第13話 冬のくねくね

 天候、雪。時間帯は多分昼頃。場所は何時ぞやと同じ電車の中。ただし今回は駅のホームで停車していた。乗客はいない。車掌もホームで待つ人もゼロだ。

 

『聞こえるかしら』


 脳内にフローレンスの声が響く。

 聞こえます、と同じく脳内で呟いてみると、


『そう、なら成功したようね。と言ってもそこは貴女の夢ではなく別の世界のよう。猿夢と言ったかしら』


 返ってくる。


「そうですね。元々この世界を思い浮かべて眠りましたから」

『そこは絶対的なセーフゾーンとなり得るわ』


 口に出しても通じるようだ。


「セーフゾーンですか」

『その領域の外は、くねくねに汚染されたこの子の精神世界よ。風景が見えるんじゃないかしら』

「見えますね。雪が吹雪いてます」

『雪、ね。恐らくその雪一粒一粒がくねくねよ。付着すると貴女まで寄生される恐れがあるわね』

「ええ⋯⋯」


 頬辺りの鳥肌が立つ。


「じゃあ外に出て行けないってことですか?」

『寄生を恐れるならね』


 怖くはある。でも行かなきゃいけないなら行く。


「触れてみたらわかることもある、よね⋯⋯」

『貴女に言うことではないかもしれないけど、そこの世界では現実にない独自のルールが働いているわ。それを見抜くのがそこを生き延びる鍵よ』

「なるほど⋯⋯」


 何となく、昨今のRPGゲームが思い浮かんだ。ダンジョンが人の心象風景を映しているタイプのヤツ。それでいくと、ルールとはダンジョンのギミックに当たるのかもしれない。

 褒められたことじゃないのを理解しつつ、少しだけワクワクする。

 

「試しに外に出てみます」


 開きっぱなしの開閉ドアからホームへと降り立つ。改札を通り待合室に入った。

 

「えっ、望月さん?」


 四列に並んだベンチと自販機二台、券売機くらいしか主要なものがない空間で私の名前を呼ぶ声がした。

 その方向には壁に溶け込んだ売店らしき出っ張りがあり、よくよく見るとその中に人がいる。

 

「夏帆ちゃん? 本物の?」


 聞き覚えのある声の主は水上夏帆。なぜかエプロンを着けていて一見すると売り子のようだ。


「本物ですけど、どうしてここに?」

「まあ何というか、昔の友達のピンチを救いに、かな」


 ああ、と夏帆ちゃんは入口のガラス扉越しに外を見て目を細めた。


「夏帆ちゃんこそ、そんな所で何してたの?」

「私、あの日からちょくちょくこの世界に来てるんですけど、今日来てみたら外で雪が降ってるので色々と調べてたんです」

「そうなんだ。私の友達、玲っていうんだけど、ここから外は玲の精神世界になってるんだよ。雪が降ってるのもそのせい」

「なるほど。⋯⋯多分ですけど、この雪景色は異常事態なんですよね」

「よくわかったね」

「雪に触れたら嫌でもわかりますよ」

「えっ、触ったの? 身体に変な所とかない?」

「ないですけど、何なんです? これ」

「くねくねってわかるかな。この雪一粒一粒ががくねくねなんだって。触れたら寄生されるそうなんだけど、ホントに身体とか大丈夫?」

「ネットの怪談ですよね」


 カウンターに肘をつき首を捻る。


「多分大丈夫だと思います。でも長時間この雪の下に居続けるとまずいですね」

「そうなの?」

「試しに一瞬、手だけ外に出してみてください。言ってる意味わかるので」


 夏帆ちゃんは外に向かって指を差した。

 言われた通り、入口前に近づき開き戸を押す。右手の手首から先だけ外に出した。


「っ、冷たっ!」


 想像より遥かに冷たく感じ、すぐに手を引っ込め戸を閉める。直後に違和感が追ってきた。

 不思議な感覚。風はちゃんとした冬の冷たさだった。おかしいのはやっぱり雪。これは、


「体温が奪われた⋯⋯?」

「そんな感じですよね。もっと言うなら体温を犠牲にしてくねくねを殺した、という感じです」


 その突飛なはずの台詞は、何故かしっくり来た。この納得感は信じられる。

 雪に触れ続けてはいけない。これがこの世界のルール。


「これじゃあ外には出れないな」

「目的地はどこなんですか?」


 言われてハッとする。そういえば何処に行けばいいんだろう。それに私はこの世界で何をしたらいいんだ。何をしたらくねくねを完全に取り除けるんだろう。


『本来、くねくねに目を付けられたらその瞬間に、精神が修復不可能になるまで食べられてしまうのだけど、この子の場合そうはなっていない。雪が降っている以外に精神世界が歪んでいないのがその証拠ね。ならそれは何故なのか。何処かに避難できているからと考えられるわ。だからそこを目指して合流するのがいいんじゃないかしら』

「何ですかこの声」

「夏帆ちゃんにも聞こえるの? この人はフローレンスっていって、まあ今回はナビみたいに考えておいて」

「フローレンスさんって魔女ですよね」

「えっ、何で知ってるの?」

「動画、見ましたから」


 ああ、そういうこと。


「まあともかく、避難場所、それにどうやって外に出るかを考えないと」

「後者は何とかなりますよ」


 そう言って売店の奥で何かを物色する。そうして取り出してきたのは厚手の防寒着、上下セット。


「これを装備したら少しは外で活動できますよ」


 たしかに暖かそうだ。


「今なら手袋、マフラー、ニット帽も付けて五千円でいいですよ」

「お金取るの?」

「売店ですから」

「今持ってない」

「じゃあ立て替えておきます」


 商品を受け取る。訝しんで見ると夏帆ちゃんは苦笑して肩をすくめた。


「買ったという事実がその装備品に価値を付けます。ただ着るだけでもいいのかもしれないですけど、やれることはやってみようというわけです」


 防寒着を身に付けながらその意味を考える。


「フラグみたいなもの?」

「そういう考え方です」


 手袋、マフラー、ニット帽まで完全装備する。もし今の私のステータス画面が見れるとしたら、『雪に強い』みたいなバフがかかってるに違いない。それを実現させるために装備品を買った、という一連の流れを実践したのだ。


「後は精神の避難場所ですか。心当たりはありますか?」

「考えられるのは玲の家とか学校とかかな。思い付いた所から総当たりするしかないね」


 足を使って探し回るしかない。時間的な制約は大丈夫だろうか。


「時間が限られてるし、早速行くよ」

「私も行きたいんですけど、ここってたまに人が来たりするから、外に出ていかないように見張ってますね。ヘタに他人の精神世界に入り込ませるのも何だし」

「そうだね。そうしてくれると助かる」

「はい」


 頷き、笑ってくれる。その姿を目に焼き付けて再び開き戸に向かった。


「じゃあ、行ってくるよ」

「気をつけて」


 戸を開け、吹雪の中に身を投げた。

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