うん。あ、なんか出た」
外の景色を映したモニターに戦闘機の後ろ姿が現れた。
「え、もしかしてこれ、動かせるの?」
「動かせるよ。自動で前進して左スティックで移動、Rボタンで射撃ができるわ」
「すご、というかこれ、実際に外で飛んでるんだよね? 建物とかに射撃しても大丈夫なの?」
「くねくね以外にダメージは入らないわ」
「おー」
何の流れかゲームすることになった。
雪のせいで視界が悪い。どう足掻いてもくねくねを見つけられる気がしないな。
「無理だわ、これ」
「やっぱりか」
「凄いとは思うけどね。知ってる町並みを飛び回るなんて」
操作の手を止める。
「ま、私が何とかするよ」
「 何とかって、どうするのよ」
「それはまだわからない」
はあ、と呆れ笑いが溢れる玲。
「相変わらずね。相変わらず、奇跡頼りの生き方してる」
「奇跡頼り?」
「そうでしょ? 昔から勝算の中に奇跡が織り混ざってて、実際そのやり方で勝ちを拾ってる」
「高三の頃の話だね」
「そんなあんたが嫌いだったわ」
昔を思い出す。玲との思い出は、その殆どが勝負の思い出だ。テストの成績、スポーツの対決、ゲームの対戦、スコア比べ。純粋な力比べは大抵私の負けで、運や読みの要素が多いものは勝っていた。
「それは負けず嫌いが過ぎるんじゃない? 地力は玲の方が高かったでしょ。むしろ私の方が妬んだりしてたよ」
「だから罰ゲームの要素を足したわね」
玲は懐かしむように言った。
「私も、本当はあんたに憧れていたわ。十戦して十勝するより、一戦して一勝できるあんたみたいになりたかった。昔はね。まあ、若気の至りってヤツよ」
「そう言うと、昔の私が変なヤツみたいじゃん」
「ははっ、実際そうでしょ。負けて本当に服を脱ぎ出すなんて思ってもなかったんだから」
こうして昔を懐かしむと、同窓会でもしてるようだ。いや、実際してたっけ。だったら私からも何か語るべきか。
「罰ゲームか。そう託けて私は玲のことを知ろうとしてたんだよ」
「あー指を触ったりとか?」
「そう。友人の作り方なんて知らなかったから、物理的に玲のことを知ろうと色々したんだよね」
身体中のサイズ、髪の手触り、関節の可動域、筋肉のつき方。玲を構成するそれらを知りたくて勝負に臨んでいた。
「無理やり指の骨を鳴らされた時は流石に恐怖を覚えたわ」
「いやあ照れるな」
「照れるなじゃないのよ」
実際恥ずかしく思う。あの頃の私には、自分と玲以外の存在は世界になかった。若気の至りだ。
「でも、やっぱり、あんたと友達やってて良かったと思ってるわよ」
「これからもよろしくね」
未来の話をする為にはまずやらないといけないことがある。
くねくねを殺す、その方法。ああでも、今はそんなのおまけのような気分。
「ねえ、玲」
「何よ」
「どっちが先にくねくねを殺せるか、勝負しようよ」
「ふふん、急ね」
「負けたら勝った方のチャンネルでコラボ。その時は全面協力すること。どう?」
「いいじゃない。なんて言うけど、お互い手詰まりなのは変わらないわよ」
「そう。だからさ、まずは私が奇跡を起こしてくるよ」
にやり、と昔のようにドヤ顔を玲に見せつける。
右手を掲げて指を鳴らした。
視界が一瞬にして変わる。ここは玲の部屋。私一人でここに居た。
転移したのだ。そのくらい、今の私なら容易い。
部屋から外に出ると、相変わらず吹雪に見舞われた。ここにいる私の姿が、玲に見えているだろうか。
天を見上げ深呼吸する。雪が顔に触れ鼻から体内に入り込む。体温が奪われても関係ない。
ふと、気がつく。防寒着も脱いでしまおう。そのくらいの意気がないと起こせる奇跡も起こせない。
肌に寒さが突き刺さる。それは冬ならば当然のこと。
右手を振り武器を取り出す。手に持つのはナイフではなく、マイク。
口元に近づけて夢の力を認識する。息を吸い大きく口を開けた。
「晴れろおおおおおおお———!!!」
薄らと光り輝く太陽に向かって叫んだ。街に潜むくねくねにも、PC世界にいる玲にも届く程に力強く、自信いっぱいに。
それは風となって建物の隙間まで吹き渡る。雪も雲も吹き飛ばし、太陽を遮るものはなくなった。残った積雪もあの太陽がじきに溶かすだろう。
風は冷たく太陽光は暖かい。冬の晴れの日はこうでなくちゃ。
もう一度右手を振り今度はナイフに持ち替えた。
「勝負はここからだよ、玲!」
私は街へと走り出した。
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