第12話 冬のくねくね
「玲は今、寝てるんですか?」
「ええ。しばらくしたら目を覚ますわ。その時、正気を保っているかは知らないけどね」
玲を見てもただ眠っているようにしか見えない。でもこの玲の中にくねくねが寄生しているとフローレンスは言った。
「くねくねってあの? 田んぼとかにいる」
昔、ネットで流行った怪談に出てくる化け物だ。
その正体を見てそれが何なのか理解してしまうと精神崩壊するという話。
「そうね。それが少し変化したもの、かしら」
変化。たしかに怪談の状況とは違う。あれはそもそも夏の怪談だし、この場で玲がくねくねを見た瞬間が思い当たらない。会話中に突然、こうなったのだ。
「見たところ、寄生して精神を食べているのね」
「せ、精神を⋯⋯。何とかならないんですか?」
「何とかはなるわね」
縋る気持ちで聞くと、言葉をなぞるようにして返される。そこから続く台詞はフローレンスから出てこない。ただ微笑むだけ。
何とか、という漠然とした質問はダメ、そう判断し要求した。
「⋯⋯くねくねを取り除く方法を教えてください」
「ふふ。そう、楽してはダメよ」
その台詞は魔女、フローレンスの線引きのようなものに感じる。状況に対する逸る気持ちはあるけどフローレンスの言動には納得感があった。
「私なら記憶に触れるついでに精神に潜むくねくねを殺すことができるけど⋯⋯、貴女ならどうするか。もちろん普通の人間には不可能よ。でも、貴女だけが取れる方法があるように私は思うわ」
「私だけ?」
それは夢の力のことを言ってるんだろう。でも今この状況で、玲に直接関与してくねくねを取り出すなんてことはあまり想像できない。くねくねなんて玲の中にはそもそも存在しない、みたいな事実を作り出すことも、さっきの玲の異変を見てしまった後だともう無理だろう。
私にできることは何か。そうじゃなく、どうやってくねくねを取り除くかを考える。
「⋯⋯一つ、思いついたものがあります」
「それは?」
「できるかも、くらいの想像なんですけど、私が、玲の中に入るんです。夢を経由して。そしてこの手でくねくねを殺します」
にこり、とフローレンスが笑う。
「いいわね、それ。面白いわ」
「なのでこれから酒飲んで寝ます」
調達した缶ビールを開封し喉に流し込む。これが正しい行動なのかわからない。間違っていたらフローレンスが止めてくれるか、その笑みが正しいことの示唆か。私にわかっている事実は何もない。
これは私が自分の力の理解を後回しにしたツケ。例えば夏帆ちゃんだったら、この状況で明確な行動をすることができたんだろうか。できるんだろうな、と漠然と思う。
顔が腫れたように熱い。五感が鈍くなり認識がブレる。幸せ心地。開けたビール一缶を飲み干すまでもなくこの有り様。このまま横になればそのまま眠れそうだ。
玲の隣に寝転び目を閉じる。
「夢を見る所まで誘導するわね」
「ん」
「その後、真奈とこの子の記憶をリンクさせるわ。そこからはどうなるか私にもわからないから、貴女の裁量次第よ。頑張って」
「⋯⋯」
早くも意識を手放しつつある。でもこのまま眠ってはいけない。狭間を維持する。
椅子に座っている感覚。手をゆっくり動かしてみる。目は閉じたまま、思考はあまり加速させない。⋯⋯いい傾向だ。
瞼越しの明るさは丁度いい。今、目を開けても目は覚めないはずだ。夢——明晰夢を見るには目を開けるタイミングが肝要だ。間違えば夢は終わる。
意を決して目を開けた。
「⋯⋯」
玲の部屋の中ではない。
ここは、駅に停まる電車の中。外は猛吹雪だった。
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