第11話 冬のくねくね
雪吹き荒ぶ季節、冬。
その十二月中頃、同窓会があった。高校の頃のあの人達は今何をしているのか、そんな事にはあまり興味はなかったけど、一人だけまた会いたいと願っていた人がいた。
その人の家に今いる。
「へえ、あんた今配信者やってるんだ」
「そっちこそ、Vチューバーじゃん」
不特定多数の人がいる場所じゃ、あまり言えない職業をお互いにやっていた。
私の部屋にアニメグッズや漫画、かわいい小物を増やして綺麗にしたような空間。そこで二人で缶ビールを飲みながらの談笑。今、かなりの幸せを感じている。
「ま、あんたは普通に働くなんてできないだろうね」
「うん、無理だった。ちょっと私、社会不適合者だったわ」
なんて、アルコールが入っているからか、心の内を晒し放題。どんな反応が返ってきても今なら笑って流せる。また、この人とはそんな関係だった。
親友に近い関係性、と言える。
「鶴見玲」
「何よ、急に」
「別に。呼んだだけ」
ちょっと酔ってるかもしれない。
「お酒は、私の方が強いみたいね」
「スキンシップ多くなったらごめんね」
「あんたは元から多いでしょ」
そういえばそうだったか。
「あ、ごめん。ちょっと業務連絡する」
玲はベッドの縁に充電してあるスマホを手に取り指で突く。
ぼーっと言葉の意味を考えた。
「何それ」
「次の配信はいつやるのかって、マネージャーに連絡入れないとダメなのよ」
「マネージャー!」
「うるさ」
「そんなの居るの? というかこんな夜中に?」
「こんなもんよ。ウチの人って大抵夜型で日中は寝てる人が多いのよ」
「あー企業勢ってヤツ」
なけなしの、Vチューバーに関する単語を呟いてみる。
「ソ。あんたもなってみる?」
「私はいいよ。歌ったりしないとダメなんでしょ?」
それに自由がなさそうだ。愛想を振りまいて投げ銭してもらう。聞くだけならボロい商売だけど、その背景はあんまり幸せそうじゃない。人気商売なんてのは大抵そうだ。
「私は、ただゲームやって観にくる人が観てたらそれでいいや」
「あんたくらい飛び抜けた力があれば私だってそうしたいわよ」
玲はつまらなそうにぼやく。
「でも私みたイなのは頑張んなきゃ食べて行けないのよ」
「そんなこと言って、実際は私より登録者が多かったりするんじゃないの?」
「⋯⋯いクら?」
「二万四千。そっちは?」
「五十三万」
「え、そ、そんなに?」
「数字だけよ。全部ハコの力」
ハコとはグループという枠のこと。グループ丸ごと好きっていう人はその中の個々がどんな人でも登録する。
玲の登録者は皆ハコ好きだと自虐しているのだ。
「流石にそんなことないでしょ。五十三万ならハコ好きの人を差し引いても、少なくとも私より多いと思うよ」
「同接ハ?」
「え? 二千くらい」
「⋯⋯私も」
「それは⋯⋯」
同接とは同時接続数のことで、生配信しているとき何人見てるかを示す数字だ。
他人の同接数なんて気にしたことがなかったから意外だった。ここまで露骨なのか。
「結局あんたニ勝てないんだ⋯⋯」
「ち、ちょっと」
玲の目からポロポロと大粒の涙が溢れてくる。泣き上戸と言えばそうなんだけど、
「えっ」
玲はすくっと立ち上がり、見下ろされる。その目は虚ろだ。
「ねえ。負けたんだケど、次は何をしたらいい?」
「何? 急に」
妙な空気が漂う。
「なんで勝テないの?」
私に話しかけているようで、どこか独り言のようだ。
その声は、気のせいか酔いのせいか、ダブって聞こえる。
「昔からさ、ハハ、やば、何これ、ねえ? あれ、まナ」
呂律が回ってない。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのどうしたの」
「い、いいって、そういうの。わかったって」
「勝負シヨウ勝負しよウ勝負シよう」
「う、わ⋯⋯」
ヤバい、何か起こってる。異常事態だ。距離を取らないと。
頭にふらつきを感じつつ立ちあがろうと床に手を突く。
「ニゲルナ!」
玲が飛びついてきた。突然の大声に気圧され回避できず、何とか腕で防御体勢をとる。ぶつかり、手首を掴まれ押し倒された。
「くっ⋯⋯!」
背中を打ちつけ息が漏れた。
腹の上に座られ両膝で肋骨辺りを挟み込まれる。痛い。地味な痛みではあるけどそれ以上に怖い。危害を加えられることじゃなく、昔の友人に異変が起きていることが。
「玲! どうしたの!」
「う。うぅううるさい! わ、わわ私は、見た、のは、あぁく、くねくねを見タ! わ、私は見て、見てな、い、ミテない、何モ、私はV———」
「⋯⋯っ」
玲から伝わってくる力が抜けていった。私の上で人形のようにぐったりと倒れ伏せ、動かない。呼吸はしていた。
「真奈、無事かしら?」
「あ、ああ、はい。フローレンス⋯⋯」
見上げた先にフローレンスが立っていた。
「ありがとう。助かりました」
「良かったわね、寄生されなくて」
玲を横に寝かせて座り込む。フローレンスの言葉に疑問を持った。
「寄生⋯⋯?」
「そうよ。その子に取り憑いた、くねくねにね」
フローレンスは淑やかに笑ってそう言った。
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