第14話 冬のくねくね

 玲の家か学校か。ここから近い方の学校に向かうことにした。

 通常、駅から徒歩だと大体十分くらい。人も車もなく、信号も機能してないとはいえ、この吹雪だともうちょっとかかるだろう。

 両腕で顔の前に壁を作り、向かい風の中突き進む。マフラーとニット帽もきちんと耳まで覆う。息苦しくも仕方ない。こうしなければ雪が肌に触れた所から体温が下げられてしまうのだ。

 下がった体温はしばらく暖かくしていれば元に戻るので、吹雪が目元に刺さろうと腕で隠して暖めれば問題はない。

 これは恐らくだけど、一定以下の体温になると体温でくねくねを殺しきれなくなり寄生されてしまうという直感がある。自分の体温管理には細心の注意を払わないといけなかった。


『さっきのあの子、まだ小さいのにしっかりしていたわね』


 商店街の長く続いた軒下に入り余裕が出た所でフローレンスから声がかかる。


「考え方が若いですよね。順応性とか適応力があるって意味で」

『真奈も若いわよ』

「いやあ、フローレンスも若々しいです」

『まあね』


 珍しく自慢げだ。


『どうやら二人は同じ力を持っているようだけど、あの子の方が特性を理解して使いこなせているわね』

「この力だけで食べていけるようになりたいそうですよ」


 人生の上がりを早々に決めたいという願望。私が高校生の頃には思いつくことさえなく、大人になってようやく実感できた考え方だ。


『その道を進み続けると、いつか人間の領域から外れることになるわ。貴女にも言える話だけど』

「フローレンスのように、ですか」


 寿命を超越した存在にもなれるんだろうか。憧れるようでいて、実際は明確な将来像が思い浮かばない。

 ただ漠然と、楽しそうという、考えなしの考えしか考えつかないな。そんな先のこと、今考えることじゃないんだろう。

 今は玲を助ける。私は目の前のことだけでいい。


「商店街は抜けたね。後はこの先の坂を下れば学校に到着だ」


 ここからは吹雪を遮る建物は少ない。またしばらく無言で歩き進んだ。




 我が母校に到着。

 早々に玄関から校舎内に入り一息つく。

 建物内には吹雪は入り込んでこない。それは当然といえば当然だけど、異変が侵食していけばその限りじゃないようにも思える。寒さもあるので防寒着を脱ぎはしなかった。

 何の気なしに自分が使用していた下駄箱に向かう。その扉には私の名前が書かれたネームカードがセットされていた。

 中には学校指定の靴が入っている。手に取ると懐かしく持ち慣れた感触があった。紐の結び目、踵部分の硬さ、靴裏のすり減り方。言語化できない無意識も合わせてこの靴は私のだ、という馴染みがあった。


「ここは、私が在籍してた頃の学校みたいだ」

『記憶の再現ね。精神世界だから当たり前のことだけど』

「せっかくだから履き替えて行こうかな」


 土足で入ることの抵抗感と緊急時に気にすることじゃないという常識を天秤にかけると前者に傾いた。それだけじゃなく、この二択がまるでフリーホラーゲームのそれにも思えたのだ。外したら即死の覚えゲーの側面があるタイプの二択。こういう二択は大抵常識よりも文脈が重要になってくる。土足で入るという違反に対して死という罰が下される、みたいな感じに。

 履いていた靴と取り替え上履きに足を入れる。案の定フィット感があった。


「教室に行ってみよう」


 目指すのは二階にある三年生のエリア。下駄箱の位置から高三の時の風景なのは推察できる。階段を上った。

 教室に入ると一人の人間がいた。あれは玲だ。


「玲!」


 制服を来て席に座る玲に駆け寄る。

 肩に触れようと手を伸ばすと通り抜けてしまった。


「これは⋯⋯」

『本人じゃないわ。記憶の映写。精神世界を作り出すオブジェクトの一つよ』


 ここには居ないってことか。


「不味いわね」


 突然、映写された玲が喋り出したので弾くように目を向ける。

 玲は口を動かしている。薄らコロコロと音が聞こえ、飴を舐めているとわかった。

 ストロベリーの匂いが伝わってくる。


「何でこれ、くれたの? 友好の証? 何それ。⋯⋯ありがと」


 玲は目線を上に向け虚空と会話をしている。既視感があり、その正体を思い出した。

 それは、私と玲の初めての会話だ。とすると、この玲はあの時の玲ってことか。

 ふと、玲の姿が消える。

 記憶の追体験はここで終わりのようだ。


「⋯⋯」


 少しの恥ずかしさと懐かしさ。つい笑みが溢れる。

 ガシャン、と遠くで鳴る音がした。

 

『真奈、警戒して。何か来ているわ』


 咄嗟のことで心がついて行けなかった。

 ワンテンポ遅れてどう行動するかを考えて、掃除ロッカーに隠れるという選択肢が頭によぎった時にはもう遅かった。

 教室の入り口に既にそれが居たのだ。

 くね、くねと揺れる、白く細長い物体。


「マ、な」


 背筋が凍りつく。それは恐らく私の名前を言ったのだ。複数の人が放つ音を組み合わせて再現したような音声。


「っ!」


 ピタリと動きを止めたくねくねを見て予感が走る。その感覚に身を任せ横に跳んだ。直ぐに立ち上がり教室の入り口を見る。そこにくねくねは居なく、いつの間にかさっきまで私が居た位置まで移動していた。

 攻撃されたんだと今になって悟る。


「か、忘、ナよ。なァ」


 悪態をつくかのように単語を並べる。口なんてあるわけもなく、ただ音だけが聞こえてくる事実が気持ち悪い。


「来いよ」


 勇ましく努めて挑発する。恐怖はあったけど深くは考えないようにした。くねくねに表情はない。それでも第二陣が来るだろう。それに備えて右手を背中に回す。

 さっきと同じく、くねくねは完全に動きを止めた。

 動かない。まだ動かない。私からは絶対に動かない。

 右手にイメージするのは居合いの構え。来たら抜く。ただそれだけを考える。


「殺ス。殺スっ、殺ス!」

「⋯⋯」


 化け物が一丁前に脅してる。そんなものにもう恐怖感はない。この居合いが成功するヴィジョンしか見えなかった。

 動いたら、抜く。動いたら、抜く。 ——動いたから、抜いた。


「斬らレた! 斬ラれた! 怖イ! コワい!」


 くねくねが騒ぐ。上下真っ二つになったくねくねの上側がじたばたし、下側は倒れて動かない。そして下側を残して教室から逃げて行った。

 しん、と静まり返る教室。手に持っていたナイフを眺めた。いつか買ったサバイバルナイフの形状をしている。腕を振ると消え、また振ると出現した。

 私は私で力を操るのが上手くなっているようだ。


『やるじゃない』

「いけると思ったんです。自信って大事ですね」


 これを現実世界でやろうとしてもできないだろう。でも、まだできない、だ。その内できるようになるという確信があった。

 残されたくねくねを見ると、溶けて水になりかけている。死んでいると見えた。


『さっきまで居たのは、どうやらくねくねの本体のようね。アレを殺せば問題解決よ』


 通用する武器はある。後は恐怖に負けなければ何とかなる。


「玲探しに戻るよ」


 教室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る